15◆12 ヴィレオン将軍


  ◆◆六話◆◆



「首尾はどうなっている?」


 屋敷の庭で木剣を振りながら。

 ヴィレオン・ジェスター将軍がイリーナに訊ねた。


 返答が遅れているのは。

 当のイリーナが、たった今、打たれた脇腹を抱えてうずくまっているからだ。



「……くっ、ふっ。


 オッサンや部下のゴリラどもとは違うんだからな……。

 すっごい痣になるけど、変装バレの原因になったらどうすんだよ……?」


 胴体を強打された人間の容態を無視して、仕事の報告を催促するとか。


 イカレてる。と、イリーナは思った。



「なんだ、もう脱ぐ予定があるのか? 仕事が早いな」


 イリーナの恨み節に対して。


『誰の嫁になるか覚悟を決めた』という嫌味で将軍は答えた。



「無いッ!?」


 セクハラまがいの発言に食ってかかったが。

「痛ぅぅぅ……」と、イリーナは再びうずくまってしまう。



「……経過報告に来ただけなのに。

 なんで、打ち込み稽古をさせられなきゃあならないんだよ」


「時間は有意義に使わなくてはな。

 それに、身体を動かしながらの方が脳も活性化する」


 考えに行き詰まった時など、無駄に歩き回ったりする彼女だ。

 その意見には賛同できるが。


 胴を打たれたら。


「脳が活性化しても、声が出ない……」



「しかし、流石だな。見事に三人を手玉にとっているじゃあないか」


「相手が童貞じゃなかったら、とっくにバレてるだろうね!」


 流石もクソもない。と、イリーナは思った。

 男たちがちょろすぎるのだ。



「で、三人のうち誰が適任だ?」


 ようやく立ち上がった諜報員に対して、将軍は再び催促する。


 三兄弟とそれなりの交流をした結果。

 誰が、もっとも権力を与えるに相応しいと判断したのか。


 しかしイリーナは、眉をひそめて芳しくない表情をして見せた。



「甲乙つけがたいね」


「ほう」


「正直、三人ともクズだよ!」


「そこまでか……」


 イリーナの断固とした口調に、将軍も不安にかられる。



「長男は見栄えこそするけど、選民思想が強くて他者を見下してる」


 民衆を幸せにしない領主は論外。


「次男は勉強熱心だけど野心家で、他を出し抜くことに情熱を燃やしている」


 裏切り者では話にならない。



「三男はどうだ?」


「三男は……。良い奴だけど、性癖が気持ち悪い」


 そもそも自立ができていないなど。候補以前の問題という印象だ。


 それに、現実の女性を見ていないというか。

 リアンナに対する接し方に違和感を覚えている。



「性癖は自由だろう」


「ボクを嫁がせる計画だったよね!?」


 イリーナにその気はないが。発案者に言われてはたまらない。



「重要なのは女王陛下に忠実であるかだ」


「そこが難しいんだ。ホンネかタテマエかの判断をどうして良いか……」


 訊ねれば皆、『命を捧げる』と言うだろう。

 騎士団に属している限り、謀反人である騎士団長でもそう宣言する。


 言質が取れれば良い。といった単純な話ではないのだ。


 利益、不利益の選択を迫られた時。

 けして裏切らない人柄であるかを見抜く必要がある。



「皆、若すぎると思う。ロイにいたってはまだ十五の子供だよ」


 ロイに限らず。三人ともが、これからの経験によって。

 思想、価値観に変換があるだろう。


「子供とは言うが、陛下が即位を決意したのも十五であることを忘れるな」


「それを言われると弱い……」


 年若い女王が、どれほどの重責と向き合い。日々、努力しているか。

 それをイリーナは間近で見てきた。


 比べたら自分の苦労など微々たるものと思える。

 なんとかして、女王の助けになりたい。



「ヤズムート兵士長なら、頼もしかったのになぁ」


 イリーナは有能な兵士長の名を呟いた。


 能力面、人柄において、もっとも頼りになるのは。

 いまのところ彼だ。


 とはいえ、能力を見込まれて登用されただけの旧王国民を。

 領主にという訳にはいかない。


 それを決めるのはマルコライスであり。イリーナたちに出来るのは。

 候補のうち一人に肩入れするくらいのものなのだから。



「調査の続行が必要のようだな」


「そだね……」


 なかなか進展。いや、好転しない状況に項垂れる。



「そうだ、オッサンは『王の剣』の伝説を聞いたことある?」


「……王の剣?」


「うん。実体の無い刃を持つ魔法の剣なんだって。


 代々、この一帯を統治した支配者のシンボルだったらしいんだけど。

 マルコライス卿が侵略して以来、行方不明だって聞いた」


「当時の持ち主はどうなった?」


「旧国の王なら。マルコライス卿が処刑したはずだね。


 でも、世話係のロイが見てないってことは。

 回収はできなかったんだろうな」



「あーっ! 実物みたいなーっ! 一度振ってみたいなーっ!」


『王の剣』が実体を持たない魔法の剣であること。

 エネルギーの刃が高い威力を内在していること。


 イリーナはロイから聴いたことを熱っぽく話して聞かせた。

 しかし、将軍のテンションに変化は無い。


「なんで!? ロマン、感じない?!」


「たいしてな」


「つまらん人生だなッ!!」


 まさか人生までを否定されるとは、将軍も思わなかった。



「ねぇ、実体のない剣とはどう戦うの?」


 イリーナは木剣を構えて訊ねた。


「その剣を使う者は手足の本数が増えたり、関節が逆に曲がったりするようになるのか?」


「なんでだよ、気持ち悪い!」


「そうでない限りは、剣身が物質に干渉するかどうかで話が変わる」


「人体を破壊するなら、実体剣にも干渉するんじゃない?」


「ならば、いつも通りだ」


「剣身自体が攻撃力を持っているんだよ?

 非力な僕が扱っても、ましてや力を込めて振り下ろさなくても敵を倒せるんだよ?」


 将軍はやれやれといった態度で首を振った。



「では、お前が持っているそれを魔法の剣として。俺をどう攻略する」


 将軍は木剣を真っ直ぐにイリーナへと突きつける。

 剣を後方におく通常の構えとは逆のスタンスだ。


「あ、う……。てい! わわっ!?」


 隙のない将軍の構えに、何となく手を出して慌てて引っ込めた。


 ヤケになって剣を投げつけるくらいしか、攻め手を思いつけない。



「そういう事だな。二人の間にある障害物を排除して動線を確保しなくてはならない。

 剣を振り回すのは威力を得るためではないということだ。


 だいたい果物ナイフを根元まで刺せば人は死ぬ。

 子供の腕力でも容易くな。


――では、剣とはなにか?」


「駆け引きの道具です」


 無抵抗の相手を殺すのに剣は過剰な道具であり。

 つまり、抵抗してくる相手に有利をとるための道具という訳だ。



「魔法の剣ならば威力を得るための動作を省略できるとしよう。

 では、お前の得意とする刺突剣ではどうだ?」


「得意って訳じゃ……」


 将軍が木剣で刺突剣の構えを取る。


 間髪入れず鋭い突きが放たれると。

 イリーナはそれを後退しながら自らの木剣で絡め取り逆に突き返した。


 更に将軍が押しのけられた木剣を振り上げて軌道を外らす。


「間合いを外して切り返す。手堅い戦法だ」


「足し算からやり直してる気分だよ……」



「押し込めばたいした力を込めなくても、人を殺せる。

 それでも、こうやって切っ先を上下に振る。


 相手の体に刃を到達させるため。

 それを阻む障害をしりぞける駆け引きのために剣は振る」


 将軍がその場でいくつかの動作を行う。


 自分の剣を通過させることで、相手の攻撃スペース塞ぎ。

 相手の剣をたたき落とした延長で、トドメを刺す。


 それはどれも攻防が一体となっている。


 緩慢な動作は動線の確認作業であり。

 実戦では目では終えない速度で振るわれるだろう。


 敵の防御をかいくぐるだけではない。


 こちらが剣を振り上げた時、相手は受けるのか攻めるのかを迫られる。


 選択を迫り。術中にはめる意味でも剣の位置は上下左右し。

 そこから最短で相手に到達させる軌跡が『剣を振る』という行為なのだ。



「魔法の刃ならば力を入れなくても威力が出る。

 しかし駆け引き上、振る動作が必要ならば力む必要があるだろう。


 でなければ速度で相手を上回れん」


「攻撃力が百の剣でも、攻撃力が一万の魔法の剣でも、人は一撃で死ぬもんね。


 じゃあ、魔法の剣は意味無いってこと?」


「いいや。非実態の刃は十分、強力な武器だ。

 多くの防具を無効化できる局面もあれば。

 刃の通らぬ頑強なモンスターに有効かもしれん。


 ただ、戦い方はそれほど変わらないだろう」


 足の位置。歩幅。関節の可動域。剣術はそれらの最適解で出来ている。

 武器の形状が剣である以上は、それに準じた方が動作は速い。


 道具の善し悪しよりも。術理を理解することのほうが肝要だと言うことだ。


 非実体剣にも利点はある。


「実体剣には出来ないチャンスの作り方で、駆け引きの手段を増やすことができる。

 しかし、間合いの意識の仕方、足の運び、体捌きは同様」


「そうかぁ」


 それはあくまでも剣術の延長。イリーナは得心がいったと頷いた。



「しかし、俺が光の剣を手にすることがあれば。

 これみよがしに振り回すだろうな」


「なんで?」


 実体剣よりも振り回す理由はないのでは。と、イリーナが訊ねる。


「剣身が発光すると仮定したならば、生じる残像は見栄えがするだろうからな」


 その理由は、見栄えの良さ。


「あはは、そうだね。振らなきゃ勿体ない」


 イリーナはギャラリーから見た華やかさという意味で同意したが。

 残像は視界をチラつき対戦相手の集中を乱す効果を期待出来るだろう。


 まずは術理の理解と、反復練習による身体への定着だ。


 剣による駆け引きの肝は。

『相手の反射に訴えかけ、ミスを誘うこと』なのだから。







  ◆七話、ロイ②

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