不具合を直すのは母のチョップが一番効く

I田㊙/あいだまるひ

昔のテレビは、チョップで治っていたらしい

「おーい、授業終わったよサトル」


 僕がその声でパッチリ目を覚ますと、彼女、十和子とわこは呆れたように僕を見ていた。


「なんか今日、調子悪い? いつもだったら授業が終わったら目が覚めるのに」

「? そんなことないと思うんだけどなあ」

「ふーん、そう。まあいいや。帰ろう」


 彼女はろくにこちらを見ず僕に鞄を渡し、受け取った僕はそれについていく。

 もう何年も通ったこの高校の校舎もすっかり馴染んで、ゆっくりと過ぎていく同じ窓を、僕はぼんやりと見つめていた。

 窓の水滴を見るに、どうやら外は雨が降っているらしかった。


「傘、あるでしょ? 出してサトル」

「うん」


 僕は彼女に促されて傘をさっと差しだす。

 僕は彼女の荷物を持ち、彼女に傘を差し出し、何かあれば彼女を守る。そういう役目だ。


 僕のペースより割とゆっくりと歩く彼女に合わせて、僕も自然とペースが落ちる。


「今日の現国のナカセン、ほんとめんどくさかったな~。あいつの怒り方ヒステリックだから、真紀泣いてた」

「そうなの?」

「そうなの。あ、寝てたから知らないか、ほんとむかつくわ、ナカセン」

「うん」


 学校からの帰り道は歩いて約10分程度。

 大体は彼女の愚痴やらとりとめのない話を聞くことになる。


「あ、そういえばさ~、おばあちゃんの時代ってテレビ分厚かったらしいよ」

「分厚かった?」

「そう、なんか箱みたいな形だったんだって。笑っちゃうよね」


 彼女はふと思い出し笑いをして、僕の背中をバンバンと叩く。


「それでさー、びっくりしたのが昔のテレビって叩くと治ったらしいんだよね!」

「へぇ」

「なんか、お母さん曰く、おばあちゃんが斜め45度からテレビをチョップすると絶対に治ったらしい」

「面白いね」


 甲高い声で笑ったり、またナカセンの話に戻ったりと、落ち着きのない彼女の話題転換に適当に相槌を打っていると、家に着いた。


「じゃあ、僕はここで」

「? ほんとに調子悪い? どこにいくのよ、上がりなよ」

「あ、うん」


 彼女に促されるとノーとは言えない。

 僕は彼女について家に上がって、二階の彼女の部屋のいつもの位置に座る。


「うーん、どうしたんだろうな? 私じゃわかんないな~…」


 うんうん唸った後に、彼女は閃いた! とばかりに一階に降りて行った。

 手持ち無沙汰の僕はその場で待機する。

 数十秒後、階段を上がる音が複数になっているのに気づく。

 なんと彼女は、母親を連れて上がってきた。


「お母さん、やってみて! もしかしたらもしかするかも!!」


 笑いながら母親に何かを促す、十和子。

 そして彼女の母親は、


「私がおばあちゃんみたいにうまくできるかわからないけど」


 と、斜め45度から大きく振りかぶって僕にチョップを炸裂させた。



「初期化終了、再起動。…現在の時刻は、2054年、6月19日、16時36分、です」


「サトル直ったっぽい?」

「どうやら自己修復できなくて、勝手に初期化したみたいね。また設定しなさい」

「はーい。でもサトルなんか調子悪いんだよね。授業終わりにスリープ解除するようにしてあるのに起きなかったり、家に上がらなかったりさ。明日は学校に連れて行くのやめた方がいいかな~」

「そうしなさい。明日はお母さんがマナブ連れて送り迎えに行ってあげるわ」


 サトルと呼ばれた人型のそれは、充電器の上で微動だにせず佇んでいる。


「アンドロイドも、一家に一台時代から一人に一台時代になるまでそんなに時間はかからなかったわねえ」

「だってみんな持ってるし、私だって欲しかったもん。最近また物騒だし、暴漢対処機能付きのやつ、お父さんも持っときなさいって言ったし。でもまだ買って二年しか経ってないのにな~」


 彼女は十和子、僕の持ち主。

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不具合を直すのは母のチョップが一番効く I田㊙/あいだまるひ @aidamaruhi

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