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六十階建てビル。大手会社を連想させるくらいの高さだ。鏡のような窓ガラスが、ゆっくりと沈みゆく夕陽を綺麗に映している。
そのビルの五十九階に高階はいた。
六十階はコンピュータのメインサーバーなどが置かれているだけで、基本メンテナンス以外入ることはない。
椅子に座り、大きなデスクに頬杖を突いて、いかにも不機嫌そうな顔をしている。
左の壁に掛けてある時計を見ると、もうすぐ六時を回りそうだった。
ドアが二回ノックされる。
「誰?」
「早野です」
高階が入りなさいと言い、前髪を全てオールバックにした髪型で、銀色に光るメンズの大きな腕時計を左手首にはめ、黒いスーツを着こなした四十代くらいの男、早野武が入る。
「頼まれたもの持ってきました」
「わかった。頂戴」
早野は茶色の封筒を渡し、それではと一礼をしその場を去った。
高階は中身を確認する。数枚の資料を丁寧に確認していく。一流の情報処理会社にしてはやけに資料が少ないが、それは当たり前かと高階は思った。
一般人の情報を手に入れるには、プライバシー権を侵害することになる。それを情報処理会社は平気で侵害し、データ化する。しかし、最低限のプライバシーは守らなければならない。
他人の部屋に監視カメラや盗聴器をつける。そんなことは許されるはずがない。しかし、外部に漏れている情報。例えば近所の人の話や、仕事場の同僚。それはプライバシーに属さない。何故なら秘密にされていないから。本人は了承していないかもしれないが、それが世に出ている時点で秘密とは言えない。つまり、自由に調べる権利がある。少なくとも高階はそう思っている。
悪用するわけではない。好き放題にマスコミやらなんやらに垂れ込むなんてことはしない。ただ、調べているだけなのだ。
情報処理会社の社長である高階は、個人情報の書類を見る度に、罪悪感からか、そう言い訳を心の中で呟く。
しかし、調べるにもやはりただの一般人は、テレビに出たり、何かの賞でも取っていなければ、情報はほとんど流れない。ブログをやっている人もいるかもしれないが、それでも一部の情報しか流れない。調べられることなどたかが知れている。
これだけ調べられたら良い方だ。情報が一枚の書類だけで内容も無いという結果もざらにある。
ひとまず依頼者に連絡を入れることにした。多機能電話機の受話器を握ると、手帳のメモを横目にボタンを叩く。二コールで相手が出た。
「泉君。頼まれたもの調べたわよ」
『わかりました。何時取りに行けば?』
「何時でも気が向いたら。私は十時まではここにいるから、今日取りに来たかったらその時間までね」
『わかりました。ありがとうございます』
そう言って電話は切れた。高階はふぅっと息を吐く。
外の夕日は沈みかけ、辺りは黒で塗り潰され始めていた。
外では、鏡のような窓が、全面に設置されたビルを下から眺める男がいた。銀縁眼鏡で、白いタキシードを着た、横髪を少しだけカールさせた男だ。
普段着としては、あまりにも奇抜な格好にもかかわらず、道行く人々は、誰も気に留めるものはいなかった。
彼の周りから、弱くも眩く感じる青白い光が幾つも現れる。それらもやはり、通行人は気にすることはなかった。
街灯の光に当たる彼の姿が、少し透けて見えることさえも、わからなかった。
やがて彼は消えた。黄昏時が終わる、その瞬間に。
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