第五話 オールドバニーへようこそ

 アメルカニアにある町は、そのほとんどが高い城壁を築いて外敵から人々を守るよう設計されている。それは、この二番目の町、オールドバニーも例外ではなかった。


 夜になるぎりぎり前に辿り着いた一行の前に高く聳える丸太作りの城壁の中央には大きな城門があり、そして、固く閉ざされていた。


「ここは、イスタニアより大きな町みたいね?」

「ですねぇ」


 本来であれば、皇国領に最も近い港町であるイスタニアの方がより栄えていてもおかしくはない。交易の拠点でもあるし、何より人の往来が激しいからである。

 しかし、城門のすぐそばまで近づこうとも、誰一人として姿を見せる様子はなかった。メイベルは用心するように手綱を緩め、竜の足並みを遅くする。


「あのー! 済みませーん!」


 出し抜けにレイが声を張り上げた。


「僕たち、旅の者ですー! ここで一夜を過ごそうと思ったのですがー! どなたかいらっしゃいませんかー!?」

「ち――ちょっと、レイ君……!」


 慌ててブリルがレイの袖を引いて止めようとしたがもう手遅れだろう。

 夜になったら城門を閉じるのは当然だし、門の両脇には煌々と松明が焚かれ、ちろちろと木壁を照らしている。それでも、ブリルでさえ何か不穏な空気を感じ取らずにはいられなかった。何か――変だ。




 ――ぎぎい。


 が、それは杞憂だったようだ。




「おやおや。これは済まなかったね、坊ちゃんにお嬢さん方――」


 でっぷりと太ったいかにも門番らしい装束の男がわずかに開いた城門の間から顔を突き出し、心底済まなそうな愛想笑いを浮かべている。


「生憎、今晩の見張り役が急に都合を悪くしてしまってね。急遽、私がその役を仰せつかった、という訳さ。それも今さっき聞いたばかりという有様で」


 言いながら、さらに大きく城門を開け広げていく。

 そこから垣間見える町の中はもう暗い。まだ夜はこれからだというのに、かなり気の早い事である。促されるままに竜を進めようとすると、


「ああ、駄目々々。この町の中に竜は入れられないよ。城壁の外にでも繋いでもらえないかね?」


 慌てた様子で手を振り、制されてしまった。

 怪訝そうな顔付きでメイベルは手を止めて問うた。


「夜のうちに怪物どもが竜を襲いでもしたら、私たちはこの先の足を失ってしまうのですが――?」

「それでもだ。許可できないんだよ。それがこの町のルールだからね」

「しかし――」


 どうしても納得のいかないメイベルの科白を遮って、門番の男は意味ありげに目を細めて言った。


「このオールドバニーでは、ルールは絶対なのさ。覚えておくと良いだろう」


 メイベルは口元を引き締め、門番の顔を見つめる。が、やがて溜息を吐き、レイたちを振り返って肩を竦めてみせた――だ、そうですよ、と言いたげだ。


「どうするの、レイ君……?」

「ルールには従いましょう」

「それが良い。良い子だ。それに賢い」


 レイたちは言われるがまま竜から降り、詰んであった荷物を手分けして降ろすと、巧みな手綱捌きでメイベルが近場に用意されていた留め木まで竜を連れていった。不安そうに、ぶふるるる、と鼻息を鳴らす竜の頭を優しく一撫ですると、少しは落ち着いたようにその場で身体を丸くして休み始めた。


「うーん。大丈夫なのかな……?」


 ブリルは尋ねたが、メイベルにも答えられない。


 無駄に時間を費やしても仕方ないので、一行は降ろした荷物を背負い、じっと、無言で見守っていた門番の方へと歩み寄った。


「よし、これであんたたちは晴れてオールドバニーの客人だ。……と言っても、私がしてやれるのは見送るくらいだが。あとは――」


 そこで門番の男は、周囲を気にする素振りを見せてから、辛うじて聴こえる程度に声を潜めて言った。


「いいかね? さっき私が言ったことを忘れては駄目だぞ? ……このオールドバニーではルールは絶対だ。どんな法律よりも、親兄弟、友人よりもだ」

「それ、一体何の――?」


 ふと胸に兆した嫌な予感にブリルは問い返したが、門番の男はあっさりと距離を置いてしまうと、にこやかな笑顔を張り付かせて城門の奥へと一行を促す。


「さあさあ! オールドバニーへようこそだ!」


 だが、威勢良く声を張り上げた門番の男はもう二度とレイたちと視線を交わそうとはしなかった。


「……」

「……」

「……」


 三人に辛うじてできたのは、顔を見合わせることくらいだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る