第二話 ルールは守るべきもの
まだ昼には早いオールドバニーの町並みは、夜中のそれとは打って変わって沢山の人々が行き交い、活気づいていた。
「おやおや、キャンディアちゃんじゃないか!」
そぞろ歩く四人を見つけ、中年男が声をかける。
「これはこれは。珍しいな、元気だったかね? そっちの連中は……お客さんかい?」
「はい、キャデル……さん。そんな感じです」
キャデルと呼ばれた中年男はどうやら開店準備をしていたらしい手を止めて、前掛けで手を拭う素振りをしてから
「私はキャデルと言います。これはウチの工房でして――しがない
見上げると、この世界では珍しく金属製の看板が掲げられており、そこにも『キャデルの鍛冶工房』と書かれていた。
「鍛冶職人だなんて、凄いですね! 僕、レイと言います。こちらはメイドのメイベル、そして、そちらは新聞記者をやっているブリルです。ねえ、キャデルさん、ここではどんな物を作られているんでしょうか? やはり、剣銃などもお作りになったりするんですか?」
「は、はあ、どうも。……メ、メイドさんに新聞記者さんですか……」
キャデルは目の前の少年が一体何者なのかを計りかねているようである。少し戸惑った様子だったが、ひとまずは今の質問に答えることにした。
「いやいやいや。私程度の腕前では、剣銃と言っても護身用程度の代物くらいしか作れません。ほら、キャンディア。お前にも、どうしても必要だからと言われて、一つ作ってあげたことがあるだろう?」
「えっ……!」
「あ、そうだったんですね。……キャンディア?」
「あ、あの……。いえ、何でも……ないです」
様子がおかしい。
確かに剣銃は、剣銃遣いのための物であり、そうではない者が持つケースはそこまで多くはない。
しかし、特にこのアメルカニア大陸の発見後、未開の土地を旅する冒険者たちが自分の身を守るために所持するケースが増えてきたと聞く。平定された皇国領内とは違って、アメルカニアにはまだまだ魔物と出くわすことが多いのだそうだ。そうでなくとも凶暴な野生動物の類も数多く生息しているので、備えは必要、ということだ。
唯一、剣銃遣いでないと出来ないことは《決刀》――つまり、人を人が裁くこと、である。
だが、一体何故、町を出歩くことすら珍しがられるキャンディアに、剣銃が必要だったのだろう。
「あんたたち、これから何処に行くんだね?」
「何処という訳ではないんですが」
レイは苦笑しつつ、答えた。
「せっかく訪れたオールドバニーの町ですから、ちょっと見て回ろうと、キャンディアに案内してもらっていただけなんですよ」
「そうかそうか」
うんうん、と頷き、キャデルは納得したようだ。
「これといって自慢になるような物はないんだが、ゆっくりしていくといい。ただね――」
キャデルは不意に言葉を切り、周囲を
「――どうも、朝から彼の館の方が騒がしい。また何かあったのじゃないかと思うんだ。気を付けて行きなさい」
「は、はい」
「?」
キャンディアにはそれだけで伝わったようだ。
しかし、レイたちにはさっぱりだ。
まだ店の準備が残っていそうなキャデルに別れを告げ、再び歩き出したレイたちだったが、堪え切れずにブリルが胸の中の疑問を口に出す。
「……ね? キャンディアちゃん、あのおじさんが最後に言っていた《彼》って誰のことなの?」
「えっと、それは……」
言おうかどうしようかと目を泳がせ、ふと見つけた張り紙を指さし、キャンディアは告げた。
「今のこの町を統べる者――ロイ・マニングマンのことです。私は……その……あまりあの人とはお会いしたくなくって……」
堅い口調でのろのろと答えたキャンディアの指の先にあった張り紙にはこう書かれていた。
――ルールは守るべきもの。
破る者には制裁を。
この町をより良くするため、ルールを守ろう。
ロイ・マニングマン
「うわ……何だか気難しそうな顔してるわね……」
ブリルの言う通り、そこにはロイ・マニングマン本人の顔も刷り込まれていた。面長で、やや小さめな目の、落ち
「近所の頑固親父、って感じね。何だかいけ好かない奴。ね、町を統べる者、って言ってたけど……」
「この町に、魔法執行官はいません」
「………………え?」
「今のこの町に、魔法執行官はいないんです」
もう一度、キャンディアは同じ科白を繰り返した。
そんな馬鹿な――。
皇国領内だろうが、アメルカニアだろうが、町の法を取り仕切るのは魔法執行官の役目であり、例外はない筈だ。
ふむ、と考え込むようにレイが尋ねる。
「僕には、かつてはいた、と聞こえたんですが……違いますか?」
「……いました。そ……それは――」
キャンディアが意を決して顔を上げたその時、ちょうど通りがかった一軒の家から飛び出してきた影に危うくぶつかりそうになる。
「き、きゃっ!」
「す、済まない! ど、どいてくれ!」
口では詫びながらも、強引に少女の身体を押し退けるようにしてその場を後にしようとする若い男の態度にブリルが、ぷつん、とキレた。急いで駆け寄り、キャンディアの小さな身体を抱き寄せながら早速ブリルが噛み付いた。
「ちょっとおおお! あんたねぇ!」
「で、でも、急がないと……!」
しかしそれでも、若い男の視界にはブリルは映っていないようである。
顔は
「ああ、畜生! 俺のせいだ! 引き受けてくれなくったって良かったのに……!!」
「え……? ま、待ちなさいってば!」
「だったら、あんたがついてくればいいだろう!」
「いやはやまったく――無茶苦茶ですね……」
若い男がとんでもない捨て科白を残して走り去ってしまうと、メイベルがさすがに呆れ声を出した。すっかり開け放たれた扉の奥では、騒々しいやり取りで怯えてしまったらしい赤ん坊が弱々しい泣き声を上げていた。まだ小さい。生まれたばかりかもしれないくらいだ。
「追うわよ、レイ君!」
「えええええ! 行くんですか!?」
「だって、ルールは守るべきもの、破る者には制裁を――でしょ? 目にもの見せてやるんだから!」
答えを聞く前に、ブリルが駆けて行く。
しばし顔を見合わせていた三人は、渋々後を追うことにする。
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