第4話 逃亡

 日が暮れると二人は旅に出た。この国の中にいては、いつどこに追っ手が現れるかわからないからだ。

 山の尾根を渡り、川を横切る。近くに追っ手を感じることはあっても、出会うことはなかった。老人と子供だ。精鋭の追っ手に見つかればひとたまりもなかっただろう。

「右へ。」

 カナタがゼノに告げる。森の木々や大地の草花が追っ手の場所を教えてくれる。

「植物は大地とつながっておる。植物の意志は、それすなわち大地の意志だ。」

 ゼノの口癖だ。


 手配は出ていない。平民たちがカナタたちのことを知ることは無かった。しかし、国境付近は警備が厳しい。多くの兵が、カナタたちを探していることだろう。この先、人家は減る。二人には街で食料を調達しておく必要があった。すすけたぼろ布に身を包み、旅人の親子を装う。

 カナタは大きな街はきらいだった。重い石畳に根を押さえつけられ、無残に切り揃えられた植物たちの悲鳴に似た声が聞こえるからだ。

 数名の兵隊たちとすれ違う。彼らは街に並ぶ露店の果物を無造作に手に取り、やわら頬ばり始めた。

「タダはまずいでしょ。」

 一人の兵が先頭の上官に耳打ちする。

「ほらよ!」

 上官は小銭を投げた。あわてて拾う店主を兵隊たちはあざ笑う。


「気に食わんな。」

 ゼノはカナタにだけ聞こえるように言った。

「あれは、この街を治める貴族の近衛じゃ。揉め事は起こすなよ。」

 ゼノがそう言い終わらないうちに、先ほどの上官の甲高い怒鳴り声が響いた。

「このやろう。よくもおれの靴にションベンしやがったな。」

 振り向くと、白い一匹の子犬が兵隊たちの足元にいた。

「こいつめ!」

 一人の兵士が子犬は腹を蹴り上げた。子犬は道端へと吹っ飛んだ。まわりの兵隊たちも蹴り続ける。

「下がってろ。」

 上官は腰の剣を抜くと、一気に振り下ろした。

「カチン。」

 剣は空を切り、石畳に当たった。彼が剣を振り下ろすより一瞬早く、カナタが子犬を抱えて走り抜けたのだ。

「止まるな。」

 ゼノはカナタに叫びながら兵士たちの脇をすり抜けた。

 一瞬のこと唖然とする兵士たち。

「追え!」

 激高する上官の声に、われに返った兵士たちが二人の後を追おうとした。

「ガチャ、ガチャ、ドタッ!」

 兵士たちは足がもつれ顔面から石畳に次々と倒れこむ。かれらのズボンがずり落ち、足に絡まったのだ。

「やつらのベルトを切った。少しは時間が稼げるだろう。まったく、言ってるそばからやってくれるわい。」

 ゼノは老人とは思えない速さで笑いながら街の外へと向かった。カナタは子犬を服の中に隠しながら後を追った。

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