11話

 その後、飛山、遊原が会議室に現れ、会議は円滑に進んでいく。当日の会場はどこだ、とか演目の順番はこれで間違いがないか、などの確認のための会議だったようでその会議はその実数十分ほどで終わってしまっていた。そのあと会議室はほかにも仕事があるものは忙しそうに会議室を出ていき特に仕事がないものは会議室に残って談笑をし始めていた。


 それから一週間後。体育祭当日を迎えていた。朝、集合場所に定められていた桜才高校に桜庭高校の生徒も集まっていていつもよりも校庭は賑やかなものになっていた。千里はそれをしり目に見ながら、自分の担当場所であり、救護係の仕事場である救護テントに向かうと二人の男がいがみ合っていた。もちろん顔はニコニコと笑顔は貼り付けたまま。一人は、縁楔で、もう一人の男が四月一日徹守(わたぬきとおる)という男だ。この間、こちらに引っ越してきて、姉妹校である桜庭にこしてきたばかりで、迷子になっていたとK路を伊織に助けて貰ってから伊織に一目惚れしたとか言う男だ。そんな面倒事を引き起こしそうな楔と徹守を千里は見つけると、面倒ごとに巻き込まれたくない一心でその二人を見なかったことにしながらその二人を素通りをしてテント中で黙々と作業をし始める。それからどのくらい立ったのだろうか。ふいに肩をたたかれ、そちらを振り替えるといつの間にか伊織が立っていた。人が近づいてきたのに気がつかないなんてまだまだだ甘ちゃんだなぁとか思いながら伊織の挨拶に答える。

「おはよう、ものすごく集中してた?あと、さ千里……、あれ、止めなくてもいいの?」

「おぅ、伊織、はよー。別にそんなに集中してなかったから。それからあいつらはめんどくせぇし、そのままでもいいかなって」

「そっか……。千里が言うなら僕も放置した方がいいかな?」

「そうだねぇ、そのうちこっちに気が付けば二人ともこっちに来るだろうしそれまではここにいようよ」


 千里はあの二人のいがみ合ってる理由も仲が悪い理由は今こうして心配そうに彼らを見つめている彼女だ、ということもわかっていたので今向こうに行かせれば確実に二人の関係は悪化するのも、更に面倒なことになることもわかっていた。正直に言えば、止めるのがめんどくさい、と言うのも内心あったりする。田だっで冴え寝不足なのに、自分で首を絞めることはないだろう、と思いながら、向こうに行かせないようにするにはどうすればいいか、考える。ソレで浮かんだのが伊織のことを軽くこちらに引き留めるために話題を振り絞る。正直、自分のコミュ力の低さで良く出てきたな、なんて思いながら口を開く。

「ところで伊織は借り物以外には出れねぇんだっけ?」

「そーなんだよねー……。千里は?借り物以外」

「俺はー……部活対抗に出ろって片桐に言われてっから部活対抗には出るよ。本当はめんどいから断りたかったけどさ、片桐には色々融通聞かせて貰ってるから、今回はお願いという名前の脅迫受けてやろうかなって」


 千里は片桐には――――。いや、片桐や遊原には何かとお世話になっていた。千里には仕事で学校に行けなかったり、様々な事情で授業を受けていない事の方が多い。そういうのをテストや、たまに出た授業でカバーして貰っていたりする。後はテストの成績が良ければ免除して貰えるのだ。そういう契約を交わしてこの学園に通っているのだけれど、こちら血手たまには彼らのお願いを聞かないとなぁ、と思うときもある。ソレが今回のお願いだった。決して”これに出なければ部活に出してやらない"と脅されたからでは断じてない。


「そうだったんだ……。そういえば、借り物競争の借りもの、蒼ちゃんや冬木が書いてるんだって。ほかにも舶来先輩とか、和斗君が書いたみたいですよ」

「うわっ……秋良とか和斗のお題はまだいいとして、蒼とか如一の当たったら最悪だな……。ぜってぇ無理難題だろ……。もしくは落第させる気満々のお題だろうね」

 伊織が借り物以外に出られないのは意外と同じ中学の人と教師は周知だったので誰も何も言わずとも借り物に入れられていたのは伊織のクラスだけでの秘密だ。

 伊織から借り物を書いた人の名前を聞いた千里は顔を露骨にしかめると蒼と如一のだけは当たりたくない、と口にする。それもそのはずだ。あの二人のは中学の時のお題もむちゃくちゃなのを書いて、何人か棄権に追いやったような彼らだった。そんな彼らのお題を受け取りたがるような人がいるのだろうか。いや、普通に考えて相当などMじゃない限りは無理に決まっているだろう。その後も千里と伊織は当たり障りない会話を続けていて、ちょうど話の区切りがついたところで楔と徹守がようやくこちらに気が付いたのか、駆け寄ってきて挨拶をまじえつつも話しかけてきた。

「おはちゃうやね、橘しゃん、地雷」

「あ、伊織ちゃん!それから千里ちゃんもおはよぉ」

「うん、楔おはよー。今日の体育祭、がんばろーね。徹守君もおはよう」

「おう、おはよ、楔。つうか、やーっとお前こっちに気が付いたんか。お前らしくねぇなぁ。伊織は10分前からいたぞ?あと、おはようございます、四月一日さん」


 千里と伊織が二人に挨拶をすると、徹守は楔のことを邪魔だなあという目で見ていて苦笑がこぼれる。ちなみに千里が徹守に対してのみ挨拶を後回しにすると、「俺のことだけ挨拶後回しかちゃ、嫌味な人だなぁ」と言っていたが特に千里はそれに何も反応せずに無視を貫いていた。正直言って、徹守はあまり近づきたくない人だった。確かに何でもズバズバと言ってしまうところは如一に似ているがそうじゃなかった。まとっている者が、言い方が、なんだか苦手で、なんとなくあまり仲良くできなさそうなのだった。なんとなく、何でも見透かされているような、そんな気がするのだった。はやく、ここから離れたい、この気まずい空気をなんとかして欲しい、そう思っているときのこと。よく通る秋良の声で放送が入る。

『まもなく、桜庭高校、桜才高校合同体育祭が開会式が始まります。生徒の皆さんは校庭の真ん中に各学校のクラスごとに集まってください』

 その放送を聞くと千里は会話を交わしている三人に声をかける。

「あー、ほら、体育祭の開会式始まるから伊織、楔、四月一日行くぞ」


 そう声をかけてからテントから出ていくと、そのあとに続いて伊織たちもぞろぞろと校庭の真ん中へと向かう。途中で徹守は同じ学校のやつに連行されて行っていたが、「またあとでね、橘さん」と声を上げていた。その言葉を聞いた楔は千里にしか聞こえないぐらい小さな声で「あのクソ野郎……俺の伊織ちゃんなんだから気安く声かけてんじゃねぇよ……。てか来なくていいよ、伊織ちゃんは優しいからな……そんなこと言えないんだけど……」とブツブツ呟いており、少しづつ顔も険しくなっていく。いち早く気が付いた千里は身長の関係から頭にチョップは落とせないので背中をどつくと、一瞬にらまれるがすぐに度つかれた理由、裏が出ていたことに気が付いたのか頬をくにくにとマッサージしてからいつも通りのヘラりとしたお花が飛んでいる笑いを千里に向けると千里は静かに親指を立てる。


 千里たちが列に並んでから数分後、ようやく開会式が始まり先生の言葉やら、何やらが終わる。開会式は何事もなく平和に終わり解散、ということで自分のテントや応援席に各々が戻っていく中、借り物に出る女子生徒は桜花門に集まっていた。むろんそれは千里や伊織も例外ではない。ただそこにいた一人の存在に千里は驚きを隠せなかった。

「なんだよ、如一も借り物?」

「そっ、借り物以外には出ない予定。去年あれもこれもそれ持って出たら忙しくて死ぬかと思ったから今年は一つに絞ろうかなって」

「なーるほどねぇ」

 如一は去年、様々な種目に出たはいいが去年疲れはてて、帰り道に立ち寄った千里の家で散々迷惑をかけていた。それを学習してか、今年は一つだけに出ることにしたらしい。

「まぁ、お題は俺と蒼ちゃんで考えたのはかなり鬼畜になってるから頑張れよ、ちーさとちゃん」

「ほんとお前予想してた通りだわ……むしろ呆れを通り越して哀れに思えてきたよ」

「ちょ、千里それひどい」

 千里が少し見直したのもつかの間、如一はからかうように口元をゆがめながら詰め寄ってきた。千里はその態度とかに冷めた目を向けながら口を開くと、その言葉を聞いた如一はひどい、と言いながらもニヨニヨと笑ったままだった。


 アナウンスに従い、入場すると、レースが始まった。第一走は伊織だった。スタートのピストルが鳴ると同時に駆け出すと、周りをぐんぐんと追い越してお題へとたどり着く。お題の内容は『片桐先生の八句集』だった。字をよく見ると蒼の字で伊織は相変わらずだなぁ、なんて考えながら、片桐のところへ向かい、説明をしてから片桐に『蒼のお題で八句集を借りに来た』と言って八句集を借りて無事に一番で何の面白みもなくゴールを迎えてしまったのであえてここでは何も語らないでおきたいと思う。

 さて、問題はこの二人、地雷千里と冬木如一だったのだ。二人はものの見事に『好きな異性』を引き当てていた。

 千里の滑り出しは好調だったもののお題を見た途端、硬直をした。お題の内容は『好きな人』だったのだ。千里は数分硬直した後にしばらく誰かを探すようにあたりを見渡す。そして数分後には目的の人物を見つけると、千里はおずおずと駆け寄り控えめに声をかけた。

「く、楔。ちょっといいかな……?」

「どうしたのぉ、千里ちゃん何か用?」

「あー、うん。まぁその、す……、異性の友達ってのがお題で、一番最初に目に入ったの楔だったから楔にお願いしたいんだけど……ダメ、かな?」

 千里は本当のことを言えずに途中で押し黙ると、異性の友達、とお題の内容を偽って教えると、楔はしばし悩んだ挙句に

「うーん、本来なら伊織ちゃん以外のお願いなんて聞きたくないけど……。俺の秘密を知っていて黙っていてくれるほかでもない、地雷の頼みだし……。うんいいよぉ!一緒にゴールまでいこ?」


 と前半は周りに聞こえないように小さくぶつぶつと呟きながら悩んでいたが最終的についてきてくれるようで千里はほっと溜息を吐きながら楔に見えないようにお題の紙を開く。そこには到底高校生とは思えないような達筆な字で『好きな人』と書かれていた。もちろんのこと犯人はわかっているので後で締め上げる、と思っていたがその次のレースを見て満足した千里は締め上げるのを考え直した。その理由は如一の自爆だ。

 如一は勝ち誇ったように笑いながらレースを走っていたが、お題を目にした瞬間千里よりも体を硬直させるとしばらく視線をあっちこっちに彷徨わせた後に涙目になりながら棄権をしていた。その時如一の手に握られていたのは偉く達筆な字で書かれていた『好きな人』という文字。自分のお題に自分で自爆をしたのだ。これ以上面白いことはないだろう。千里は思いっきり笑った後に男子部門へと移り変わった借り物競争の行く末を眺める。何度かゴールに来てくれとお誘いが来たがすべて断って座って眺めていた。蒼と楔は同じレーンで走るらしく火花を散らし合っていた。同じクラスなのになぁ、なんて思いながら伊織は見ていたが、千里は二人を見たあとに小さくため息を吐いた。そのあとに伊織の顔を見つめる。おそらく伊織はライバルなんかもしれないし、伊織には他に好きな人がいるかもしれない。

「ん?千里どうかした?僕の顔に何かついてる?」

「あ……いや、全然。ただちょっとぼんやりしてただけ」

 ぼんやりと考え事をしていると不意にずいっと顔が近くなり心の奥底からびっくりしたがあまりそれを表に出さずに普通な顔をしながら受け答えを交わした。いつの間にか男子の部のレースも終わっていて見られなくて残念だなぁとか考えていた。


 日常が壊れるまで、あと、6時間。

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