借り物競争

 高円寺の出る借り物競争が始まった。


 この借り物競争は、グランド内のトラックの途中に借りてくる物の書かれた紙が入った白い封筒が地面に置かれていて、それを拾い中に書いてある物を持ってきて早くゴールする競技である。


 二年生の先輩方はスタートラインに五人横並びに立ち、スタートの合図で一斉に走りだした。そして地面に置かれた封筒を拾い中身を見て、それぞれ悩みながらもそこに書かれている物を持って続々とゴールしていったのだ。


 そうして順調に順番が回り、とうとう高円寺の出番となる。


 高円寺がスタートラインに立つと、至る所で黄色い声援が上がった。


 そしてスタートの合図と共に、高円寺の組みは走り出したのだ。


 沢山の声援を受けながら、高円寺は他の人を大きく引き離し一番に封筒の場所まで到着する。


 高円寺は一枚の封筒を拾い中から紙を取り出した。しかし、その紙を見ながら顎に手を添え少し考え込んでいる。そして、徐に顔を上げ周りをキョロキョロと見回す。


 するとその高円寺の視線が、私の座っている方に定まるとニッコリと微笑んできたのだ。その微笑みを見た、私の周りにいた女子達が黄色い声を上げ喜ぶ。




「きゃー!高円寺様が私を見たわ!」


「違うわ!わたくしよ!」




 私の後ろではそんな言い争いが起こっていた。


 その言い争いを聞き呆れていると、ふと高円寺がニコニコしながらこちらに走ってきている事に気が付く。




こっちに何か借り物でもあったのかな?




 そう私が不思議そうに見ていると、高円寺は私の目の前で立ち止まったのだ。そして私に手を差し伸べてくる。




「えっ?」


「早崎君、一緒に来てくれないか?」


「あ、はい」




 私は高円寺のその言葉に、よく分からないながらも高円寺の手を取り立ち上がった。




「ありがとう・・・ああ、ちょっと時間を食い過ぎてしまったようだ」




 そう言って、高円寺はグランドの方を見ていたので、私も釣られてそちらの方を見ると、他の人達が次々と借り物を持ってゴールに向かって走っていたのだ。




「さすがにこれは急がないとな・・・早崎君、ごめんね。ちょっと失礼するよ」


「へっ?・・・う、うわぁぁぁ!」




 高円寺の言葉を聞くないなや、高円寺は私の膝裏に手を差し入れその手と別の手を背中に添えて私を抱き上げたのだ。ハッキリ言ってこれはお姫様抱っこと言うものだった。


 予想外の状況に、私は顔を真っ赤にさせ高円寺の腕の中で暴れだす。なぜならこの場にいる全ての人々の視線が、一斉に私達に集まっていたのだ。




「まぁぁ!美少年が美青年に抱き上げられている姿、なんて素敵なの!!」




 そんな声と共に恍惚の表情で、こちらを見てくるので堪ったもんじゃなかった。




「こ、高円寺先輩!降ろして下さい!一緒に行く必要があるなら、僕も走りますから!!」


「まあまあ、そんなに暴れないで欲しいな・・・とりあえず、もう間に合わなくなるからこのまま行くよ!しっかり掴まっていてね!」


「っちょ!ま、待って!い、いやだぁぁぁ!」




 高円寺は私を抱く力を強くすると、凄く楽しそうな笑顔を浮かべゴールに向かって走り出したのだ。


 私は悲鳴を上げながら、振り落とされないよう思わず高円寺の胸元の服を必死に掴む。


 高円寺は私を軽々抱き上げたまま、物凄い速さでゴールに向かって走っていき、そして一番にゴールテープを切ったのだ。


 その瞬間辺りから大歓声が上がる。私は高円寺にしがみついたまま、呆然とその声を聞いていたのだった。




「一番にゴールおめでとうございます!では、借り物の書かれた紙を拝見させていただきますね。ただもし、書かれていた内容と持ってきました物が違った場合、この順位は無効となりますが宜しいですか?」


「ああ、分かっている」




 借り物競争の判定をしている男子生徒が、マイクで話ながら高円寺に近付き、高円寺は言われた通り紙をその人に手渡す。




「え~何々?高円寺さんの借りてくる物は・・・『お気に入りのもの』・・・ああ~確かに『者』ですね」




 判定人はそう言うと、何か納得したような顔で私を苦笑しながら見てきたのだ。


 私はチラリと周囲を見回すと、何故か他の人々も判定人と同じような表情で見てきていたのだった。




何で私が、お気に入りのもので納得されているんだーーー!?




 この状況に頭が付いていかず、私は大混乱していたのだ。




「早崎君、ありがとう」




 そう頭上から声が聞こえてきたので、私はその声がした方に顔を上げると、目の前に微笑む高円寺のドアップがあったのだ。




「なっ!?」




 そのあまりの近さに、驚きの声を上げ目を見開いて固まってしまう。


 暫し高円寺と見つめ合っていたが、ハッと我に返り私がまだ高円寺に抱き抱えられたままだった事に気が付いたのだ。


 私は慌てて暴れ、高円寺の腕から抜け出そうとすると、今度はあっさりと解放してくれ地面に足を付ける事が出来たのだった。




「と、とりあえず、よく分からないけどこれで高円寺先輩が、一位確定で良いんですよね!?」


「あ!は、はい!高円寺さん、お題クリアしてますので一位です!おめでとうございます!」




 私が凄い剣幕で判定人に詰め寄ると、私のあまりの様子に驚きたじろぐがすぐに気を取り直し、高円寺の一位確定を宣言する。




「それじゃ僕もう良いですね!では戻ります!!」


「クスクス・・・早崎君、本当にありがとうね!」




 そう早口で言うと、高円寺が含笑いを溢しながらお礼を言ってきたのだが、私はその顔を見ずに急いでその場を逃げるように後にしたのだった。






 自分のクラスの控え場所に戻ると、委員長が面白そうに私を見てきたので、私はジロリと委員長を睨み付けその隣にドッカと座る。




「早崎君、お疲れさま~」


「・・・委員長、そんなニヤニヤしながら言われても嬉しく無いんだけど!」


「ごめんごめん!でも面白いもの見れたよ」


「委員長!!」


「本当にごめんって。もう笑わないからさ」


「ったくも~・・・しかし、あの指示の内容一体何だったんだ?他の人は皆、帽子だったり眼鏡だったりとかちゃんとした物が指示されていたのに、何で高円寺先輩のだけ『お気に入りのもの』て書かれていたんだろう?」


「そう言えば、先輩に聞いた事が・・・なんか毎年一枚だけあんな風に、ハッキリとした物を指示しない紙が混ざっているらしいんだって」


「そうなの?」


「うん。確か去年は『好きなもの』と書かれた紙を引いた人がいて、そのまま観衆の面前で告白した先輩がいたらしいよ。まあちゃんと告白は成功して、今も付き合っているらしいけどね」


「そ、それは凄い・・・」




その告白を受けた人・・・その時嬉しかったのかもしれないけど、それと同時にきっと私のように皆に注目され凄く恥ずかしかっただろうな・・・。




 そう思い、顔も名前も知らない先輩に同情したのだった。






 そうして借り物競争も終わり、またプログラムは順調に進んでいく。


 途中榊原が大玉転がしに出場し、観衆に手を振り笑顔を振り撒きながら大玉を転がしていた事で、他のクラスの暴走した大玉に気付かず跳ねられ倒れた所を大玉に踏み潰されたのを見て、周りからは心配による悲鳴が上がっていたが、私は腹を抱え大笑いしていたのだ。


 そして次に桐林が障害物リレーに出場し、そんなに運動が得意そうに見えなかったのに、余裕で一位を獲得していたのには驚いたのだった。


 そうしてプログラムはどんどん進み、もう残り少なくなってきた所で次の競技が始まる。


 すると、今までで一番大きな歓声が上がったのだ。


 私はその歓声に驚き入場していくメンバーを見ると、高円寺と藤堂が横に並んでグランドに入って行くのが見える。




「これ二年生の100メートル走だね。ああそう言えば、高円寺先輩と藤堂先輩はクラス違うから・・・あ!あの並び順だと直接対決が見られるみたいだよ!」




 そう興奮気味に委員長が言っているのを見て、私もこの二人の直接対決が楽しみになってきたのだった。

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