6 変わらないコリンシアの想い4

「何度申し上げればお分かりいただけるのですか!」

 不意に聞こえてきたのは母様の怒りを孕んだ声。いつも穏やかで私を初めとした子供達を叱るときも、言い含めるようにさとしていくあの母様が声を荒げるなんて珍しい。

 そっと覗いてみると、母様とユリウス、そして2人を守るように数人の竜騎士の姿が見える。どうやら訪問者は竜騎士達の堅い守りに阻まれてまだ中に一歩も入れてもらえてない様子。さすがは父様が厳選しただけある。その様子にティムは深いため息をついた。

「俺の為……です」

 階下を伺うと父様の姿はない。ティムの話だと、昼間の事の話し合いが終わっていないらしい。そして先ほど神殿騎士が来て、神官への暴行と竜騎士規約に反する力の行使でティムを捕縛しに来たと言う。

「そんな……だって……」

「俺にはやましいことはない。どうも胡散臭いと思ったら、神官の一部が論点をすり替えようとしているみたいだ」

 10年前の粛正でだいぶ排除されたとはいえ、未だに己の利益のみを考える高位の神官がいる。そんな彼らが今狙っているのはエルニアで、まだ幼い国主を傀儡くぐつに仕立てて利権を貪ろうと画策しているらしい。

 だが、そんな思惑を当代様はお見通しで、その再建にアレス叔父様を指名した。その決定に不服な彼らは、今までにも幾度となく難癖をつけて邪魔をしてきた。今回も部下であるティムを罪に問い、その責任を叔父様に取らせてエルニアから手を引かせる腹積もりなのだろう。

「そんな事、している暇があったらもっと違う事すればいいのに」

 いつも思う。そんな悪だくみに使う手間と労力をもっと有意義に使えないのかと。その方が何倍も楽しく生きていけるはずなのに。

「姫様のおっしゃる通りです」

 ティムも私の意見に同意してくれる。そうしている間に階下で新たな騒ぎが起こる。そっと覗いてみると、父様が神官を伴って帰ってきていた。

「このような夜更けに、しかも私の留守中にこの騒ぎはどういうことですかな?」

 父様が本気で怒っている。その威圧に先ほどまで強気だった神殿騎士もタジタジになっているようで、先ほどから聞こえてくる受け答えが要領を得なくなっている。

「勝手な行動は慎むよう、当代様からのお達しでございます」

 ちらりと見えた神官服から、父様と一緒に来たのは高位の神官だったらしい。彼の言葉に神殿騎士も反論できず、先ほどまでの騒ぎが嘘のようにあっさりと引き下がった。そしてその神官に追い立てられるようにその神殿騎士は部下と共に去っていった。

 離宮の扉が占められ、静寂が戻る。父様は母様をねぎらうように抱きしめると、アスターやその場にいたユリウスにいくつか指示を与える。きっと離宮の警備を強化するように言ったのかもしれない。

「フレア!」

 急に父様の狼狽する声が聞こえる。母様がその場にしゃがみ込んでおり、父様が慌てて抱き上げた。そしてそのまま階段を上がってくる。

「母様?」

私が声をかけると、父様は驚いたように足早に近寄ってくる。

「気分は悪くないか? 頭痛は? 吐き気は?」

 矢継ぎ早の質問に狼狽えながらもどうにか大丈夫だと答える。やはり母様同様、薬の副作用を気にしてくれているのだろう。

「私は平気。母様は?」

「大丈夫よ。ちょっと力が抜けちゃって」

 父様の腕の中で母様が力なく笑う。父様が帰ってきて安堵し、緊張の糸が切れてしまったらしい。


クウ、クウ、クゥ


 ティムの肩でくつろいでいた小竜は母様のところへ飛んでいくと心配げに顔を覗き込む。母様はねぎらうように小竜の頭を撫でた。

「陛下、皇妃様、お手を煩わせて申し訳ありません」

 ティムが神妙に頭を下げる。

「ティムに落ち度はない」

「しかし……」

「コリンを救うのに最善を尽くしてくれたのだろう? だったら、あんな言いがかりを気にすることはない」

「はい」

 ティムが頷くと、父様は満足そうに笑みを浮かべる。

「元気になったようだが、朝までもう少し休んでいなさい。話はまたそれからにしよう」

 父様はそう言って話を切り上げると、母様を休ませるために奥の部屋へ向かった。母様が大事なのもあるけど、先ほどまでの会合で今やるべきことは済んでいるのだろう。休めるときに休んで、後は他の国主方が揃ってからに違いない。

 夜が明ければ、当事者の私も何らかの形で証言を求められるだろう。昼間の事をちょっと思い出し、急に怖くなって背筋に悪寒が走る。

「姫様?」

「……怖い」

「俺がついています」

 ティムが包み込むように抱きしめてくれる。幾分楽になったが、それでも離れたくなくて彼のシャツにギュッとしがみついた。私の不安に気付いた彼は頬に手を添えて唇に軽く口づけた。

「テンペストの翼に誓って、俺が姫様を守ります」

「……うん」

 ティムの厳かな宣誓に私は小さく頷いた。するともう一度唇が重なる。さっきよりも長い口づけにいつしか不安と恐怖は薄れていた。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



普段は怒ることがないフレアに淡々と諭されると、誰もが罪悪感を感じて反省します。

ただし、例外が約1名。


討伐中に負傷したエドワルドを治療しながら

「エド、無茶はしないでって言ったのに……」

「そうだな」

「この間の傷も治っていないのに……」

「うん、そうだな」


負傷はわざとではないが、実は妻に構ってもらえるのが嬉しくて仕方がないエドワルド。

普段は子供達が優先なので、ここぞとばかりに妻とのスキンシップを図ります。


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