鋼鉄の雪　～少女は白き鎧を纏いて～

博　一帆

　2049年3月14日　午前4時18分。

　まだ光を失った朝。暦の上では既に春だったが、その日、恐らく《春である》と感じた者は殆どいなかっただろう。

　轟音に舞う雪が僅かに震え、焔（ほのお）にその曖昧な色が浮かび上がらせると、次の瞬間には何事もなかったように、アスファルトで覆われた地にただ降り積もり、僅かに残っている微かな光も覆い隠していく……

　午前4時23分。

　雪化粧をしたJR中央線に沿って、氷点下の空気を引き裂きながら20㎜バルカンの矢が飛来し、車輌の陰が全く見えない首都高4号線の白く滲んだ路面に、その切先で無数の黒い染みを拡げていく。

　左右に絶え間なく飛来する曳光弾が混じったバルカンの弾幕を躱（かわし）しながら、ジェットエンジンの爆音と共に10m強の白いマシンが、高架から僅か数メートルの上空を突き進む。

「このルートは目立過ぎる！　下に降りよう！」

「わかった！　インテグレートマップ更新完了！　出力を絞るね！」

「了解！！」

　そのマシンは、明治神宮外苑アイススケート場が視界の右へ入ったタイミングで機体のフラップを降ろすと同時に、エンジンの出力を失速寸前まで落とし、一気に減速させると、瞬時に機体右サイド数か所のスラスターを点火させ、JR中央線を越え四谷第六小学校側へ流れるようにスライドした。

　断続的に飛来していたバルカンの雨は、その機動に追随する事が出来ず、首都高の路面を闇雲に抉り続ける。

　背後に雪の渦を従えながら、再びジェットの出力を上げ飛翔しているマシンは、人型を模しているように見えた。

　その外観は曲面を主体とし、一見すると中世時代の騎士の様なデザインにも感じられた。

　しかし、外装に曲面を多用しているのはステルス性能を向上させる為であり、相対する者を威嚇する凄みを孕んだ各武装が流麗な機体の各所から突き出す様は、やはり敵を殲滅する為に造られたと兵器である事が判る。

　そして、その外観の印象とはあまりに不似合いな声が、焦燥の熱を帯びながらマシンの内部に響いていた。

「お兄ちゃん！　今度は3時の方向からミサイル！　LOBL(ロックオン済)で急速に接近！」

「高度このままで5%加速！　先の外苑東通りを左へターンだ！」

「でもこの速度じゃ……」

「大丈夫！　何とかする！」

　マシンは推力を増加させながら背部ベクターノズルを偏向し、機体を左にバンクさせた。　しかし自重と速度に比例する遠心力によって、設定されたルートのセーフティゾーンから大きく外れていく。

　パイロットは劣化ウラン装甲が追加されたマシンの右腕を素早く操作し、接触のダメージが最も少ない部位をJR信濃町駅ビルに擦り付け、自機の減速を試みた。

　ビルの外壁は大きく抉れ構造物を派手にまき散らしたが、マシンを絡め取っていた遠心力は僅かに衰えたに過ぎず、その巨大な質量をもった兵器は、慣性という見えない力によって、さらに側面に建つ博文堂ビルへそのまま激突するかに見えた。

　しかしパイロットはスティックに並ぶ複数のスイッチのひとつを躊躇なくセレクト。

　激突の刹那、火薬の炸裂音と共に脚部に装備されたバンカーブレイカーをビルの壁面へ打ち込み、その反動を利用してマシンをセーフティゾーンへ向け強引に方向転換させた。

　後方より殺到した赤外線誘導の空対空ミサイル群は、先刻のバルカン同様MPG機動の常識を大きく逸脱したアクションに対応出来ず、バンカーブレイカーによって吹き飛ばされたビルの壁面に次々と着弾し、耳を聾（ろう）する轟音と共に、漆黒の空に日の出と見まごう光を現出させる。

　爆発音、唸るような風切音は、パイロットに外部の状況を把握させる程度にまで軽減され、コクピット内にリアルタイムで再生されるが、異常を知らせる硬質で耳障りなアラームが眼前の3次元ディスプレイに響く直前、

「脚部油圧ベアリング制御システムに異常負荷検出！　修復プログラム走らせます！　お兄ちゃん、無茶よ……エイシュアが壊れちゃう」

　と、的確な状況報告と共に少女の諫（いさ）める声が、ディスプレイの数値全てに目を走らせている少年のヘッドセットに響く。

　時折、外苑東通りの街灯や信号機に機体が接触する金属音も加わる中、その少年は白いMPG《マシンド・パンツァー・グレネーダー》エ（・）イ（・）シ（・）ュ（・）ア（・）のスロットルを更に上げ、

「悪い。だけど、もう反転して迎撃している時間が無いんだ！　後は一真たちに任せる！」

　そう少女に反論すると、増大する機体の揚力を装備されたエルロンとフラップによって抑えつけながら、目的の地へ向けエイシュアを猛然と突進させていった・・・・・・

　ハイブリッドターボファンジェットの甲高い吸気音と、アフターバーナーの暴力的な推力によって、通りに屹立（きつりつ）するビル群の窓という窓を破壊しながら、エイシュアは白き鬼神の如く突き進む。

　夜半過ぎから降り出した雪が、流れ落ちる涙のようにディスプレイを濡らし、その涙が、外部画像をコクピット内に投影するレンズのヒーティングシステムによって瞬く間に蒸発していく様は、まるで戦う少年少女達の儚く刹那的で清冽な想いをこの白いマシンが纏うかのように、絶える事の無い波となって鋼鉄の外皮を叩き続けた……