第八話 イチャコラは禁止事項でございます
(痛いじゃない! おっぱいにも当たったし!)
(うぇっ! あ、当たってないですってば!!)
(当たるほどないでしょ、だとぉおおおおおぅ!)
(あわわわわわ! 言ってません言ってません!)
(ホーンートーにー? どんな感じだったー!?)
ぐぎん!
見かねたメイベルが二人の頭を上から掴み、右手の中のブリルの頭だけを
「の……のおおおおお……」
ブリルは首を押さえ込んで悶絶する。そこに冷ややかな視線をたっぷりと注ぎ込んでから、メイベルは静かに言い放った。
「……イチャコラは禁止、そのように申し上げた筈です、漏らショタ嬢」
「呼びやすく縮めてんじゃねえ!? 第一それ、今初めて聞いたんだけど!?」
がるる、と唸り、不当な呼び名に抗議するブリル。一方、目の前のキャンディアは訳が分からず小首を傾げて今耳にしたばかりの単語を繰り返した。
「もら……しょた……?」
「あ、あははははー……」
誤魔化せ!
切り抜けろ、ブリル!
「良いのよー。キャンディアちゃんは変な言葉、覚えちゃ駄目よー。聞くのも駄目だからねー?」
そして、キャンディアに向けて振り
(おぉう、糞メイド!? 後で裏来いや!)
(断固お断りします。……私はこの後、レイ様に添い寝するという大事なお仕事がございますので)
(し……! してないよ、そんなこと!)
(レイ様に気付かれないように、毎晩そっと)
(うぉうぃっ!!)
こそこそと不毛な戦いが繰り広げられていることを知りもしないキャンディアは、困った顔付きでしばし傍観していたが、
「あの……お風呂、入りますよね? こんな狭い家ですけれど、お風呂だけはそこそこ広いんですよ! 今、準備してきますので、待っててくださいね!」
とてとて。
そう言い残して奥の方へと走っていった。
その姿が見えなくなったのを横目で確認したレイは、急に居住まいを正して二人に告げた。
「――どう思います? 二人とも」
「な、何がよ?」
ブリルはレイの変わりように慌てながら答えた。
「キャンディアちゃんは、レイ君の思った通りの良い子だったわ。それは認めるわよ?」
「ではなくて」
「……この町のルール、ということでしょうか?」
ブリルの回答に少し呆れた顔付きをしたメイベルが代わりに口を開いた。
「さすがに行き過ぎだと思わざるを得ません。そしてそれは、この町で暮らす誰もが望んだ物ではないということが言葉の端々からも
「言いたいことは分かるよ、メイベル」
意味深な含みを持たせてレイが同意する。だが、ブリルだけはさっぱりだ。ん?ん?と二人を交互に見つめてみるも、どちらもあえて口に出そうとはしなかったので、ぶっすー、とむくれた。
「……何よ。やな感じ!」
「あ……えっと。いつか、きちんとお話しします」
「とか言って――!」
ブリルは、それ以上、言葉を継げなかった。
じっと見つめ返してくる少年の顔に浮かんだ表情に、これまでの旅で一度も見せたことのなかった
(レイ君って――何者なの……?)
思い返してみても腑に落ちない点は多い。
いまだに真相を明かしてくれてはいないが、あの時、イスタニアで《決刀》を申し込んできたエッジズの右肩を撃ち抜いたのは、黒衣の剣銃遣い・ノーマン――いや、そうだと思わせるために変装していたメイドのメイベルですらなく、確かにレイだった。
だが、何を使ったのかは《視ていた》筈のブリルでさえ分かっていない。
確かにこの目で《視た》。
しかしそれでも、それが一体何なのかが分からなかったのだ。こんなことは初めてだ。
剣銃――にしてはあまりに短かった。
そして、剣銃にしては破格の命中精度だった。
相対していたメイベルからエッジズまでの距離でさえ、身体の何処かしらに当たれば十分幸運だと言えただろう。だがしかし、少年・レイはエッジズがこれ以上《決刀》を続けられなくなるよう剣を振るう右手の付け根、肩の一点を狙い、そこをあやまたず撃ち抜いてみせたのだ。事実、ブリルはレイ自身の口からそう聞いている。
――ああでもしないと終わりませんでしたから。
どちらも死なずに《決刀》を終わらせるには、ああするしかなかったんです、とレイは語ったのだ。
まだある。
右肩を撃ち抜かれたエッジズが倒れ伏した直後、ノーマン――メイベルとレイは即座に駆け寄り無事を確認すると、怪我をしていない身体の隅々までをまさぐり、何かを探していたようだった。
どちらも面識はないと言っていたのに――ブリルは不思議に思ったものだ。彼らの会話の中にも、何か大事な物を盗ったり盗られたりというニュアンスを感じさせるものはなかった筈だ。しかし、二人には何かを予感させるものがあったからこそ、エッジズの派手な色のシャツの下や、ズボン、さらには
結局、目当ての物を見つけることが出来なかった二人は、一気に騒がしくなった通りから大急ぎで逃げるように去っていく。しかし、どちらにも残念そうな素振りはなく、むしろ見つからなくてほっとしているようにブリルには思えた。それもまた、何処か違和感を覚えずにはいられない点だった。
その後は、ブリルも知る通りである。
(そう言えば……レイ君って、昔の、小さい頃の話ってしてくれたこと、ないんだよね……)
女二人――やがてそれは三人になったが――の姉妹の元・長女、現・次女として育ってきたブリルは、父親の役割と立場上、始終親戚縁者の類が訪れる環境で過ごしてきたので、おかげで年下の子供たちの面倒を見る機会は比較的多かった。
元来面倒見が良く、ついでに言えば小さい子がこの上なく大好き!というちょっと困った嗜好を持つブリルは、彼らが《優しいお姉ちゃん》の気を惹こうと嬉々としていろいろなお話しをしたがることを良く知っている。
それは、この前お母様がねー、だったり、お友達が意地悪でー、だったりして、どれも実に他愛もない内容ばかりなのだが、ブリルはそれこそ一日中だって聞いていられた。可愛いは正義!なのだ。
しかし――レイの口から、自分の過去についての話は今まで一度たりとも出たことがなかった。
一〇歳くらい――の筈だ。
少なくとも見た目はそうだ。
いくら人見知りでも、少しくらいはそういった会話が出てきてもおかしくはない。まだ警戒されているのだろうか――いいや、そんなことはない。小さい子ほど、自己肯定の欲求は高い傾向にあるものであり、未知の物、未知の存在に対する好奇心も強いものだ。
(まるで……過去がないみたい……)
ふと、そんな考えが浮かび上がり、ブリルはそろそろ判断力を失いつつある自分の半ボケの頭を、ぽり、と掻いた。何を馬鹿な――今日、いろんなことがあったんだもの、疲れてるのよ、あたしってば。
「お、お待たせしました!」
「お風呂、もう入れます。でも……さすがに四人一度には無理なので、まずはレイさんからどうぞ!」
「では、私も」
早くもボタンに手をかけて、この場で全裸にでもなりかねない前のめりのメイベルを制するように、レイは大慌てで手を振った。
「いっ!? 良い良いよ! 一人で入るからっ!」
「それでは綺麗になりませんよ? ――私の心が」
「最後何つった!? いいから、ここ、座れ!」
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