第4話 苦手なあいつ

 そんな会話を蒼と繰り広げていると、付き合いきれなくなったのか遊原は「はぁ……。ともかく、地雷は太田の親でもいいからお前も早めに入部届けだせよ。剣道部にはお前を待っているやつもいるんだからよ」と告げた後に軽く頭をぽんぽんとした後に職員室へと大分疲れた様子で戻っていった。蒼はそれをつまらなさそうに見た後、頭をいい子いいことなで回す。

 少しだけ撫でた後に蒼も「じゃあ、先生もからかい尽したし、満足だし、授業も始まるから僕も教室に戻るね」と告げ、千里が快く送り出すと、少しだけむくれながらその場を後にした。千里は千里はそのむくれた顔をしている彼の背中に向けて小さく手を振った。

 蒼と別れた後、千里は気だるげにしながら昨日決まったばかりの授業予定表を確認しに立ち上がる。千里が一歩近づく度に女子はひそひそと話しながら隙間を空けるようにちりじりに去っていく。千里はそれに関して特に何も言うわけでもなく、またくだらないことしてんな、と思うぐらいしかなかった。それに通るだけで人が退いて道を開けてくれるというなら歩くのが楽だ、という事で、それに越したことはない。し、何も感じることはない。寧ろたまにいるのだ。「なんであんた泣かないのよ!!」と。こんなこと如きで傷つくほどやわではないし、そもそもこんなこと以上に酷いことを色々受けすぎたせいでもう何も感じなくなっていた。

 何も考えずに、どいてくれたお陰で開けた道を前に進んだ。

 千里には感情の欠落がある、と昔誰かに言われた記憶があるがそもそもの話し既にそんなことを言ったのが誰だったかも思い出せないし、いつだったかも思い出せない。それに全くもって誰が言ったのかなんて、興味もなかった。恐らく如一だったような気もするが、どうでもいい。これでも多分、人並みの感情は戻ってきた方だし、これ以上は生活をするうえでいらないと思っている。それに怯えられている理由は自分でも分かっているつもりだ。無愛想な上に千里の光のともっていない瞳――――いや、人を寄せ付けまいと光る鋭い眼光のせいだろう。高校に入ってからそれは余計に険しくなった。怯えられていておかしくはなかった。

 人波が避けたところを歩いて、時間割を確認すると一時間目は隣のクラスの担任、片桐かたぎり 俊哉としやの古文の授業だった。

 一時間目からこれまた眠くなる授業だなぁ、と思いながら席に戻り机の上に古文の用意をしようと鞄を開く。話しによれば片桐は朗読がとてもうまいらしく、秋良の話では寝てしまう生徒が多いらしい。まぁ、そのたびに怒られているらしいが。

「げっ……」

 ”俺も寝ようかね~”なんて考えながら、カバンを覗き込むと、千里は小さく言葉を零す。カバンの中に古文のセットが入ってなかったのだ。

 そういえば昨日、予習を少しだけしようとして机の上に置きっぱなしだ、ということを思い出す。今朝は久々にとある事情で寝るのが少々遅くなり、朝寝坊をしてしまったのだ。目が覚めたときには蒼のインターホンの音で授業の用意はする余裕はなかったのと、今までの習慣で、てっきりしているものだと思っていたのもあった。蒼にはいつも遅刻しない時間に迎えに来て貰っていて正解だ、と同時に思ったが、これからは気をつけよう、心に誓ったものだ。やっちまったなぁ、と思いながら顔を上げる。

 隣のやつに見せてもらおうにもクラスには馴染めていないし、困ったことに隣は女子だ。女子には怖がられているうえに嫌われているし、一部では反感も買っている。そもそもの話、隣が男だとしても信用してない奴と机をくっつけて見せてもらうぐらいなら、死んだ方がましだ、と思ってしまっている節があるので、残る方法は蒼や伊織から教科書を借りなければならない、という結論に至る。

 千里は大袈裟にため息を吐くと、さっさと立ち上がり、不本意ではあるが隣のクラスの先ほど追い返した蒼や如一がお世話になっている伊織が教科書を持ってることを願いながら移動をする。

 本来ならば隣のクラスでは関わりたくない人物が一人いるので極力近づきたくはないが、教科書がないまま授業、というのも勉強はできるが、些か問題はあったので数少ない友人と言える蒼のもとへ向かうのだった。蒼も持っていなくて伊織も持っていなかったときは最後の手段として、この間、「いつでも置き勉してるから」と言っていた翔太のところに行くことを決めながら。

 教室を覗き込むと、伊織の姿は見えなく蒼の姿だけだった。千里がそのまま教室に遠慮なく入ると蒼に声をかける。

「蒼ー!」

 千里が声をかけると蒼は顔を上げながら不思議そうにしていた。そのまま千里が蒼の席まで行くと、机にどっかりと座りながら、口を開く。

「……?千里ちゃん、どうしたの?お行儀悪いから降りようね」

「はぁい、ごめんな、おとーさん。古文の教科書、忘れちった、貸して?」

「はいはい。……で、古文の教科書忘れたの?千里ちゃんが忘れるなんて、珍しいね、勉強してたら寝落ちした?」

「あはは……、んな事ねぇんだけど……。ただ単純に今日古文があるってことすっかり忘れててよ、入れ忘れてた」

「うん、いいよ、置き勉してて今ロッカーに入ってるし、貸してあげる。かわいい幼馴染のためだからね」

「ありがと、蒼お父さん」

「いつも思うんだけど、いつから僕は千里ちゃんのお父さんなのさ……。まぁいいけど。それに僕にとっても千里ちゃんは娘とか妹みたいなものだけどね……。ちょっと待っててね、今とってくるから」

 千里が忘れ物をしたことを告げると意外そうな顔をしながらも蒼はロッカーに行ってから千里へ教科書を手渡すと千里は再び「ありがとう、ぱぱ」と告げると、蒼も苦笑しながら「はいはい」と流す。暫く千里と蒼が談笑していると、不意に後ろから肩を叩かれ、声をかけられる。

「あれれぇ~やっぱり千里ちゃんだぁ~。やっぱり今日もかぁいいねぇ。それにこっちに来るなんて珍しいねぇ。なにかあったの?」

 のらりくらりとした話し方をしながら、千里に対し、話しかける一人の男がいた。表情や動作もどこかゆったりとしていてお淑やかでまるで女みたいだな男だった。

「げっ……縁……、悪い、蒼!俺教室に戻る!」

 千里はその男、よすが くさびを視界にとらえるなりあからさまに顔を歪めながら、教室を慌ただしく出ていく。楔はそれを見ながら「またねぇ、千里ちゃん」と言いながらゆったりと手を振る。

 縁楔。中学の頃、諸事情で私立から公立に転校した時、知り合った────、いや。同じクラスで転校してきてすぐ隣の席になった男だ。千里はどうもこの男、縁楔が苦手で仕方がなかったのだ。出会った当初から。

 誰に対してでも見え透いた嘘やお世辞をつき、どこか猫をかぶっているような性格。そんな性格の彼には何となくだが千里には楔ののらりくらりとした話し方もぽわわんとした表情もすべて演技なのではないか、なにか秘密を持っていて、これらすべてがとても恐ろしい一面を隠すための演技なのではないか────。そんな気がしてならない。

 中学時代初めて会ったときはそんなことは思わなかったし、そもそも第一印象は、¨なにこいつ、頭おかしいんじゃねぇの。てか女たらしとかいうやつ?腕のいい眼下行くことを勧めてみるか?¨としか思っていなかったのだが、高校から始めたバイトという名の本業を始めた途端、そんな気がしてきた。そして最近では、千里の中でのブラックリストの中で危険人物としてみなされているの1人だ。決して私怨も含まれず第三者視点で見たところ、だが。そして彼はどうもやけに蒼と仲が悪い。

 まぁ、理由の一つは中学の時に千里が伊織に対し喧嘩を吹っ掛けたことが原因だ。それで怒った楔が、伊織にやったことを、蒼にやり返し、それで元々関係が良くなかった楔と蒼が関係が余計にこじれたらしい。その時はお互いの字状況をあまりよくわかってなかったから、なのだが。もちろん今も少しは知っているが、伊織のお母さんが自分の母親とは元々知り合いだったらしく、幼少期に付き合いがあって、顔見知りだ、と言う事以外はよくはわからない。

 楔と、蒼の仲が悪い一番の原因は恐らくこの、橘伊織だ。蒼は伊織のことが好きだ。態度を見ていれば分かる、と言うのもあるが、前に一度相談を受けたことがあったから知っていることなのだが。そして、縁楔、この男も伊織に対してだけは一番特別扱いしているのを見ると、恐らく、になってしまうが伊織のことが好きなのだろう。まぁ、蒼のほうは肝心の伊織には、どうやら千里のことが好きだと勘違いをされていて、困っているようだが。それに対してはどうやら「お父さんみたいなものだ」と言っているらしい。

 それはともかく。

 縁楔────。千里は何やら彼が隠してる気がしてならず、距離を置こうと、決めていたのだった────。

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