青春ひねくれ者はお人好し幼馴染の夢を見ない

@Lemar1su

青春ひねくれ者はお人好し幼馴染の夢を見ない

 放課後、太陽が一日の仕事を終えて彼方に沈んでいく。教室のクーラーはすでに切られていて、背中に汗がたまっていく不快感を感じた。

 「さて、そろそろ帰るか」

 俺、相馬春斗は暇な時間を見つけては地道に読み進めていたライトノベルを通学カバンにしまい込んだ。タオルで額の汗を拭っている最中、俺はもう一人教室に残っていた女子生徒に視線を向けた。「花宮沙月」。俺のクラスメイトにして幼馴染でもある人物だ。

 「あ、春斗もう帰るんだ。今日はいつもより早いんだね」

 「・・・・・・」

 沙月の言葉を無視して教室の扉を開く。

 「わ、私はまだやることがあるからもう少し残ろうかな!」

 「あっそ」

 無愛想にそれだけ言って、教室をあとにした。


 俺は花宮沙月という人物が、というよりもあいつの生き方が嫌いだ。

というのも、あいつはクラスの中だけに留まらず、学年中で超がつくほどのお人好しで知られている。人から頼みごとをされたら絶対に断らない。嫌な顔一つせずに二つ返事で引き受けてくれる聖人君子。そんな風なことを誰もが思っている。

先程せっせとこなしていた作業も、大方いつもの不良グループに頼まれた課題に違いない。あいつはいつもああして周りからの好感や期待を背負いながらも、みんなに好かれようと努力している。

俺はそんな生き様が気に入らない。そもそも俺自身が自分を犠牲にして他の誰かを生かすことを良しとしない性分なのもあるが、俺は生まれながらの善人でもあるために、たとえ他人であろうとも、その様な境遇の人間を捨ておけないらしい。だから俺も沙月には何度も「やめろ」と言ったが、それでも頑なに聞き入れないので、今はもう口を出さないことにしている。

「おっと、急がないと電車に乗り遅れちまうな」

 俺は今目の前に迫っている危機を対処するために、それ以上考えるのをやめた。


 花宮沙月から突然俺の元に電話がかかってきたのはその日の夜更けだった。


 『まだ起きてる?』

 『あぁ、なにか用か?』

 『私ね、最近、春斗が前に私を止めてくれてた時に、ちゃんと言うことを聞いてやめておけば良かったってずっと思ってるの』

 『急にどうした?』

 『また今日も春斗を怒こらせちゃったね、私』

 『そうだな』

 少なくともいい気分ではなかった。

 『なんだか私疲れちゃったみたい。誰かの為に尽くせることはすごいことだけど、それってとても大変だし辛いことだって、最近分かったの』 

 沙月の声は震えている。

 『そうか、でもこれはお前が選んだ選択だろ?』

 『うん、だからね、もう全部忘れたい。辛いことも、そうでないことも。そうすれば少しは楽になるのかな?』

 『・・・・・・』

 『ごめんね! 別に春斗を悩ませるつもりはなかったの。急な話に付き合ってくれてありがとう。明日も学校だから春斗も早く寝るんだよ、おやすみ!』


 一方的に切られた。

 「勝手に終わらせやがったなあいつ」

 ふぅ、と息をついて、ベッドに横になり目を閉じた。

 「まぁ、俺には関係のない話だ」


 翌日、沙月は学校を休んだ。

担任は特に気に留めていないようだったが、昨晩のこともあり、俺には少し胸につっかえるものがあった。


 放課後、日課の読書を終えて、本来ならまっすぐ家に帰るのだが、今日は沙月の家に寄ってみることにした。俺たちは二人とも高校進学の為にド田舎の実家を出て、神奈川県の峰ヶ原高校に入学して一人暮らしをしているので余計に心配になっていた。

 沙月の家のインターホンを鳴らす。鍵は開いているが、沙月はどれだけ待っても出てこない。

 「入るぞー!」

 部屋の電気は点いておらず、真っ暗だった。

 「だ、誰!?」

 部屋の奥から怯えたような叫び声が聞こえた。

 「俺だ。お前こんな暗くしてなにやってるんだ?」

 すると少し間を空けて、

 「春斗?」

 と確認するような声が聞こえてきた。

 「あぁ。今日学校はどうしたんだ?」

 「がっこう?」

 「そうだ、今日サボったろ?」

 身に覚えがないとは言わせん。

 「私、学校なんて・・・・・・」

 沙月が突然頭を押さえた。

「あれ? 私って学校なんて行ってたっけ?」

なにかいつもと様子が明らかにおかしい。 

 「まったく何言ってんだ。こっちは結構本気で心配してんだからな? だいぶ思い詰めてたみたいだから相談にでも乗ってやろうと思ってたんだぞ。それだとまるであれだな、昨晩言ってたみたいになにもかも忘れちまったみたいだな」

 他愛のない冗談を言ったつもりだったが、沙月は首を縦に振った。

 「本当に昨晩までの記憶が無いの。・・・・・・ここはどこ? 私はこんなとこ知らない!」

 その言葉を聞いた瞬間、腹の奥が緊張で締め付けられ、脱力感が襲った。

 「おい変なシャレなら今はやめてくれ。だったらなんで俺のことが分かるってんだよ」

 「分からない。でも、春斗のことだけは覚えてたの」

 脳の処理が追いついていないのが自覚できる。

 「はぁ、ちょっと待ってろ」

 携帯電話を取り出し、とりあえず沙月の母親に電話をかける。なぜかは分からないが、少し胸騒ぎがした。

 「あ、もしもし相馬春斗です。ちょっと今変なことが起きてて、沙月のことなんですけど・・・・・・」

 おばさんの反応は予想外のものだった。

 「待って春斗くん。その、沙月ちゃんっていうのは誰のこと? もしかして彼女さん?」

 茶化すように言ってくる。

 「え、いやおばさんの娘ですよ」

 「やあね、私に娘なんていないわよ? なにを言ってるのかしら、春斗くん?」

 急に恐ろしくなって慌てて電話を切った。

 「春斗、どうすればいいのかな?」

 沙月が縋るように言い寄ってくる。

 「そんなの、分かんねぇよ。でも、なんとかするしかないだろ」

 どうすればいいかなんて検討もつかないが、ここで正体不明の怪現象に陥っている沙月を見捨てることは俺にはできなかった。

 「まずは状況を整理してみよう。とりあえずお前の・・・・・・いや俺の家に来い」

 


 

 「まさかとは思ったが、おばさんだけでなく誰一人お前のことを覚えちゃいないとはな。それに・・・・・・」

 沙月の方を見ると、なにやらきょとんとしている。

 「お前が生きていたという痕跡さえ無くなってるみたいだぞ」

 これこそが今新たに判明した現象。

 「どういうこと?」

 ったく勘の悪いやつめ。

 「お前は記憶だけじゃなく、誕生の事実すら無くなってんだよ。要するに、世界が花宮沙月のいない世界に変わっちまったんだよ」

 やっと要領を得たようだ。

 「それって直るものなのかな?」

 「さあな。前代未聞だこんなこと。だがな、こういう結果にはなにか原因があるはずだ。お前、心当たりあるだろ?」

 「ない」

 即答かよ。記憶がないなら無理もないことだが。

 「生き方を変えるんだよ! 覚えちゃいないだろうが、昨晩お前は俺に、『人に尽くすのが辛い』と泣きついてきた。こんなことなら全部忘れたいってな。だったらそれをやめるしかないだろ。ってことくらいしか今は分からないな」

 「でも・・・・・・」

 「なんだ?」


 「私って誰に尽くしてきたの?」


 「あ・・・・・・」

 しまった、失念しいてた。確かにそれもそうだ。今の沙月には、人のために生きていたという記憶がない。つまり生き方を変えるもなにも、そもそも今は0の状態なんだ。0の状態ならば変化を起こす理由がないのも当然の事。

 「いや、忘れてくれ。まぁとりあえず今日はもう遅いし寝よう。明日朝起きたらなにか変わってるかもしれないしな」

 「・・・・・・うん」


 だが、やはりというか朝を迎えても何も変わってなんかいなかった。

 「俺は学校に行ってくる。なにが起きるか分からないから外には出るなよ」

 「うん、いってらっしゃい」

 その日の授業は全く頭に入らなかった。本当に誰も沙月を覚えてなかったし、机だって無かった。

 どうすればいいか考えても考えてもなにも思い浮かばない。

あいつは誰かのために生きたがっていた。しかし、その存在意義を自ら否定し、失った。

 「くそっ、どうすればいいんだよ!」

 帰り道っで叫ぶ俺は、さぞや奇人に見えただろう。


 「帰ったぞー。っておい?」

 沙月の姿がない。

 慌てて外に出て探す。

 3時間ほど経っただろうか、近所の飯屋にもデパートにも回った末に、由比ヶ浜に沙月の姿はあった。

 「おい沙月! お前外に出るなって朝言っただろ!」

 沙月が振り向く。

 「俺がどれだけ探したと思ってんだ、なにかあってからだと遅いんだぞ!」

 発見した安心感から、今度は苛立ちがこみ上がってくる。

 「ごめん。でも海はなんだか懐かしくって。なぜか分からないけど、安心するの」

 沙月はどういう訳か涙を流している。

 「だからって、状況分かってんのかよ。いつお前が俺のことも忘れるか分からないんだ。そうなったらお前は完全にこの世界から消されちまうんだぞ」

 「ごめん」

 「・・・・・・帰るぞ」

 泣かれちゃこっちの調子が狂う。

 「今日は私、自分の家に帰るよ」

 「そうか、なら送るから行くぞ」

 だが沙月の足は動かない。

 「もう少しだけ」

 そう言って手を広げ、沙月は潮風を感じていた。


 その日の晩。布団に入ってから、昔沙月と遊んだことを思い出した。

地元の綺麗な海に連れて行かれたこと。あの日、俺は沙月に言った。

 「海は得体が知れないから嫌いなんだよ」

 すると沙月は、

 「でもそれも素敵だと思わない? 今この浜に打ち寄せている波は、もしかしたらアメリカとかにも行ったことがあるかも知れないんだよ? 海ってどこで見ても綺麗だし、全てと繋がってるって私は思うの」

 と言って、無邪気に笑った。


 「私は寂しがり屋だから、誰かと繋がってないと・・・・・・苦しいの」

 

 次の瞬間、俺は布団を払いのけて家を出た。向かう先は迷うべくもなく沙月の所だ。疲れなんて全て消えてしまったかのように走り続けた。

 「沙月!」

 沙月の家にたどり着くが、沙月の姿はない。

 「やっぱりか!」

 そうとなれば次の行き先は決まっている。由比ヶ浜にきっと沙月はいる。そう確信めいたものがあった。

 

 夜の帳がかかり、海は真っ暗で普段は人なんていない。が、今は違った。

 「沙月」

 俺の声が闇に溶けていく。

 「春斗・・・・・・どうして?」

 分からない。分からないが、

 「俺の、お前との記憶が導いてくれた」

 「そっか」

 しばしの沈黙。

 「俺はずっとお前は人の為になんでもするバカ野郎だと思ってた。哀れな奴とも思ってた。けど、そうじゃなかったんだな」

 いつの日かのことを思い出して導いた俺の答え。

 「お前はずっと、誰かに心から必要としてほしかったんだよな。上辺だけの関係じゃなくて、お互いに本当に必要としあえる人が欲しかったんだ。だからお前はその繋がりを作ろうと必死になってたんだよな」

 「春斗・・・・・・」

 深く息を吐く。

 「俺はさ・・・・・・俺はさぁ、お前に忘れられたくねぇんだよ」

 話していても涙が溢れ出た。

 「俺はお前の存在が必要なんだ。いつだってお前は俺の側にいて支えてくれた。お前がいない世界なんて退屈で寂しくて生きていけそうにないんだ」

 いつの間にか沙月も泣いていた。

 「私ね、全部忘れちゃったけど、それでもなんで春斗だけは覚えてたんだろうって考えてた。きっと私もそう。いつからか春斗は、私にとって大切な人になってた」

 涙を流しながらも俺たちは笑った。

 「こんな状況だけど、今日春斗の気持ちを知れて本当に良かった」

 「あぁ、俺もだ」

 「ねぇ春斗」

 「ん?」

 「私、春斗のこと・・・・・・」

 そこまで言って、沙月はその場に倒れた。

 「沙月ッ!」

 その体をなんとか支える。沙月は静かに寝息を立てていた。 

      

 沙月を背負って家まで届け、俺は自分の家に帰った。これで良かったのだろうか? 確かめる術はないが、やりきった充足感はある。これでダメなら、また考えればいい。

 そう自分に言い聞かせ、眠りについた。


 翌朝、学校の支度をしていたところでインターホンが鳴った。

 ドアを開けると、そこには制服姿の沙月がいた。

 「おはよう! 今日も学校だね!」

 そのいつもの声を聞いて、昨晩からの緊張が一気に解けた。

 「すぐ支度するから待ってろ」


 沙月は元に戻っていた。本人曰く、この2日間の記憶は無いらしい。

 記憶が戻っては失う。どこまでも奇妙な現象だ。

 この2日間は、普通の人から見れば短い時間だったろう。だが、俺にはとても長かったように思える。それが形を成さず、誰かの記憶に残らなくても関係ない。確かに辛くて大変だった。

 けど、

 「春斗ー!」

 「どうしたー?」

 「私春斗のこと、大好きー!」

 こんな青春があったっていいじゃないか。


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