対決
高円寺と藤堂は去年対決する競技に出なかったので、その実現しなかった対決がもうすぐ目の前で始まるとなって、皆興奮した面持ちでグランド内を見つめていた。
そうして順番が回りいよいよ二人の番となる。
二人がスタートラインに立つと、ドッと大きな歓声が上がり皆の興奮も頂点に達した。
二人は真剣な表情でスタートの構えを取り、そしてスタートの合図で一斉に走り出したのだ。
やはり二人は凄く早かった。一緒の組で走り出した他の生徒達を大きく引き離し、二人はほぼ同じスピードで走っている。
どっちかが前に出ると、もう一方がそれに追い付いき少し前に出て、抜かれた方がまたさらに追い付いて抜くと言うのを繰り返し、全く二人の距離は離れなかったのだ。
そんな二人のデットヒードを、ドキドキと興奮しながら見つめ思わず立ち上がり、他の人達と一緒に応援の声を上げた。
「高円寺先輩!藤堂先輩!二人共頑張って下さーーーーい!!」
私の声はグランド内に響く大歓声の中に混じり、二人には分からないはずなのに、何故か一瞬二人がチラリと私に視線を向けてきたように見えたのだ。
それは気のせいだったかと思うほどに一瞬だったが、その後二人はさらに真剣な表情となって走る速度を上げた。
そしてゴール手前、藤堂が高円寺を少し抜き藤堂が一位かと誰もが思った瞬間、高円寺があっという間に藤堂と並びそれと同時にゴールテープが切れたのだ。
その瞬間、辺りはシーンと静まり返りそして次に動揺が走る。
「ど、どっちだ!?」
「俺は、藤堂先輩が勝ってたと思うが?」
「いや、あれは高円寺先輩だったぞ!」
「いやいや・・・」
そう回りから、どっちが勝ったのかを言い合う声が聞こえてきた。
グランドの方では、高円寺と藤堂が肩で息をしながら、無言で顎まで流れた汗を手の甲で拭いている。
その二人に遅れながらも、引き離されていた他の人達が続々とゴールしていったのだ。
まだどっちが勝ったかの判定が出ない事に、皆少し苛立ち始めていたその時、漸く判定の放送が入った。
「え~大変遅くなりました。今VTR判定しました所・・・・お二人はほぼ同着だった為、お二方共同着一位と言う判定になりました!」
その放送を聞いた瞬間、地を揺るがす程の大きな歓声が上がったのだ。
当の本人達はお互い苦笑いを浮かべながらも、健闘を称えあって握手を交わしていたのだった。
「す、凄かった!!」
「本当にあの二人凄いよね!」
私は興奮冷めやらないままその場に座り直すと、同じように興奮した面持ちの委員長と今の勝負を語り合ったのだ。
「しかし、スポーツ万能の藤堂先輩は勿論だけど、やはり文武両道である高円寺先輩のあの藤堂先輩と引けを取らない走り・・・本当に今年の学年別リレーに、高円寺先輩が出場していなくて良かったよね」
「ああ・・・確かに」
委員長の言葉に、もしこれで高円寺までも出場していたら、正直勝てる自信は無いと思ったのだ。まあ、個人で勝負したら多分問題無いとは思うのだが、リレーだと全体の速さが影響するのでそうはいかないからである。
しかし勿論高円寺は凄いと思ったが、藤堂の走りを客観的に見たのがこれが初めてだった為、これからある学年別リレーの事を考え気を引き締めたのだった。
大興奮の二年生による100メートル走も終わり、残りのプログラムも進んで、とうとう最後の競技学年別リレーが始まる事となったのだ。
ちなみにこの競技の勝敗に得点は特に無く、単純に余興のようなものとなっている。
「いよいよ本番だ!皆練習を思い出し、自分を信じて走り抜けよ!」
出場する一年生が集まると円陣を組み、日下部の言葉に皆力強く頷く。
「そして早崎!さっきの藤堂先輩の走り見ただろうが・・・頼むぞ!!」
「はい!」
皆が真剣な表情で私を見てきたので、私もそれに応えるよう真剣な声で返事をしたのだった。
そしていよいよスタートの合図と共に、一番手が走り出したのだ。
沸き上がる歓声を受けながら最初を走る一年生の女子だったが、やはり先輩方の方が速く二人にどんどん引き離されていく。
先に先輩方が二番手にバトンが渡り、遅れて二番手の日下部にバトンが渡った。
すると日下部は凄い速さで走り出し、あっという間に先輩方に追い付くと、二人を抜いて先頭を取ったのだ。
「ほ~日下部やるじゃないか」
そう面白そうに日下部の走りを見ながら呟いたのは、同じアンカーで出番を待っていた藤堂である。
「日下部君、本当にこの競技に力を入れてましたからね」
「そうだろうな・・・しかし、これから走る早崎との勝負も楽しみだな」
「・・・お手柔らかにお願いします」
「いや、俺はどんな勝負も本気でやる主義だ!だから、早崎も本気出せよ?あの追いかけっこ・・・どうせまだ本気じゃ無かったんだろ?」
「・・・何の事やら?」
私は藤堂のその言葉にとぼけるが、内心ではバレていたのかと焦っていたのだった。
そうこうしている内に、日下部のお陰で一番に次の人にバトンが渡り、どんどんとリレーが繋がっていく。
途中何度か先輩方に抜かれる場面もあったが、それでも皆健闘し先輩方に遅れる事無く良い勝負となっている。
そうしてもうすぐ私の番となる為、トラックのスタートラインに立ち、丁度バトンを渡された足立を見ていた。
ほぼ同時に三人がバトンを受け取って走り出したので、団子状態でこちらに走ってきていたのだ。
するとその時、必死に走っていた足立が足をもつれさせ転倒してしまった。
その瞬間、至るところから驚きの声と落胆の声が上がる。特に一年生全員が落胆の表情で足立を見ていたのだ。
足立は急いで立ち上がったが、既に一緒に走っていた先輩方はもうこちらに近付いていた。
すぐに足立は立ち上り、転んだ拍子に取り落としたバトンを拾いこちらに向かって走ってくるが、その表情は暗く悔しそうに唇を噛み目にうっすら涙を浮かべているのが見えたのだ。
私がその様子を見ていると、隣に立っていた藤堂がボソリと言ってきた。
「早崎・・・これも勝負だ。すまんな」
そう言って、少しすまなそうな表情で私を見ながら、到着した人からバトンを受け取り、走り出して行ってしまったのだ。
その後に続くように、三年生もバトンを受け取り行ってしまった。
それを横目に見ながら足立を見ると、足立はもうボロボロと涙を溢しながらこちらに走って近づいてくる。
私は足立が、この日の為に毎日練習が終わった後も一人残って、頑張って練習していたのを知っていたのだ。
そんなに頑張っていたのに、当日こんな事になりどれだけ辛い気持ちでいるのかと思うと、心が締め付けられた。
「は、早崎君・・・ご、ごめんなさい」
そう言いながら、一生懸命バトンをこちらに向かって差し伸べてくる足立を見て、私は心の中である決心をしたのだ。
絶対、足立さんの頑張りを無駄にしない!!
そう思いながら足立からバトンを受け取ると、泣きながらその場に崩れ落ちる足立に声を掛ける。
「安心して・・・絶対に勝つから!」
「え?」
驚く足立の声を背に受けつつ、私は表情をスッと無くし目を細め、半周以上先を先頭で一人走る藤堂の背中を見ながら全力で走り出したのだ。
私は風を切りながらグングン速度を上げ、だいぶ先にいた三年生をあっという間に抜かし藤堂に追い迫る。
ふと藤堂が私の気配に気付き、チラリと走る速度を落とさず顔だけこちらに振り向くと、私がもの凄い速さですぐ近くまで来ている事に驚き、すぐさま顔を前に戻すと速度を上げ走り出したのだ。
だが、私はそんな藤堂に追い付く為さらに速度を上げ走った。
そうして、藤堂が一番にゴールテープを切る直前で追い抜かし、私がそのゴールテープを切って一番にゴールしたのだ。
その瞬間大歓声が巻き起こり、チラリと一年生達を見ると全員立ち上がり大喜びしている姿を確認する。
「は、早崎!な、なんなんだその速さは!!!」
「・・・まぐれです」
「そんなの、まぐれの訳無いだろうがーーーー!!!」
肩で息をしながら、驚いた表情で藤堂が私に詰め寄ってきたが、私はそれを平然な顔で軽くあしらったのだった。
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