第7章

 近づく十一月の文化祭に向けて、私たちのクラスでも何か出し物を考えなければならなかった。

 金銭のやり取りが発生する模擬店や、大がかりな仕掛けが必要となるお化け屋敷などといったものは、まだ中学生だからということで、学校側から禁止されていた。そのようにそもそもの選択肢が乏しい上に、すでにここまで述べてきたように、そういった類の行事に対する意欲が著しく欠けているこのクラスでは、何度話し合いをしたところで、誰からもめぼしい提案が出てくることはなかった。

 そこで、他のクラスでは教科内容に関連した研究展示をするのが多い、などと担任が言うので、一応その線に乗っかって私たちも検討をしたところ、結局は、「私たちの市で行われている水道事業について」などという、無難ではあるがそれゆえに一体誰が興味を持つものかはなはだ疑問なテーマでクラス展示をやることになったわけだった。

 クラスみんなで協力して展示物の製作を進めていきなさいね、と担任からの指示があったが、実際には、正副の学級委員長と、私ともう一人の書記委員、そしてほとんど押しつけられるように実行委員にさせられたYの五人の他に、その作業に加わる者はほぼいなかった。

 担任は時折ホームルームなどで、大変なんだから、みんなも手伝ってあげなさいよ、などと他の生徒たちに促しはしたのだが、そんな程度のことで状況が変化することは全くなかった。

 それにしても、手伝ってあげなさい、とは、一体どういうことなのだろうか?まるで、最初からそれは私たち五人がやるべき作業であるかのような言いぶりに、私は首を傾げずにいられなかった。大体が担任自身、私たちに手を貸してくれたことなど、一度もなかったくせに。大変なんだから、だって?ふざけんなよ。自主性だのともっともらしく言っているが、要するにただの放ったらかし、関わることが面倒臭いだけなんじゃないのか。私たち五人ともに同じような不満を心に燻らせていたものだったが、それをあえて口に出すとまさにその心が折れてしまいそうだったので、それぞれ何でもないような顔をし続けることに腐心しているのが、互いにそれぞれありありとわかる状態だった。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 私たち五人は、放課後や土曜日の午後、さらに終盤になると日曜丸一日を費やして、展示物の製作作業に励んだ。主に正副委員長とYが図書室などで書物から調べものをし、私ともう一人の書記が、大判の紙にその内容を書き写した。

 書記の女子は、体、大丈夫?と、私のことをたびたび気にかけてくれた。私は、最近はそんなに悪くない、と答えた。

 私はこのところ、なるべく学校を休んだり保健室に行ったりしないよう、最大限努力していた。体育の授業も以前のように普通に出るようにしていた。もとより体調には何の問題もないし、秋になってもはや種々の懸念材料もなくなったので、そうすることは造作もなかった。何であれとにかく、できるだけみんなと同じにしていよう、と私は心がけていた。

 それでも書記の女子は、作業のかなりの分量を、進んで引き受けてくれた。あまり字が上手くなく、無地の紙だとだんだん曲がって書いてしまう癖のある私がやりやすいように、鉛筆で薄くガイドの線を引いてくれもした。そんな彼女の心遣いが私はうれしく、ちょっと照れくさかった。


 ある日曜日、私たちは近所を流れる川の取水場へ、掲示用の写真を撮りに出かけた。

 カメラが趣味だった父の機材を借りて、私が撮影役を務めることになった。これ撮って、あっちも撮って、と、矢継ぎ早に指示してよこす学級委員長に辟易しながら、ちょっとした遠足気分に何だか楽しそうな書記女子の様子を見て、私の気持ちも少し軽くなった。

 川べりの土手が、一面のコスモス畑になっていた。私は、そのコスモスを背景に、彼女の横顔を内緒で一枚カメラに収めた。この現像は、自分の小遣いでこっそりやってこよう、と私はそのとき密かに心に決めた。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 しかし、そんな私たち五人の努力の甲斐なく、このクラスによる展示は、学校内のコンテストで学年最低点になってしまった。文化祭開催中、私たちの教室を訪れる客もほとんどいなかった。

 そのときだけは担任の命令でクラス全員参加となった、文化祭前日の展示物飾り付けを終え、それを一通り見回した私たちは、そのみすぼらしさに落胆せざるをえなかった。参考資料に書かれたことをそのまま書き写したような調査内容にはまるで独自性がなく、発泡スチロールで作った取水場の模型はあまりに貧相だった。それを見て笑うクラスメイトさえいた。私たち五人はそれに対して返す言葉もなくただ肩を落とした。でも、がんばったから、と、書記の女子は誰にともなく言った。しかしそれに応える者は誰もいなかった。


 コンテストの審査結果が伝えられた朝のホームルームで、担任が立腹しているのは手に取るようにわかった。体育祭のときと全く同じパターンだ。私はげんなりした気分でいた。

 五人だけの責任ではない、と彼女は言った。相変わらず、彼女のロジックは理解しがたく、とても素直に受け入れられるものではなかった。要するに彼女は、私たち五人の努力さえ何の評価もしていない、ということなのだ。私は強く怒りを感じたが、黙ってうつむいているしかなかった。

 どうしてこうなったのか、クラス一人一人意見を言わされた。もっと協力すればよかった、とか、準備が足りなかった、とか、ありきたりで形ばかりの反省の弁を、生徒たちは口々に発言した。

 私に順番が回ってきて、意見を求められた。私はモヤモヤした感情があふれて、何とも言いようがない気持ちだったが、とりあえず、もっといろいろ調べればよかったと思います、などとこれもまたありきたりなことを言ってしまった。すると担任は急に語気強く、そういうことじゃないのよ!と言った。一体なぜ、私の発言に対して、そのときに限って、彼女がそういう反応を示したのか、私には全くわけがわからなかった。そしてどういうわけか、それきり生徒たちによる懺悔の式自体も打ち止めとなってしまった。

 ねえ、どうして普通のクラスのようにできないの?と、担任は呆れたような口調で私たちに向かって言った。すると、一人の生徒が立ち上がって、こいつのせいで、俺達は最初から普通のクラスなんかじゃない、と怒鳴るように言い放った。そんな思いもよらぬ生徒からの反応に、担任はなぜか、虚を突かれたようにそれきり黙り込んでしまった。

 しかし彼の言うことにも一理ある、と私は思った。みんな一緒に、とか、クラス一つになって、とか担任が言うたびに、私たちはいつでも、何か心に引っかかりのようなものをおぼえていた。きっと私たちは、みんな一緒に一つになるには、常に何かを欠いているのだ、彼の言う通りに私たちには、その最初から『私たち』であるための何かが欠けていたのだ。それはしかし、別にあの空席の『せい』というわけではないだろう。そのような『意思』を、あの空席が持っているわけではない。空席はただ空席であるのにすぎない。だがその物言わぬ空席が、まさに物言わぬがゆえに、そのような私たちの抱える欠落を、いつも私たちに事あるごとに思い起こさせ、その事実を、けっして私たちに忘れさせようとしなかった、忘れさせてはくれなかった、というのも確かだろう。そのように、一つの空白が、『不在』という、私たちと共に時間を過ごすことのない存在が、いわば時間を持たない存在が、むしろ常に私たちの時間を支配し、私たちを現実として一つにさせなかった、というわけだ。

 『みんな』だなんて、そんな白々しい嘘をつくなよ、お前ら。

 あの空席は、絶えず私たちの無意識に、そう呼びかけていたのかもしれない。

 もしかすると、私のときもそうだったのだろうか?『みんな』は、そう思っていたのだろうか?私はふと、そのように過去の自分自身を振り返った。


 このこと以降、私たちのクラスはますますバラバラになっていった。何か特別に問題を引き起こした、とかいうわけではない。授業中に勝手に歩き回るとか、わけもなく暴れだすとか、そういうことをやるわけでもない。ただ、明らかにこのクラスの生徒たちは、もうこのクラス自体に信頼を置かなくなっていた。もう誰も、担任の言葉を聞かなくなっていた。反発さえなかった。ただ通りすぎるだけだった。彼女もこの教室の中でもはや、いながらにして不在の者とみなされていた。

 一方担任は担任で、それ以降私たち自分の受け持ちの生徒に対して、いやによそよそしく、事務的な対応をとるようになっていた。彼女はいよいよ本気で、私たちという現実の生徒を飛び越えて、その向こうの『もう一つの教室』というファンタジーに逃げ込んだのだというように、私には思えた。彼女にとって、私たちもまた『不在』である、というわけだ。


(つづく)

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