あとは覚悟するだけ

 弟切を斬った林はそのまま着地する。弟切の生首がちょうどノウンのところに落ちた。


「はは、枝垂を出してくるとは。参ったね」


 生首が言った。アンドロイドである弟切は、たとえ胴体と頭を切断されてもなお、生きることが可能である。


「枝垂、やれ」


 ノウンが言うと、枝垂は再度ジャンプした。ジャンプしたかと思えば、既にEMPレーザーの前にいた。


「まさか、斬る気か……」


 涼が呟く。無論、彼女は斬る気だった。


「枝垂流・樫」


 林が抜刀して振り抜いた。


 ガキンッ!


 ハサミのように十字にクロスさせた、二つの刀によって林の刀は受け止められた。


「八意、やはり貴様らが内通していたのか」


 様子を見ていたノウンが呟くように言った。林の刀を受け止めていたのは、雅と前司だった。


「二人が、内通者?」


 涼は二人を見た。やはり洗脳されてなかったのだ。


 林と、八意夫妻は地面に着地した。三人はお互いを睨みつけたまま、一向に動く気配が無い。


「久しぶりだな、林」


 前司が声を掛けた。


「俺の手紙の指示通り、息子を気にかけてくれているみたいで、何よりだ」


 前司の言葉に、林は眉をピクリと動かした。


「前司、雅。あなた方には感謝しています」


 そして、先ほどから垂れ流しっぱなしだった林の殺気が、さらに増した。


「だから、お礼として殺してあげます。ふふ」


 その言葉を言い残して、林は消えた。にたりと不気味に笑った顔が、残像として残った。


 瞬間、刀と刀が打ち合った音が響き、林が姿を現す。前司が林の攻撃を防いだのだ。


「流石、単衣の親だけあります。その目の良さは厄介ですね」


 林は笑った。そして消える。常人には視認できぬ程の速度で、何度も何度も前司に斬りかかる。しかし前司は林をしっかりと捉えていた。ぎりぎりではあるものの、前司は林の攻撃を全て見極め、そして対処していた。


「枝垂流……」


 前司はすかさず繰り出された攻撃を弾いた。地面に叩きつけられたそれは、鞘だ。


「銀杏」


 すぐに二撃目が繰り出された。鞘を弾いたばかりの前司は、防ぐのが間に合わない。


 しかし二撃目は防がれた。雅の刀が林の刀を遮ったのだ。弐天一刀流。前司と雅は二人で一つ。振るう刀も、二刀で一刀である。彼らにフェイントは通用しない。何故なら、一度目のフェイントは前司が防ぎ、二度目の本命は雅が防ぐからだ。そして二度目もフェイントだった場合、一度目を防いだ前司が三度目の本命を防ぐ。


 林はひとまず飛び退く。


「ここまで私の攻撃を防ぐとは、やりますね」


 そういう林は楽しそうだった。





「動くな」


 弟切の生首を足で押さえ、それに向かってハンドガンを構える、ノウン。


「ちっ。まーたそれかよ、てめえ」


 涼が言った。


「その手が何度も通用すると思うなっ!」


 草薙が叫んだ。そして魔力を込めながら突っ込む。


「おや、残念だ。弟切は君のことをとても好いているようだったのだが」

「なあっ!?」


 草薙の足が止まった。


「お、おい!」


 弟切が動揺して叫ぶ。


「ふむ。確か草薙。貴様も弟切のことが好きだったなあ。残念だよ。一つの恋の芽を摘むようなことになってしまって」


 ノウンが言った。


(草薙さんは弟切さんのことが好き? どういうことだ。恋は捨てたはずじゃ)


 涼は草薙を見た。黒いヘルメットに黒いスーツを装備した彼女は、立ち尽くしていた。そのヘルメットの下にある顔は、果たしてどんな表情を浮かべているのだろうと、涼は思った。


「弟切、本当か」


 草薙が言った。


「そんな訳、ないだろ」


 弟切のその言葉は、とても苦しそうだった。


「草薙、君のことを一度も好きになったことなんてない! ノウンに惑わされるな!」


 弟切は叫ぶように言った。


「駄目だ。動けない」


 草薙は膝を折って、両手を地面に付けた。


「草薙ぃ!」


 弟切が叫ぶ。


「君が私の事を好いているかも知れないなんて、動けるわけがないだろう!」


 草薙は叫びながら、思い切り地面を叩いた。


 その様子を見ていた涼は、ハンドガンをぎゅっと握りしめた。


(俺が、やるしかないのか)


 そんなことを思いつつ、ノウンに踏みつけられている弟切を見た。


――君のやろうとしていることは、重い。


弟切の声だった。個人間のチャンネルから声を掛けているのだ。


――でも、間違っちゃいない。あとは、覚悟するだけだ。

(覚悟するだけ……)


 涼はハンドガンの銃口を、弟切に向けた。


「俺がやらなきゃならないことは、いつだって簡単だ。だから後は」


 涼は引き金に力を込める。


「覚悟するだけ!」


 炸裂音が響いた。涼が構えたハンドガンから銃弾が発射される。銃弾はジャイロ回転で空を切りながら、高速で突き進む。やがてそれは弟切の脳天を勢いよく貫いた。


「弟切ぃ!」


 草薙の悲痛な叫び。


「荒木ぃ! 何故だ!」


 草薙は涼の方を向いて叫んだ。


「草薙さん! 今あなたがやるべきことを、思い出してください」

「私が、やるべきこと、だと」

「あんたの代わりに、背負ってやったんだ。あんたがやるべきことを、やりやすくする為に!」


 涼は叫んだ。実に彼らしい、口調で。


「だから今度は、あんたがやるべきことを、やれ!」


 涼の言葉に、草薙の目つきが変わった。ヘルメット越しでも涼はわかった。俯いていた草薙は、ゆっくりとノウンの方を向く。


「ノウン、貴様は絶対に許さん!」


 闘志溢れる声で、草薙は言った。そして、一直線に駆け出す。


「無駄だ。私のデータは1秒おきにバックアップされている。この私を破壊したところで、私を消滅させることはできない」

「黙れ!」


 草薙は魔力を込めた。すると右手に、轟々と炎が燃え出す。


「クリムゾン・スピア!」


 草薙の手に巨大な槍が現れた。その槍は炎で出来ており、草薙は槍投げのようなフォームでそれを投げつけた。


 草薙の放った魔法はやはり強力で、超高熱で燃える槍は、通り過ぎた地面を溶かしながらノウンに向かって突き進む。


 やがてその槍はノウンに直撃して、彼を燃やした。ノウンは直撃前に意識を手放したようで、断末魔もなく、ただアンドロイドの抜け殻が煙をあげながら燃えていた。


 涼はすぐに雅と前司たちを見た。二人は斬られて倒れていた。


「八意さん!」


 涼は叫ぶ。そして林を見た。林は思い切り地面を蹴って、飛んだ。先程と同じ光景。


「枝垂流・樫」


 今度こそ、その技が通ってしまった。林は既に納刀しており、少し遅れて爆音と暴風が吹き荒れた。


 EMPレーザーは縦一閃に斬られていた。枝垂流・樫は、枝垂流の速度を利用してソニックブームを発生させる技だ。その衝撃波は発生させた林との距離に応じて範囲が広くなる。


「くそっ! 壊れちまった」


――レーダーに敵ドローン発見。ステルスドローンです!


 奈々が言った。


「大丈夫だ」


 と草薙。


「まだ奥の手がある」

「奥の手って……」


 涼は上空を見上げた。すると飛行機が通り過ぎたような、そんな轟音が徐々に聞こえてきた。


「あ、あれは」


 涼は、上空の雲に紛れて、何か巨大なものが飛んでいることに気付いた。


「あれがアメリカの兵器。ノア」


 草薙は言った。そしてノアが完全に姿を現す。それは超巨大な飛行船だった。全体が鉄で覆われていて、ガトリング砲等の様々な兵器が至る所に搭載されている。そして、EMPレーザーも。


 敵のドローンがノアに向かって攻撃を開始する。しかし、ノアに搭載されたガトリング砲と、EMPレーザーによって、あっという間に壊滅させてしまう。


「すごい……」


 その光景を見ていた涼がぼそっと言った。


 そしてノアは、ステルスドローンに各兵器の照準を向けた。そして一斉射撃。射撃は、ほんの数秒間経った後に止まった。


――ステルスドローン、壊滅しました!


 嬉しそうな奈々の声が響く。涼はへたりと座り込んでしまった。


「勝ったんですか」


 と涼。


「一旦は、な」


 と草薙は言って、林を見た。斬られて崩壊したEMPレーザーの残骸付近に、彼女は立っていた。


「作戦は失敗、ですか」


 林は酷くどうでも良いように呟く。そして涼たちに目もくれずにどこかへ去ってしまった。

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