1話 私は今後悔します

 今、ハナセを含め小夜世 黒さよせ くろ達5人の目の前には、玉座と呼ぶにふさわしい装飾がなされた椅子に深く腰掛け、ひじ掛けに手を置きこちらを見下ろす存在がいた。


 「なるほどこれは王たる威厳を放っておるな...特に顔が」


 隣にいたレェーヴが黒に小声で話しかけてくる。


 確かにレェーヴの言う通り、目の前にいる人物は彫が深く厳つい顔で、迫力があると黒も思う。しかし、正直黒は引っかかっていた。


 「大変失礼ですが...あなたは本当にですか?」


 黒は思い切って聞いてみた。問題や引っかかりを後に回すと碌なことにならない。研究生活で身に付いた後悔せずに生きていく上で必要な重要項目の1つである。


 隣にいたレェーヴやオトナシ、シュテンはかなり驚いた顔をしている。いきなりこんな質問を、初対面で、しかもそれが王であろう人にしたのだから仕方がない。しかし、ハナセの様子を見るに黒の質問は間違ってはいなかったようだ。


 「王、もういいですか。本当この椅子に座るのは寿命が縮みます...」


 玉座に腰かけていた、厳つい顔の男がドスの効いた声で話す。まさに顔と声がマッチしていた。


 「いやはやここまで早く見抜かれるとは。3賢以来じゃないか」


 今度は玉座の後ろから陽気な声が聞こえる。そのあとすぐ、声の主はこちらに姿を現した。


 まず目についたのは痩せこけた頬。今にも折れそうな細身の体をその身には似合わない豪華な装飾品で着飾った男だった。


 「いや、すごいなクロくん。私の場合気がついたのはもっと後だったよ」


 ハナセが緊張感のない声でこちらに語り掛けてくる。レェーヴ達も状況は理解したようで、うんざりした顔をしている。


 「始めまして、私が本当のイルミールの王。ナハリュムシュリュニーネだ。呼びづらいだろうからナハ王とかイルミール王とか適当に呼んでくれ。ナハ君でもいいぞ」


 なんともいきなり距離感の近い王だった。黒はナハ王を目にした時からそれは分かっていたので今更だが、やはりレェーヴ達は動揺を隠せずにいた。


 「ナハ王はお堅いことが嫌いな方でね。いつも初対面の人が来るとこうしてからかうんだ」


 ハナセが事の詳細を説明してくれる。正直黒としては本当の王というものに会ったことがないのでなんとも言えないのだが、少なくとも教授が君呼びしてくれと言う光景は想像できなかった。そんなことがあったら悪夢である。


 「そなたがクロだな?」


 ナハ王は玉座に座り、先ほどのハナセとのやり取りで分かってはいるのだろうが、一応確認してくる。


 「はい。私がクロです。挨拶が遅くなってしまい申し訳ございません」


 正直、王様に対してどのように喋っていいものか知らなかったので緩い王様で助かった。それっぽい丁寧語を喋っていれば大丈夫だろうと黒は内心ホッとしていた。


 「ちょいと堅いがまぁよいか。正直時間がないのでな。手短に話そう」


 黒は恐らくこの場にいるナハ王以外の皆が思ったであろうことは心に秘めておいた。


 


●◯●◯



 船の上では怒号が飛び交っていた。水中から伸びる柱は合計10本。その柱には吸盤のようなものが無数についており、波打つように蠢いている。柱自体もただ直立しているわけではなく、その身をくねらせ船を狙い打ち付けてくる。


 「オロロロロロ....」


 「クロ!テンはもう駄目じゃ!」


 激しく揺れる甲板上では、テンが蹲り乙女がしてはいけない光景を垂れ流している。その背中をレェーヴがさすってこちらに悲痛な面持ちで叫びかけてくる。


 ちなみにオトナシは出航した時、既に気絶していた。最後に残した言葉が


 「陸が...呼んでる...」


 であった。


 黒達が何故こんな自体に陥っているのかは簡単。王からの指令である。


 それは、黒たちには無視できない物であった。


 「北の国ガレオンをカーサイブリースが襲撃したとの連絡が届いた。ガレオンの王や民は強い。大丈夫だとは思うが事が事だ。我が国としても最大限手助けをしてやりたいのだが、今この領土のAランク以上のパーティーはそなたたちしかおらん。大変だとは思うが任せたぞ。船を用意しておいた。それを使ってくれ。そなたたちならば大丈夫であろう」


 とのことだった。シュテンの一見以来、影を見せなかったカーサイブリースだったが、まさか国落としなどという大事を企んでいたとは想定外であった。


 正直なところを言うと、こちらから危険に近づきたくはない。しかし、今回の救援作戦は西の国、南の国との合同で行われるとのことだった。

 

 おそらくカーサイブリースとの衝突は今後避けようがない事態だ。だとしたら、この機を逃す手はない。黒達はこの機に乗じてカーサイブリースを潰すという意見でまとまったのであった。


 「オロロロロロ...」


 「テーン!!!」


 それよりもまずこの状況である。


 黒はこの時、絶対にこのメンバーを今後船には乗せまいと心に刻んだ。

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