第十三話 MPG模擬戦(8)

 銃口が大きくブレ続けている状況下での射撃は、幾らイーロンとは言えその精度が大幅に低下してしまうのは道理だが、それでも何発かを直撃コースに乗せられたのは、大袈裟ではなく神技と言って差し支えなかった。


 着地の瞬間、ペダルとスロットルの操作に集中する必要があった祥吾は、自らを狙って飛来している弾に注意を向ける余裕が無かった。

 まして斜面に着地するのは、フラットな場所への着地より、難易度は数倍にもなる。また、こういった機動にも耐えられる様、脚部衝撃吸収のセットアップを事前に変更したのだが、祥吾が普段訓練に使用している機体と異なり、それを支えるハードウェア自体の強度が上がっている訳ではない。よって、少しでも操作のタイミングが遅れれば、脚部駆動系が着地の衝撃で破損し、リタイアという最悪の結果に繋がってしまうかも知れなかった。

 事実、バンカーブレイカーを使ってのジャンプ時の負荷によって、脚部イミテーションマッスルの伸縮値が安定しなくなっていた。


 それでも転倒せずにMPGを着地させた祥吾の技量は、やはり尋常ではないレベルだったのだが、乗り込む機体の状態に合わせた機動を行うという意味では、問題のある操縦だったと言わざる得なかった。

 それはバイザーディスプレイに点滅している、脚部駆動系の異常値検出警告が証明していた。


 祥吾が模擬戦前の母親の忠告を思い出し、小さく舌打ちしたその時、モニターから警戒警報が鳴った。


「狙撃を確認。予測被弾計測値……」


「わかってるっ!!」


 AIが久々の出番を得たとばかりに、早口で報告を入れたが、祥吾の苛立った応答がそれをかき消す。


 自信満々に繰り出したこちらの第一撃を見事に回避した相手なら、谷へ転がり落ちながらでも反撃してくるかも知れない。そう警戒した祥吾ではあったが、着地時の機体制御に手一杯で追撃の火線を張る事はおろか、回避もままならない状況に陥っていた。

 

(ここで止まったらやられるっ……)


 まだ着地の慣性力で脚部衝撃吸収のアブソーバは、駆動系への負荷軽減の為バウンド側への荷重制御中であったが、祥吾はイミテーションマッスルへリバウンドパワーを掛け、強引に機体へ後退の挙動を掛ける。

 シェムカは祥吾の指示通り、後ろへ弾けるようにジャンプしたが、杏が放った弾を完全に避け切る事は出来なかった。


「アンチマテリアルライフルに着弾。使用不能となりました」


 AIの音声とは異なる演習用にプログラムされたダメージ判定の音声が、祥吾の耳朶を打つ。


 シェムカへ到達した数発のペイント弾は、祥吾の強引な回避運動によって、その多くは奥の森へ吸い込まれていったが、その内2発がライフルのバレルとフロントサイトを直撃したのだった。


(くっ……!)


 コックピット内へ着弾の振動が伝わり、奥歯にギリリと力が入ったのも一瞬、祥吾は後ろにジャンプさせたシェムカに更にワンステップ後退させる操作を加え、ジャンプの勢いを殺しながら、杏のシェムカへ向かって弧を描くように斜面を駆け下り始めた。


(やってくれる……けどっ!)


 ディスプレイに脚部駆動系の警告が次々に点灯していったが、祥吾は使用出来なくなったライフルを斜面に投げ捨てながら、シェムカの脚を緩めず谷へ突進していく。


(あっちが立て直す前にっ……)


 上下に激しく揺さぶられているコックピットのモニターに、谷の底で片方の腕部を地表につけて、機体を立ち上げようと試みているシェムカが映っていた。 


 杏のディスプレイにも複数の警告が点灯していた。

 千切れ飛んだミニガンを示すサインは勿論、数種類のセンサーの破損、機体全体の関節部への過剰負荷など、通常であればこのままリタイアを申告すべき状態であった。


 しかし、杏は速やかに機体を起こし迎撃の指示をAIへ出した。

 機体を起こす事によって、警告の数も増えていく中、相手のシェムカがこちらへ突っ込んでくる様子を視認した杏は、AIの遅々とした動きに我慢ならず、マニュアル操作へ切り替え強引に機体を起こした。

 

 機体各部から下手なバイオリン奏者の様な不協和音が聞こえ、AIがパイロットに警告を与える。


「各部チェック、及び修復の必……」


「うるさいっ!黙って!!」


 AIの警告を遮り叱責の声を浴びせた杏は、同じくマニュアルでライフルを構え、眼前50mを切って突進して来るシェムカをガンレティクルからガンクロスへ捉えようとしていた。


(来いっ!)


 ガンクロスで捉えた相手に向かってトリガーを引き絞りながら、杏は声にならない声で叫んでいた。



 目の前の銃口からマズルフラッシュの火が炸裂する直前、祥吾のシェムカは機体を左に傾斜させたまま着地した右脚部のバンカーブレイカーを作動させ、機体を左斜め上方にジャンプさせた。


「うおおおおおおっっっ!!!」


 自然と湧き上がる叫びに合わせ、射出されたライフルの連射を走り高跳びの要領でかいくぐり、勢いのついた右脚部を、まだ連射中のライフルを保持している相手の右腕部めがけ、そのまま打ち下ろした刹那、ライフルはひしゃげ、腕部のパーツをまき散らす。


 加速によって数倍に膨らんだ脚部の質量を受け止めた右腕部は、壊滅的な音を立て肘の関節あたりから粉砕されたのだった。


 そして、打ち下ろされた脚部の勢いは、杏の機体をそのまま右側へ大きく傾かせるに、十分過ぎる力があった。

 

「このおおおおおおっ!!」


 ヘルメットで覆われた頭部が側面のモニターへ激しく打ち付けられながらも、杏はバランスを崩していく機体を制御しながら、叫ぶことで自身の意識を保ち続ける。


 ライフル使用不能と、右腕部も大破による使用不能を伝える演習用のダメージアナウンスが響く中、祥吾のシェムカの動きから目を離さず、杏は相手が着地する姿勢をイメージした。


(まだ……やれる!)


          ※ ※ ※


 祥吾のシェムカは相手の右腕をライフルごと粉砕した後、そのままの勢いで着地した。

 しかし、酷使された駆動系の不具合によって、ジャンプ時の角度が想定よりも甘くなった為、回転が十分ではなく、相手に自機の背部を晒す形となってしまった。


(くっ、これじゃだめだっ!!反撃されるっ!)


 致命傷を回避すべく、祥吾は機体の上半身を左に捻った瞬間、モニターがブラックアウトする程の衝撃を機体に受けた。


 モニターは即座に復帰したが、そこには左腕部損傷使用不能の判定が表示されていた。

 一瞬の隙を見逃さず、間隙を縫って杏がそこを突いたのだった。


 杏の凄まじい対応速度に舌を巻きながらも、その動きを予測していた祥吾にはまだ勝算があった。


(腕の一本で済むならっ……!)


 左腕が機能停止していた陰で、祥吾のシェムカは残った右腕でプログレッシブナイフを引き抜いた……

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