クローン・キャスト 小梅

亀野あゆみ

おならのはずが・・・

あたしの名前は、小梅。梅の季節に、人工胎内システムから取り出されたから、小梅ね。名字は、ないわ。クローンだからね。


 小梅ってのも、「日本昔話成立支援機構・クローン育成所」がつけてくれた愛称で、あたしのほんとの名前は、「M2018」。Mは「昔話のM」、2018は「日本昔話成立支援機構」のクローン製造番号。ベタなネーミングよね。わかりやすいっちゃ、わかりやすいけど。


 あたしは、太陽系の地球って星の並行世界に住んでる。あたしは、科学に弱いから詳しいことは、わかんない。でも、あたしたちが、陰で手助けしてやらないと、地球上の日本って国が消えちゃうそうなの。


 どんな手助けかって?あたしの世界からクローンのキャストを派遣して、日本人の記憶に残ってる昔話と怪談を演じてやるの。そのためにクローンのキャストをつくり、育て、訓練するために「日本昔話成立支援機構」と「日本怪談成立支援機構」があって、あたしは、「日本昔話成立支援機構」のクローン・キャストってわけ。


 えっ、なんで、クローンがキャストを務めるかって? そりゃ、特殊能力が必要だからよ。昔話では、ツルやキツネが人間に化けたり、動物が人間と話したりするでしょ。あたしの遺伝子には、10種類の動物の遺伝子が組み込まれてて、自由に変身できるの。「怪談成立支援機構」の連中には、足を消せたり、壁や塀をすり抜ける力が与えられてるわ。


 実は、理由は、もう一つあるのね。日本人って、忘れっぽいのよ。10年おきに同じ昔話や怪談を演じてやんないと、忘れちゃう。昔話の50%、怪談の70%が忘れられると、日本が消えるそうよ。


 ところが、忘れっぽいくせして、キャストの雰囲気が変わると、気づくのね。なんか、違う、変だって、言い出す。まったく、面倒くさい連中だわ。だから、こっちは、同じ役ができるクローンを何世代分も用意してるわけ。たとえば、あたしは、第三十代「機を織る鶴」、第二十代「屁こき嫁」ってわけ。


 さて、今回の仕事は「屁こき嫁」。時空転移装置で、「むかし、むかし、日本のあるところ」へと移動してきて、母一人・息子一人の家に親孝行でよく働く嫁として入り込んだわ。


 姑とうまくやってくのは、大変だったけど、順調にいきだしたころを見て、具合悪そうな様子を姑に見せたのね。姑が「どうしたの?」って訊くから、「実はオナラを我慢していて」と打ち明けた。姑とは仲良くなってたから、「オナラくらい遠慮せず」と言ってくれた。そこで、特大のオナラを一発。姑を隣の家の畑まで吹っ飛ばしちゃった。ウソでしょって、思うよね。でも、これ、昔話のシナリオ通りだからね。


 夫が「こんなデカイ屁をこく女は離縁だ」と怒りだし、あたしを、あたしが生まれたことになってる村に連れて帰ることになった。これも、『屁こき嫁』の筋書きどおりなのね。


 田舎道を元・亭主と歩いてると、前方で、馬にたくさんの荷物を積んだ中年の男が柿の木を見上げてる。これ、大事なところ。その男は裕福な商人で、馬の背には高価な反物をいっぱい積んでるのね。それで、今は、柿が欲しくてウズウズしてる。あたしが特大のオナラで、柿の実を全部落としてやると、男は喜んで、反物をいくつもくれる(柿の実の御礼に高価な反物・・・って、割が合わない気がするけど、、昔話がそうなってるんだから、仕方ないわね)。


 あたしの元・亭主は「こんな重宝な嫁を離縁するのはもったいない」と思い直して、たちまち現・亭主に戻り、あたしを家に連れて帰る。あたしは、男の家で末永く幸せに暮らして、メデタシ、メデタシで『屁こき嫁』が完結するわけ。


 あっ、でも、本当に末永くやってたら、あたしが年取って、他の仕事ができなくなっちゃうでしょ。だから、1年くらいしたら、病気でポッコリってことにして、私の世界に戻るのね。そのくらいの誤差は、許されるわけ。私の世界に戻ったら、昇給とボーナスが待ってる!ウヒヒヒ・・・


 元・亭主が、商人に、「どうなさったかね?」と尋ねる。商人が、「この木になっている柿の実があんまりうまそうなので、何とか、落として食えないかと思って」と答える。


 「それならあたしが」と言って、前に出る。腰を据え、腹に力を入れ、「油断してプスー」とは大違いの「狙ってブッフォーン」の用意をする。


 その時、小さな羽虫みたいなものが、あたしの鼻の穴に飛び込んできた。フン、フンと鼻息で追い出そうとするけど、出ていくどころか、奥のほうに入り込んでくる。


ハッ、ハッ、クッ、ショーーーーン!

一瞬、何が起こったことか、わからなかったわ。


 商人が、意味のわからない言葉をつぶやいてる。頭のてっぺんから足元まで、水をかぶったみたいにびっしょり。あたしの元・亭主も馬もずぶ濡れで、大雨の後みたいにドロドロの地面に柿の実がいっぱい落ちてるのよ。


「お前は、屁がデカイだけじゃなく、クシャミまで特大なのか!」元・亭主が目をむいてあたしに怒鳴った。


ク・シャ・ミ!

 そうか、羽虫が鼻の奥に入ったせいで、オナラより先にクシャミをしちゃったんだ。オナラのために溜めていたエネルギーが全部クシャミに回っちゃったんだから、そりゃ、大変だったわけよ。


 「お前のそばにいたら、どんな目に遭うか、わからない。後は、一人で、生まれた村まで帰れ!」と怒鳴る元・亭主。「大事な反物がずぶぬれじゃないか。弁償してくれ」とわめく商人。元・亭主が、商人に「この女とは離縁してる。こいつの家の者と話してください」と言い、スタスタと立ち去る。商人が鬼みたいな顔であたしをにらむ。


ウソ、なにこれ? あたしって、最悪ツイてないじゃない!

 仕方ないから、あたしは、脳に埋め込まれた通信機を使って「日本昔話支援機構」にSOSを送った。上司が助けに来てくれた。あたしの父親を装って、商人に詫びの小判を渡してくれて、示談が成立。


 あたしは、上司と一緒に、時空転移装置に乗り込んだ。


「2018号、ツイてなかったな。だが、うちは、成果主義だ。この失敗で減給1割。それから、商人に払った金は、賞与から引かせてもらう」


 あたしがガックリきてると、上司が蛇がニタリと笑ったみたいな顔になった。

「この失敗をチャラにするチャンスがあるぞ」

「なんですか、それ?」

「『日本怪談成立支援機構』から、うちに応援要請がきている。『番町皿屋敷』をやる予定のクローンが骨折して動けなくなったが、代役をひねり出せないそうだ。幽霊能力がなくても演技力さえあれば務まる仕事らしく、うちに応援を頼んできた。やってみるか?」


「やります、やらせください!」


もう、こうなったら、幽霊でも何でも、やるっきゃ、ないでしょ!

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