青春ブタ野郎は夢しかみない?

@simizudayo

第1話

木のぬくもりを感じさせるテーブルとロッキングチェアは心を落ち着つかせてくれる。私は店員さんが持って来てくれたカフェラテに口をつけ、思いつきで話を始める。

「実はね翔陽、信じられないかも知れないけど私、体重を2キロ落としたの」

そう言うと翔陽は私の体を怪訝な表情で見てくる。お互いテーブル越しで座っているので上半身だけだが。

「何かしらリスクのある方法で体重が落ちちゃったの?」

「なんでそう解釈する。純粋な私の努力の賜物……です」

「本当かよ、澤井となんかあってやつれたとかじゃないならいいけど」

澤井という名前を聞いて胸の内にザラザラとした感情が生まれてくる。

折角二人でこんな落ち着いた雰囲気のカフェに来たのに、嫌な存在思いださせおって。

「大丈夫だよ、女子の間で明確な『何か』なんて起こらないから」

「その返答もなんか怖いな……」

わずかな動揺を隠すために、私はまだ熱いコーヒーをティースプーンでかき回す。

モヤモヤとした空気は一旦ここで総決算。私はコホンと咳払いを一つつく。

「まぁ痩せただけじゃなくて、他にも色々不思議なくらい願望が叶うんだよねぇ」

「例えば?」

「棒のアイス買ってもっと食べたいと思ってたら当たりだったし、お腹ペコペコすぎてふらっと入ったラーメン屋さんは大盛りの追加料金が無料だし、スーパーで買おうと思ったスイーツが、安くならないかなぁって思ったらすぐに半額シール貼ってもらったし」

「しょーもない願望だな、あとさっきよく努力の賜物なんて言ったな」

あれ、確かになんの努力もしてないや。現状維持のままでやせてしまった。翔陽は私の最近の運勢事情などどうでもいいみたいで、このお店で一番人気というミルフィーユを目の前に、どのように綺麗に食べるかで頭が一杯みたいだ。

男子高校生のはずだがこいつと言えばスイーツ、カフェに傾倒するばかりか、自分でもお菓子作りをするのが趣味なのだから最早パティシエだ。

私も頼んだお店の1番人気のミルクレープを食べようとフォークに手をかけた時だった。

「未音、大事な話があるんだ」

とミルフィーユに集中していたはずの幼なじみの視線はいつの間にか私に向けられていた。その真剣な表情に私も思わず姿勢を正してしまう。

「今はまだ高校生だから構わないけど、暴飲暴食や不摂生は将来的に生活習慣病のリスクを高めるぞ」

「翔陽がそれを言うのかよ……」

この甘党お馬鹿さんめ。


二人でスイーツと落ち着いたカフェの雰囲気を十分堪能した後、私たちの住むたいして特徴のない団地への帰路に就く。最寄り駅までは電車で三駅、とは言え田舎なのでダイヤの間隔はかなり空いている。なのでホームでかなり待つ羽目になっている。

「そういえば、さっき未音が言ってたこと、匠もちょっと不思議なことが起こるっていう噂をしてたな。『思春期症候群』っていう話」

突然翔陽が口火を切ったかと思えば、そんなことを言い出す。

匠というのは私たちと同じ団地で育った幼なじみだ。同じような環境で同じような時間を過ごしたはずなのになぜかあいつのほうが、すこし頭がいい。なので私たちよりさらに電車に乗って私立高校に通っている。

高校に進学する以前に比べれば会うことは減ったがそれでも帰り際に会えば団地に隣接する公園でくだらない話を時間の許す限りする仲だ。

「まぁどうでもいっか。そんなことより今度は匠も誘って三人で今日行った店に行こうぜ。次はガトーショコラも食べてみたいし」

自分で言い出しておきながら、自分で話を畳みなおかつ次の計画を提案する翔陽。さっき自分で言ってた生活習慣病はどうしたの?糖分が足りなくて頭が回ってないの?まさかまだ食べたいとは……。

「あんたもう高校生でしょ。次は彼女でも作って二人で行きなさいよ」

自分で言っているのに感じるむず痒さを誤魔化すために、思わず母親のような口調になってしまう。

「それはまあ……そうかもな」

この手の話題をする時、翔陽は言葉少なになる。私からこんなこと言い出しておいてなんだが、そんな相手がいないことはわかっている。だから私と行くわけだし。

 なのに意外と女子に人気もある。野球部員みたいなゴツゴツした印象とは裏腹に気が利くとことか、教室内でも自分の言いたいことは言うし、相手の主張も立てられるうえにスイーツ好きみたいなギャップがいいみたいなことを私の友達が話していた(私の友達が)。

翔陽を取り巻く空気、状況、評価。それらを把握しているのだから、こんな質問に対する返答だって予想できていた。なのに予想通りの返答に心から安堵して、すぐに安堵した自分にイライラしている。

 触れたことのないこの感情に私は四苦八苦してるのに、ほんの少し温もりも感じている。


「どうして、うちのクラスは他よりも準備が遅いのか」

「単にまとまりがないだけでしょ」

私の友達の白鳥桜は言い方に明け透けがない。そういう点に好感が持てるから仲良くなれたとも言えるが。

「まぁでも、たこ焼きかお好み焼きかに絞ったんだし大丈夫、大丈夫、間に合う間に合う。」

 自分で言っといてなんだけど、対立する理由が全然わからないな。もうこれほとんどタコ入ってない円かタコ入ってる球じゃん。一緒に売ればいいのに争うなんて、この世に戦争が無くならないわけだ。

「未音はどっちがいいの?」

私が真理に到達しかけると桜がそんなことを聞いてくる。

「私は選ばれたほうを全力で楽しめるけど」

「さすがだねぇ」

むしろなんでこれ争ってるの?

その主な原因は教壇の上で仲睦まじく白熱の議論を繰り広げていた。

「だからぁ蛸さんはいってるほうが絶対ウケるって~」

澤井、お前が私の前でもそんな蜂蜜まみれみたいな粘っこい話しかたしてくれるんだったら可愛いって思ってあげるのに。いや本当に(本当だよ)。ところでいつから蛸に『さん』付けするほどの敬意をはらうようになったの?

「いや、素人がたこ焼きに手を出すのは危険だろ。ここはお好み焼きにするべきだって」

「なにそれ~、超ウケる~」

翔陽、お前はお好み焼き屋に謝れ。あとウケないから。

 構造としては本気でお好み焼き屋をしたい翔陽とたこ焼き屋をしたい澤井の対立だ。どうせ澤井自身、別にたこ焼き屋をどうしてもしたいのではなく、翔陽と白熱したいだけだ。ある程度白熱して満足すれば。翔陽の意見にあわせるだろう。だからうちのクラスがなにやるか問題はそのうち収束するはずだ。アホくさ。もっとまともな話題で白熱すればいいのに、世界平和とか。

 個人的な意見を述べるなら、正直粉もんよりもカレー屋がやりたかったなぁ。うちの団地の近くに本格的なスパイス扱ってるお店あったはずだし。自ずと私と翔陽の二人で買いだしに行けばいい。

「はーい、時間切れー。めんどくさいので、勝手にカレーに決定しまーす」

しょーもない議論に終止符をうったのは、担任の男性教師、関口先生。

「本格カレー……。それもありだな。俺の住んでる団地の近くにスパイスとかばっかり置いてある店あるからそこで色々見てみるか。おーい、未音帰りにあの店行ってみようぜ」

さっきまでのお好み焼きへの熱意はどうした。オセロばりの逆転をみせたかと思えば、早速準備のために積極的な提案をする翔陽。他のクラスメイト諸君も、粉もん同士の抗争なんてなかったみたいな空気が漂っている。

むしろ私と翔陽を見比べては、近所のおばちゃんのごとく、あんた達相変わらず仲いいのねぇとでも言いたげな生暖かい視線を送ってくる(澤井は除く)。

というかこれは、偶然だよね……。カレーなんてありきたりだし、スパイスのお店があることは翔陽だって知ってる。私の願いが、結果として叶った。『思春期症候群』はただの噂。それでいいよね。


暦の上では秋のはずなのに、温暖化のせいで秋もまだまだ暑いだなんて誰が言ったのだろうか。秋に気温が秋らしく振舞おうが、夏の雰囲気を纏っていようが、ニュース番組を見ていると、それを論理的に説明しようとする暇な人がいるんだから、日本が心配になってしまう。要するにまだ制服が夏仕様のままで肌寒い。

過ぎ去った季節が確かに夏だったことを思わせてくれるのは、街路樹にちらほら残っているセミの抜け殻ぐらいのものだ。

「しかしなんでこんなところでスパイスしか売ってない店の経営が成り立つんだ?」

「この町の町長がこの辺の地主でもあるみたいだから、このお店って趣味みたいなもんじゃないかなぁ」

翔陽の素朴な疑問に答える。私たちの育った団地のある住宅街には小っちゃいクリーニング屋と小っちゃいスーパーとコンビニ、そして目的のお店であるスパイスのお店しかない。視点を変えればこれらのお店以外特に必要ないとも言えるけど。

このお店初めて入るな、入る人も見たことないし。あれ、ということはこのお店も別に必要ないな……。そんなことは置いといて、同じく初めてであろう翔陽が割とあっさりと、少し色あせた扉を開ける。

お店の外観はおばあちゃん家の納屋みたいな感じだったが、入ってみてもそんな印象は拭えない。

だけど扉を開けて真正面、所せましとスパイスが並べられた棚の向こうにあるお会計の場所で新聞を読んでいる店主はとてもお店にマッチしていると思った。

「あれ、いつからここから流行りのデートスポットになったの」

 新聞を読んでいた店主がこちらに目を向けてそんなことを言ってくる。流行ってない。発想が一歩先すぎる。

「文化祭でカレーを作ることになったので、スパイスってどういうものがあるのかを、参考までに」

「なるほどねぇ」

私を置いて二人が会話を進めているので、私はスパイスをウインドウショッピングする。

酸味の強いスパイスとかないのかな。あ、このスパイス、酸っぱいっす、って言いたい。

よくみたらハーブも売ってるんだなぁ。こんな家の近くにあるのに知らないもんだ。そりゃあスパイスだけじゃ経営厳しいのか。フーン……。

「よしっ未音、そろそろ帰るか」

「え、早ッ」

「お前がぼぉっとしてる間にカレーのレシピとか予算を踏まえた上で話してたんだよ」

流石、仕事のできる男は助かるったらありゃしない。

ただ急に耳元で声を出さないで欲しい。ドキドキするったらありゃしない。


「なんで家の逆方向に向かうの?」

「福引きの券を町長がくれたから、やりに行こうぜ」

「さっきなんか買ってたっけ?」

「どうせ券余るだろうから、ちょっとあげるって」

おい、町長、お前にこの町の長たる資格はあるのか。

「一等はなんとカップ焼きそば一年分だぞ。へへ…二人で半年分だな」

「なんでちょっと照れるし。そういう発言する人って絶対外すと思うけど。」

「まぁまぁ、未音も引いていいからさ」


団地に隣接する公園にて露骨に項垂れる男が一人。

「外れちまったな……。」

 だと思ったけど、行間で済まされちゃうとはね……。

「いやでも、ただ券で水族館ペアチケットって十分でしょ」

まあ、引き当てたのは私なんだけど……。

「で、いつ行く?」

「え、俺と行くの?」

「え、逆に誰と行くの?」

予想外のリアクションだったので、少しドギマギしてしまう。

まぁ、たしかに、どうしても一緒にいく必要があるわけではないですよね。桜とか他の友達っていう選択肢だってあるんだし。

「そこの水族館ってたしか電車で一時間半くらいかかるし、土日の朝から行かないとな。」

一緒に行く前提だったことに驚いてたのに、行くとなったら仕切りだすとは。ずっと一緒にいてもわからないことばっかりですな。

「土日に水族館に行ったら、カップルばっかりかもね」

「俺達だってはたからみればそんな風にしか見えないだろ」

「別にいいけど……」

 別にいいはずなのに……。反射的に、小声でそんなことしか言えないなんて。そんなものだったのか私の反射!こんなもんじゃないだろ、私の反射!

突如訪れた沈黙。ちらっと覗った翔陽の表情は苦虫を噛み潰してニヤニヤするのを我慢してるみたいな顔をしていた。キモい。

きっと私も似たような表情をしてるに違いない。可愛い(多分)。

言いたいことと言わないといけないことは、重なり合って一切の摩擦も起こさない。

運がいいだなんて言ってたけど、願いは、叶うもんじゃなくて、叶えるものだよね。

「あのさ翔陽…」

「あのさ未音…」

私と翔陽の声が重なる。私たちの目と目が正面衝突する。暮れなずむ公園は突如として色彩を変え、輝きだす。

そのせいだろうか、翔陽が初めて見る表情をしていたのは。

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