夢七夜
文月六日
プロローグ
どうぞ、とカウンター越しに差し出されたコーヒーカップを受け取り、私は少しはにかんで礼を言った。頼んでいたいつものブレンドコーヒーは、ふわりと私の鼻をくすぐって芳しい香りを漂わせている。
用事なんて何もない休日に、普段とは違うこともしてみようか。そう直感だけで目的も決めず歩を進めたはずなのに、結局その足が運んでくれたのはいつもの行きなれた喫茶店だ。
ここに来るなら本のひとつでも持って来れば良かった。手持ち無沙汰に鞄を開くと、思いがけず一冊の書籍がぽつんと中に佇んでいるのを見つける。
タイトルは、『夢』。
白い表紙にただの一文字だけ、そう記されていた。
いつカバンに入れたのだろう。
いや、そもそも、私はこんな本を持っていただろうか。
様々な疑念が沸々と湧いてくるが今日の私はなんだか気分が良い。きっと浮立っていたために何もかもが抜けていて、新しく本を買ったことも、その本を持ち出したことすら忘れてしまっていたのだろう。
そんなあり得ない馬鹿げた言い訳を呟いて、見覚えのない冊子を右手にとる。
『夢』
真っ白い背景に浮かぶ一文字。
じわり、と思考が滲む。早く読み進めなければならない。そんな迫る衝動のままに、私はその表紙を捲った。
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