暴走馬を追い掛けて!

 猛スピードで前を走る馬に追い付く為、風の抵抗を減らすべく前屈みの体勢を取る。


 そして私の乗ってる馬も私の意を汲んでくれているのか、どんどん速度を上げてくれた。


 女生徒はあまりの恐怖に、馬の首を掴んだまま動けないでいるようだ。


 漸く女生徒を乗せた馬に追い付き、並走させながら乗っている馬のたてがみを優しく撫で、「頼むね」と小さく声を掛けてから女生徒を見る。




「君!僕が今から飛び移るから絶対手を離さないでね!」


「えっ?」




 私の声に驚いて、少し顔を上げた女生徒の顔は恐怖に青ざめ涙に濡れていた。


 その女生徒を安心させるように一度頷き、持っていた手綱から手を離し馬の背に片膝をついた状態で立つ。


 そしてタイミングを見計らって女生徒の後ろに飛び乗った。


 突然私が飛び乗った事で、さらに興奮した馬が速度を上げようとしたので、すかさず手綱を取って強く引っ張る。


 すると馬は前足を上げて立ち上がったが、私は冷静に女生徒を支えながら振り落とされないように足に力を込めて掴まる。


 そして前足を降ろした所を見計らい、首を優しく叩いて落ち着かせるように優しく声を掛けた。




「大丈夫、大丈夫。もう怖くないから」




 そう私が声を掛けると、次第に落ち着きを取り戻し止まってくれたのだ。




「とても良い子だね」




 そう言ってたてがみを優しく撫でて上げた。ふと前を見ると、私が乗っていた白馬もゆっくりとこちらに近付いてくるのが見える。




「お前はとても賢いね。ありがとう」




 そう微笑みを浮かべて白馬に声を掛けた。そして私の前で、まだ震えたまましっかりと馬の首に掴まっている女生徒の背中を優しく撫でる。




「もう大丈夫だよ」




 私の声に恐る恐る顔を上げ、周りを見てから私を見てきた。




「わ、私・・・助かったの?」


「そうだよ。大丈夫?怪我はない?」


「早崎君!怖かった!!」




 そう言って女生徒は私に抱き付いてきたのだ。




うわぁーーー!!いくらサラシを巻いて胸を隠しているとは言え、さすがにそんなに抱き付かないで!!




 心の中で酷く焦るが、女生徒は私の胸に全く気付かず涙を流しながら震えて抱き付いていた。


 私はその姿に少し複雑な気持ちとなる。確かに女とバレると困るのだが、胸に顔を寄せられても全く気付かれない私の胸の大きさに、私の方がちょっと泣きたくなってきた。




いやこれからだ!絶対将来お母様のような豊満な胸になるはず!!




 そう自分に言い聞かせつつ、なんとか女生徒を宥めて私の胸から引き離しもう一度怪我が無いか尋ねる。




「・・・はい。大丈夫です。助けて下さりありがとうございます!」


「良かった、怪我が無くて」


「・・・っ!」




 どこも怪我が無い事に安心し女生徒に笑顔を向ける。すると私の顔を見つめたまま顔を赤らめて固まってしまった。




・・・またこの反応。一体何でいつもこんな反応されるんだろう?




 そう不思議に思いながら苦笑しつつ、女生徒の顔が涙で凄い状態になっている事に気付き、ポケットからハンカチを出してその顔を拭ってあげる。




「はい、これで大丈夫だね」


「あ、ありがとうございます・・・」


「気にしなくて良いよ。どうせなら涙に濡れた顔より、君の可愛い顔で素敵な笑顔が見たいからね」


「っ!!」




あれ?私変な事言ったかな?なんだかさっきより顔が真っ赤になっちゃったよ?




 不思議に首を傾げながら、そうだと思い出し女生徒を真剣に見る。




「君・・・今回の事で馬の事嫌いにならないでね?」


「え?」


「馬は人間の気持ちに敏感な生き物なんだ。だから今回は君の怯えに反応し馬も怯えて暴走してしまったんだよ」


「そうだったんですね・・・」


「だから今度馬と接する時は、怖れずに優しい気持ちで触れ合って欲しいんだけど・・・良いかな?」


「は、はい!分かりました!」




 その答えに私はホッとする。こんな事で嫌いになって欲しくなかったのだ。


 そうして落ち着いた女生徒を前に乗せたまま、手綱を操り皆の待つ広場まで戻っていく。その後ろからは、ちゃんと私の乗っていた白馬も付いてきていた。






 広場に戻ると騒ぎを聞き付けてきたのか、生徒会メンバーが勢揃いしている。


 そこに女生徒を前に乗せて私が現れた事で、心配していた人達がワッと私達の周りに集まってきた。




「早崎君!大丈夫か!!」




 高円寺が心配そうに馬上の私を見上げてくる。




「大丈夫ですよ。僕と彼女はどこも怪我してませんから。それよりも先生は?」


「そうか。怪我が無くて安心した。先生は医務室に運んである。多分打撲程度だろうが今日はもう乗馬の授業は無理だそうだ」


「そこまで酷い怪我じゃ無くて良かった・・・さあ君、馬から降りようか?」


「あ、降りるなら手を・・・」




 私は高円寺の言葉を聞く前に、ヒラリと馬から降りて女生徒に手を出しゆっくりと馬から降ろしてあげたのだ。


 すると女生徒の友達が、心配そうに近寄ってきたので私はその場を譲ってあげた。


 そして高円寺が何か言ってたのを思い出し、高円寺の方を振り返ると何故か高円寺は手を前に出したまま固まっていたのだ。




「高円寺先輩?どうかされたのですか?」


「い、いや。何でもない」




 私が不思議そうに小首を傾げて声を掛けると、バツが悪そうな表情で急いでその手を引っ込める。




「ふっ、雅也が格好悪い所など珍しいな」


「本当だ~!僕こんな雅也初めて見た~!」


「豊!!誠!!」




 珍しく桐林が含み笑いを見せ、榊原が楽しそうに高円寺を茶化すと、顔を赤くした高円寺が二人を睨み付けていた。


 何故そんな状態になっているのか分からず、ただそのやり取りを見ているとふと横に人が立った気配を感じそちらを見る。


 そこには藤堂が真剣な表情で私を見下ろしていたのだ。




「あの~藤堂先輩?僕の顔に何か付いてますか?」


「・・・早崎、お前実は運動能力凄く高く無いか?」


「えっ!?」


「運動能力が中間ぐらいのやつが、あんな華麗に馬を乗りこなせるとは到底思えないのだが?」


「いやいや、あれはたまたまですよ!」




 私は藤堂の言葉に内心酷く動揺している。咄嗟だったとは言え、さすがにあれはやり過ぎだったかもと思いながら、なんとか誤魔化す言葉を必死に考えていたその時。




「私もう駄目だと思った時、早崎君が颯爽と馬を駆って現れ華麗に私が乗っていた馬の方に飛び乗って助けてくれたのよ!」




 そう友達に囲まれていた女生徒が、興奮しながら話す声がこちらにまで聞こえてきたのだ。




「ほぉ~たまたまで、走る馬から馬に飛び移れるんだな?」


「そ、そうなんですよ!あははは・・・あ!僕この子達を厩舎に連れていきますね!」


「あ!おい!」




 まだ何か言おうとしている藤堂を無視して白馬に跨がり、片手で乗っている馬の手綱を持ってもう片方の手で暴走していた馬の手綱を握り、両方の腹を蹴って並走させながらその場を逃げるように後にする。






「・・・面白いヤツだ。気に入った!」




 そんな私の後ろ姿を見送りながら、藤堂は楽しそうな笑顔を見せそう呟いていた事に、私は気が付いていなかったのだった。

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