この国の立て直しに務めよ

「そもそも本来、人の営みにおいて『争い』なんぞ必要ない。ましてや殺し合いなぞ論外じゃ。ケモノでさえ、高等な奴らは滅多に争わんじゃろ!?」

「そうですね。下等動物なら共食いの習慣もありますけど」


「食い物が減れば共食いするケモノも、確かにおる。されどそれを、互いに知恵以て解決するのが、ヒトの人たる所以ゆえんであろうが」

「おっしゃる通りです」


が国においては神の御意志みこころを賜りつつ、長年かけて素晴らしい社会思想を育んだ。民同士争わず、天の恵みを大いに活かしつつ最低限の労働のみで食い物を得、豊かに穏やかにやってゆく社会を目指した。必要以上に欲をかかず、困っておる者を互いに助け、清く正しく高度な国を築いてきた。しかるに今はどうじゃ!?」

「……」


「阿呆な学者共がそれを解せず、劣りたる異国の社会思想を善しとし、あっさり受け入れてしもうた。際限なき『欲』を秘めつつ『自由』と嘯き、他者や他国より富を収奪する……それが昨今の、社会思想の本質じゃろ!? 実に下らぬ。ケモノ以下じゃ。争い無き安らかなる社会が、実現しよう筈がない」

 語気を強め、卑弥呼様は言う。あたし達は皆、頷く。


「民は皆、常時争いの真っ只中におかれ、始終緊張状態を強いられる。労働という名の戦いを強いられ、その負担は増す一方じゃの。ひとたび他者や他国にくれば、多くを失い生存を脅かされる。世の、穏やかなる筈がなかろう!?」

「そうですね……」

 あははは。改めて、現代社会の過ちの本質に気付かされた気がする。――


 よくよく考えると、分かり切ったことなんだよね。「自由」ってのは、裏を返すと無策、野放し状態ってことじゃん。その根っこには、ヒトの「欲望」がある。

 ――法を犯さない限り、欲を幾らでも好きに追求していいよ~。

 って思想が、自由主義ね。「際限なき欲望の追求」を肯定する手段として「自由」を「錦の御旗」にしちゃってるんだよ。


 で、それを教育が「正しい」と教える。西洋由来の稚拙な社会思想に過ぎないそれを、子供達に小さい時から刷り込んでいる。その一方で歴史教育を蔑ろにし、我が国において太古より育まれてきた高度な社会思想を教えない。

 つまり、

「情報の制限と、情報の書き換え」

 というわけ。「the 洗脳の手法」って感じ。


 そうして隣人を顧みず、自らの自由のみを殊更肯定している限り、争い無き平和で豊かな人間社会が実現する筈など、ない。絶対にあり得ない。


「いずれそなた達が、この国を立て直せ」

 卑弥呼様は語調を改め、厳かに言った。

「そなた……紗耶香と申したか? そなたが天孫日御子の末裔として、今上に代わり、この国の立て直しに務めよ。そして中つ国せかいに範を示せ。はそなたを、の後継に指名する。先日の天界高天原での話し合いにて、左様に決まった。そのつもりで大いに励め。今のうちに頭と心を磨け」


 そう言うと卑弥呼様は、首から下げていた豪奢なネックレスを取り、あたしの首にかけた。不思議なことに、それはあたしに触れた途端、実体化した。

 さらに卑弥呼様は懐より何かを取り出し、あたしの手に握らせた。それはあの、魏志倭人伝に書かれている金印紫綬であった。これもまたあたしの手に触れた途端、実体化した。

 あたしは猛烈に感動し、身震いした。

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