隠居魔王の成り行き勇者討伐 倒した勇者達が仲間になりたそうにこちらを見ている!
悠木りん
第1話 一章 うちの元魔王が隠居してから文句ばかりで困ってます(1)
「メイア様、お茶をお持ちしましたよ」
「ああ、ありがとう」
魔王――いや元魔王のメイアは、自宅のテラスに置いたデッキチェアに身体を預け、優雅な仕草で侍女のルシエからティーカップを受け取った。美しく洗練された動きでそれを口許に運び、ふ、と綻ばせる。
「いい香りだ。とても穏やかな気持ちになれる」
「さすがメイア様。本日届けられたばかりのファーストフラッシュでございます」
ルシエが恭しく頭を下げ下がろうとすると、メイアは手でそれを制した。
「お前も一緒に飲まないか。こんな平和な時間を一人で享受するのはもったいない」
「……それこそもったいないお言葉。ですがメイア様がそう仰られるのでしたら、ご相伴にあずからせて頂きますわ」
メイアがくるりと弧を描くように手を振ると、彼女の座る傍らにもう一脚、デッキチェアが現れた。ルシエは驚いた様子もなく質素なドレスの裾を押さえて腰掛ける。
「……平和、ですわね」
ルシエは眼前の景色を眺めながら、ティーカップを傾けた。
そこには地平線の向こうまで続く緑豊かな草原、遠くには霊峰の美しい輪郭が幻想的に霞んでいる。
未だに人間界との争いは続いているが、魔界でも僻地にあたるここには、その戦火も届かないようであった。
「ああ、平和だ。人間との争いの喧騒もここでは聞こえない。聞こえるのは朝にさえずる小鳥の歌声や、風にそよぐ草木のさざめきくらいだ。これほど静かな時を過ごすのはいつ振りだろう」
メイアは深く身体を沈め、まぶたを閉じる。その裏に去来しているのは、魔王として過ごした日々の追憶か。
夕暮れ時の日差しが、メイアたちに柔らかく注ぐ。その光に照らされたメイアの顔はあどけない少女のようであった。ほっそりとしていながら活力に満ち溢れている四肢も、今は無造作にデッキチェアに収まっている。
ルシエは夕陽に濡れたようなメイアの深紅の髪をそっと整えながら、優しく微笑んだ。
「メイア様はずっと魔王として頑張ってこられたんですもの。これくらい穏やかな時間を過ごしてもバチは当たりませんわ」
「……そうだな。わたしはこの数百年来、魔王としてこの身を捧げてきた。もう、何もかもから引退して平和に時を過ごすのも悪くない。こんなふうに、穏やかな初夏の風に吹かれる草原でゆったりとお茶を飲む。なんと平和な時間だろう。本当に、平和……」
安らかな表情を浮かべデッキチェアに身を預けながら、メイアはそう呟いた。
そよぐ風が彼女の深紅の髪をなぶる。
どこまでも静謐な空間。
主の穏やかな寝顔を一瞥して微笑むと、隣に座るルシエは楚々とした様子でティーカップを傾けた。
「――いや平和過ぎるだろう!」
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