第十四話 MPG模擬戦(決着)

 左肩付け根の破断箇所から、イミテーションマッスルが露出し、突撃の激しさを物語る。

 杏は相手が着地する態勢を読み、残っている左腕に素早くプログレッシブナイフを装備。そして、自機のバランスが右に傾く力も利用し、即座に反撃したのだった。


 模擬刃なので、ナイフでのダメージは軽微だったが、杏の放った突撃はナイフその物を折り、そのまま自機のマニピュレーターをも粉砕してしまう程の力で繰り出された。

 結果、その一撃でMPGの腕部に使用不能のダメージ判定を与える事に成功したのだった。


 しかしこれで右腕は損壊、左腕もマニピュレーター使用不能となり、相手を攻撃できる武装は皆無となった……


 突撃したナイフの本当の狙いは腕ではなく、機体を司る重要なシステムが集まっている背部であった。

 ここにダメージを与える事が出来れば、相手の機体は行動不能となり、杏の勝利が確定する筈だったが、相手の反応がそれを許さず致命傷を与える事が出来なかった。


(間に合わなかった……)


 モニターに映るシェムカがこちらを向き、その右腕にプログレッシブナイフが握られているのを視認した杏は、もう何も反撃できる術がない事を悟った……

 祥吾は引き抜いたプログレッシブナイフで、マニピュレーターが破損し、動きが鈍った相手の左腕部を弾き、自機の上半身にさらに捻りを加え、相手の機体の頭部目がけてナイフを突撃させた。


 しかし、ここで祥吾のシェムカにも限界が訪れる。


 機体の上半身を左に捻りながらナイフを突撃する為には、左脚部を軸に、右脚部の90°回転が必要だったが、実際には45°にも満たずに回転が停止してしまったのだった。


 酷使し続けた脚部駆動系が、遂に悲鳴を上げた瞬間だった……


(くっ……こんな時にっ!)


 コックピットには、右脚部駆動系損傷の為使用不能のアナウンスに続き、左脚部駆動アクチュエータ油圧低下の警告がモニターに浮かび上がる。

 同時にイミテーションマッスルのパワーが急速にダウンし、左脚部の動きも緩慢になる。


「止まるなぁっ!!」


 祥吾は叫びながら夢中でペダルを踏み込んだが、脚部はそれ以上前へは動かなかった。


 モニターには、プログレッシブナイフを持って突撃をしようとしている自機の右腕部が映っていたが、下半身の回転が足らず、その軌道は目標から逸れていった……


          ※ ※ ※


(……!?)


 相手のプログレッシブナイフの切っ先が、敗北を覚悟した杏の眼前を左へ流れていく……

 その理由は判らなかったが、杏はこの瞬間、こちらにもまだ勝機がある事を悟った。


(ならっ!!)


 杏は電光石火の速さでスティックを操作し、繰り出された相手の右腕部に、まだ使用不能判定を下されていない自機の左腕を絡ませるアクションをとった。

 関節技の要領で、相手の肘駆動系の粉砕を試みたのだった。


(両腕を潰せば……!)


 今度こそ、勝利への道筋をはっきりとイメージできた杏だったが、しかし次の瞬間、杏のコックピットに今までの種類とは異なる激震が走った……


          ※ ※ ※ 


「動かないならぁぁっっ!!」



 相手の左腕部がこちらの右腕部へ蛇の様に絡まり、自機の肘が潰されていく様を見てとった祥吾は、ほぼ同時に左脚部のバンカーブレイカーを作動させた。

 

 膝を折ったまま動きを止めていた左脚部が、バンカーブレイカーの反動力によって、そのまま前方へ勢いよく押し出される。 

 圧搾空気を排出する短く鋭い音が響き、左脚部の膝が、相手のコックピット下部へ叩き付けられたのだった。


「きゃああああああっっ!!」


 金属同士がぶつかり合う打撃音と共に、杏のコックピットは激しく上下に揺さぶられた。

 衝撃吸収限界値を超えた力で打ち据えられた機器がショートし、コクピットの全てのモニターがブラックアウトする。

 そしてその衝撃は内部のパイロットをも貫き、セーフティハーネスに細い肩と胸部を圧迫され、ヘルメットを側面モニターへ強かに打ち付けた杏は、そのまま意識を失った……


          ※ ※ ※

 

 バンカーブレイカーを作動させ、渾身の膝蹴りを放った瞬間、金属が粉砕される嫌な音と共に、祥吾のモニターには右腕部損壊、使用不能のダメージ判定が表示され、”作戦行動継続不可能”と、コクピット内にアナウンス音声が響く。


 しかし、一か八かで繰り出した膝蹴りのダメージによって、杏のシェムカも動きが止まったようだった。


 杏の機体が下になり、2機は折り重なったまま”作戦行動継続不可能”の判定が下され、30分に渡った模擬戦は終了した……


          ※ ※ ※


「ふううううう……」


 しばらく止めていた息を吐き出し、(こりゃ負けた、かな……?)と、ジェットコースターが宙吊りで止まってしまった様な態勢のまま、祥吾はこの後の展開に考えを巡らせた。


 母親や保、教官の顔が浮かび、どんどん憂鬱な気分になっていく祥吾の耳に、「グリフィス04、無事か?」と教官のやや青ざめたような声が響いた。

 祥吾は「はい。まあなんとか」と暗い調子で返答を返したが、「そうか。」と安心した声色で教官の反応があったのも束の間、「イーグル01の様子はわかるか?」と続けて焦った声が響く。

 ここからは良く判らないが、機体は停止してしまっている様だ、と答えると「呼びかけているが応答が無い」「回収班を差し向けたが、名嘉真の様子が心配だ。弓野の方でも確認できるか?」との指示が入る。


 祥吾は、「了解。やってみます」と答えながら(最後の膝蹴りは、やり過ぎたか……)と、内心焦りながら、セーフティハーネスを外し始めた。


 コックピットから半ば落下するように、ほぼ相対していた杏のシェムカのコックピットハッチに降りた祥吾は、そのダメージに慄然とする。


(これは……ちょっとヤバいかも……)


 ハッチの1/2はひしゃげて変形し、炸薬を使ったエマージェンシーイジェクトを用いて強制的に開ける必要があった。


 外側のハッチを弾き飛ばし、2層目と3層目のハッチをマニュアルで開けた祥吾は、息せき切ってコックピットを覗き込んだ。


「名嘉真!大丈夫かっ!?」


 外は既に夕闇が色濃く、祥吾の位置からはコックピット内の様子が良く見えない。

 数回呼びかけても返答が無く、一刻も早く杏の状態を確認する必要があると判断した祥吾は、コックピットの縁に掴まりながら、上半身を内部に伸ばして再度覗き込む。

 

「名嘉真?」


 目が内部の薄暗さに慣れるにつれ、杏の姿が浮かび上がる。

 セーフティハーネスに固定され、狭い操縦席に収まっている姿に痛々しさと罪悪感を少し感じた祥吾だったが、特に外傷は見当たらなかった事に安堵した。


「おい?怪我してない……?」


 トーンを落とした声で再度呼びかけたが、ヘッドレストにもたれ掛かったヘルメットが動く様子は無い。

 

(外傷が見当たらなくても……)


 様々な悪い結果が頭をよぎり、居ても立っても居られなくなった祥吾は、支えている手をコクピットの縁から、側面モニターの縁へ移動し、もう少し表情が見える位置へ近づいた。


 杏は目を瞑って横向きになっている。背中の中ほどまである髪は纏めているらしく、ヘルメットの下の白い首筋には後れ毛が見えるだけだった。


 規則正しく上下している胸部を見て、最悪の結果にはなっていないと胸を撫で下ろした祥吾だったが、少し安心した途端、焦燥から狭まっていた視界が広がり、あらためてタイトなパイロットスーツに覆われた杏の肢体が目に飛び込んできた。

 

 狭い空間で相手の許可なくその姿を見ている事に、何かのぞきをしているような気分になり、年相応の男子らしく祥吾の心臓が高鳴る……


 このまま杏の意識が戻ったら非常に気まずいと考え、ひとまず外に出ようと掴んでいる手に力を加えた瞬間、先刻のダメージで破損していたのか、モニターの基部が一部外れ、祥吾は大きくバランスを崩した。


「うぉっとぉっ!」


 コックピットに落ちそうになりながら、もう片方の手をシートの隙間に、両足は左右のサイドコンソールで踏ん張り、杏の真上に落下するという最悪の事態は何とか回避した祥吾だった。


「あ、危ねぇ……」


 ほっとして顔を上げた祥吾の真正面10㎝未満の距離に、杏の横顔があった。

 結花と同じ色白の肌に、はっきりとした鼻筋。少し尖った感じの顎のラインは、いつも超然としている杏のイメージ通りの形だった。


(まつ毛、結花より長いな……)


 場違いな感想を結んだ後、その閉じられた瞼と、薄く開いた唇の奥に見える白い歯が、祥吾には何故かとても艶めかしく映り、束の間の思考停止状態のまま、杏の顔を見つめ続けた。


「う……うぅ……ん」


 杏の意識が戻る声で我に返った祥吾は、安堵すると同時に(ち、近いな……)と焦りながらシートについていた腕を伸ばし、杏から距離を取ろうとした。


 さっきまで祥吾が見つめていた瞼が少しずつ開いて、薄茶色の瞳に光が灯る。そして横を向いていた顔がゆっくりと起こされ、やがて正面を向いた。

 焦点を合わせようと揺らいでいた瞳の動きが止まり、目の前にある祥吾の顔を認識したようだった。


「大丈夫かよ?」


 祥吾の声を聞いた途端、杏の目は大きく見開かれ、再び瞳が揺れ動く。そしてみるみるうちに青白かった頬が紅潮していった。


 

「気が付いて良かった……痛むところとか……んがっ!」



 最後まで言い終わらないうちに、杏の電光石火で繰り出した張り手がヒットし祥吾は真横に吹っ飛んだ。


 ヘルメットとモニターがぶつかる派手な音が響き、その衝撃で遠のく意識の中(こ、これが、バンカーブレイカー……か……な?)と頭の中で問いかけを最後に気絶してしまった。


 杏は張り手を振りぬいた格好のまま、もう片方の手は自分の胸を押さえる姿で固まり、肩で息をしていた。


「ちっ、近いっ!!……」


 転がっている祥吾を睨みながら、思わず怒鳴ってしまったが、それでも全く反応の無い姿を見て、だんだん落ち着かない気持ちになっていった。


「あ……」


 (どうしよう・・・・・・)と続く声が出せず、「ね、ねぇ、弓野……大丈夫?」と、人差し指で恐る恐る祥吾の肩を突いた瞬間、「イーグル01。大丈夫か?」と教官から無線が入る。

 まるで一部始終を見ていたかのようなタイミングで入った教官の声に、杏は心臓を跳ね上がらせながら、「は、はいっ!大丈夫ですっ!」と大声で返答した。


「おお、無事か名嘉真? 怪我はしていないか? 救護班がもう直ぐ到着するからな」


 心底安堵した声で状態を気遣う教官に、「あ……はい……私は、大丈夫です……」と歯切れの悪い返答を返す。


「弓野はどうした? 名嘉真から応答が無いから、様子を見に行かせたんだが。もう会ったか?」


今、一番 聞かれたくない事を斬り込まれ、いよいよ隠し続ける訳にはいかなくなったと観念したが、まだ気を失っている祥吾の方を少し見て、何と報告すれな良いか判らず、「はい、会いました……あの、すみません……」と、俯きながら蚊の鳴くような声で答えるのが、今の杏には精一杯であった。



 重なり合って倒れているシェムカの周りから、機体の過熱によって融けた地表の雪が、水蒸気となり、夕闇の中二機の姿を包み込んでいた。


 午後4時47分。(引き分け)の判定と共に、名寄第一高校始まって以来の激闘となったMPG模擬戦は終了した。


 しかしこの日の戦いが、その後の後輩達に語り継がれることは無かった……

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