天使の歌声
私は青々とした葉っぱが生い茂る森の中を歩いている。
ここは校舎から少し離れた所にある裏山の中。私は時々実家の自然を思い出し癒しを求めてこの山の中に入っている。
学園に通っている生徒は殆ど都会に住んでいる人が多く、こう言った自然溢れる山の中にわざわざ入って来る人がいない為、今ではすっかり私個人の憩いの場になっているのだ。
私は気分良くどんどん奥に進み目的の場所に歩を進めた。
暫くすると視界が開けそこには小さな湖が現れる。その湖は山の地下からの湧き水で出来ており、水は底が見える程澄んでいて木漏れ日で水面がキラキラと光り神秘的な美しさを醸し出しているのだ。最初ここを見付けた時は歓喜した程だった。
湖の畔に近付き靴と靴下を脱ぎ、ズボンの裾を膝上まで捲り上げて素足を晒し畔に腰を降ろして水の中に足をゆっくり入れる。
「う~ん!気持ちいい!!」
丁度良い水温と木々の間から優しく降り注ぐ日の光を浴び、思いっきり背伸びをする。そして風に揺れて聞こえる葉音を聞きながら大きく深呼吸をした。
そうして煌めく水面を眺めながら、私は自然と歌を歌い出す。
私は昔からこう言った自然の中で、のびのびと歌うのが好きだった。実家ではよく家族皆で楽器を持ちより、自然の中で家族だけのミニコンサートを開いていたりした程だったのだ。
あの楽しい時を思い出しながら、気持ち良く歌っていると私の肩に小鳥が数羽留まってきた。そして手に何か柔らかい物が触れてきたので、歌いながらそちらを見るとリスが私の手に戯れている。そのまま周りを見てみると、私の周りに色々な動物達が集まって来ていたのだ。
私はその光景に微笑みながら、もう一度水面に視線を戻しさらに歌い続ける。
どうも昔から私が歌を歌うと、何故か動物が集まって来ていたのでもうこの光景に驚かなくなっていたのだ。
その時大きな羽音が上から聞こえてきたので、見上げると大きな鷹が羽を広げて降りて来るのが見えた。
一瞬周りの動物達が怯えだしたが、私は平気な顔でスッと右腕を出す。すると鷹は速度を落としゆっくりと私の腕に留まったのだ。そしてその頭を私の頬にすり寄せ甘えて来る。
私はその頭を軽く撫でると、周りの動物達はすっかり落ち着いてまた私の近くで寛ぎ始めたのだ。
その様子を笑顔で見つつ満足行くまで歌い続けたのだった。
心行くまで歌い動物と戯れた事ですっかり癒された私は、そろそろ寮に戻るべく水から足を出して立ち上がる。
すると肩に留まっていた鳥達は、羽を羽ばたかせて飛び立つが遠くに行かず私の頭上を旋回して飛んでいた。
私は濡れた足をハンカチで拭き、身支度を整えてから動物達に笑顔で手を振る。
「じゃあ、また来るね!」
そう言って気分良く私は寮に戻る為、来た道を戻っていたのだった。
◆◆◆◆◆
早崎が去っていった方を、じっと動物達は見つめてその場に留まっていたが、近くでカサリと葉を踏みしめる音が聞こえたと同時に一目散に動物達は森の奥に逃げ込んでしまった。
だがそんな動物達を気にする事無く、木の影から呆然とした表情で高円寺が姿を現したのだ。
「・・・まるで天使の歌声だった」
そう独り言のように呟き、たった今まで早崎がいた場所をじっと見つめる。
実は高円寺は寮に帰ろうとしていた早崎を見掛け、その後ろから声を掛けようかと近付いていたのだが、急に目の前の早崎が立ち止まったかと思ったら徐に方向を変え歩き出したので、向かう先が気になり隠れて付いていったのだ。
ただ、向かった先が裏山だった事には驚いたのだが、早崎が躊躇無く入っていく姿に段々好奇心が湧き、愉しくなりながら後を付いていった。
早崎と少し距離を空けて、見失わないように森の中を興味深く進んでいると、突然視界が開けた所に出て高円寺はその光景に息を飲んだ。
そこは小さいながらも湖があり、日の光に照らされて水面がキラキラと輝きとても幻想的で美しい光景に暫し感動してその場に立ち尽くしてしまった。
するとその時衣擦れの音が聞こえ、ハッとしてすぐ木の影に隠れてその様子を伺う。
聞こえてきた衣擦れの音は、早崎がズボンの裾を捲り上げている音だった。
高円寺はその時見えた早崎の、白く透き通るような素足に目を奪われ思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。
自分のその行動に驚き戸惑っていると、湖の方から「う~ん!気持ちいい!!」と言う早崎の声が聞こえ、そちらを見ると足を湖に浸けている様子が見えた。
そして早崎は背伸びをし深呼吸をしたかと思うと、唐突に歌を歌い出したのだ。
高円寺はその聞こえてきた歌声に目を瞠って驚いた。
澄みきった可憐で美しい歌声。心に染み込んでくるその歌声に、暫し時を忘れボーと聞き入る。
するとその声に惹かれてか、早崎の周りに沢山の動物が集まりだして来たのだ。その光景に驚いていると、大きな羽音と共に鷹が早崎に向かっていくのが目に入った。
高円寺は咄嗟に助けようと足を踏み出そうとしたが、それよりも早く早崎が右腕を上げて鷹を見上げ、そしてその腕に鷹がゆっくり留まったのだ。鷹は嬉しそうに早崎の頬に頭をすり寄せ早崎はその頭を撫でている。
その光景に唖然としながらも、さらに動物に囲まれながら楽しそうに歌い続ける早崎から目を離せないでいたのだった。
早崎が去ったその場所を、じっと見つめたまま動かないでいる高円寺。
「早崎君・・・益々君に興味が湧いたよ」
高円寺はそう呟き、その場で一人楽しそうに含み笑いを溢していたのだった。
◆◆◆◆◆
────学園内の林に囲まれた芝生の広場。
私は今密かにワクワクしている。それは何故かと言うと、これから始まる授業をずっと楽しみにしていたからだ。
私の目の前には一頭の白馬がいる。そして私は今乗馬用の服を着ているのだ。そう、楽しみにしていたのは乗馬の授業であった。
実家ではよく乗馬をし、響と一緒に家の周りにある森の中を駆け回っていたのだ。私は実家にいる愛馬の『シリウス』を懐かしみながら、目の前にいる馬の首を優しく撫でる。
するとそれに応えるように、頭を私にすり寄せて来てくれた。
「お前、凄く良い子だね」
そう言い微笑みながらその顔を撫でてあげる。
その時私は周りからため息と共に、惚けた表情で見つめられている事に気が付いていなかったのだった。
自分の番が回ってくるのを、ソワソワしながら待っていたその時、それは起こったのだ。
「きゃぁーーーーー!!」
「うわぁ!」
私の一つ前の順番で、先生に支えられながら馬に乗った女生徒は乗馬が初めてだったせいか、あまりの高さに動転し思わず馬の首を抱き締めた格好で腹を蹴ってしまった。すると、驚いた馬が前足を高々と上げてから凄い勢いで林に向かって走り出してしまったのだ。
近くにいた先生はすぐに馬を止めようとしたが、馬に振り払われ地面に強く体を打ち付けて呻き声を上げていた。
突然の事に他の生徒は呆然としその場から動けないでいる。その間に女生徒を乗せた馬はどんどん速度を上げて林の中に入っていってしまった。
私はサッと目の前の馬にヒラリと飛び乗り、手綱を掴んで馬の腹を思いっきり蹴ったのだ。
「僕があの子を追い掛けるから、誰か先生の事頼んだよ!」
そう真剣な表情で他の生徒に声を掛けつつ、私は女生徒を乗せた馬を追いかけるべく、自分の乗った馬を早く走らせ林の中に駆け込んでいったのだった。
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