結① シノビ

 ノイズが酷い。

 意識を失っていたらしく、肉体の損傷箇所をサーチし確認をする。目立った外傷はあまり無く、しかし内部におかしな機構が確認された。

 自己修復プログラムを起動させ、体内にミクロにも満たない己の分身を作り出し、問題が発生している箇所へ向かう。

 辿り着いたのは感情を司るソフトウェアだった。球体状のそれに、巨大な蛇が巻き付いている。見れば尾の方にも頭が着いており、二つの頭が深々と牙を突き立て、そこからウイルスを絶えず流し込んでいた。

 イーグに気付いた蛇は、四つの瞳をぎょろりと向け、二股の舌をチロつかせた。

 しかしことは既に済んでいた。いつの間にか抜いていた刀を鞘に収め、キンと鯉口が鳴ったかとおもうと、睨んでいた蛇は鼻の頭からバックリと縦に真っ二つになり霧散した。 それを起点に、凄まじい速度で自己修復が行われた。数多の記憶情報が後ろへ流れていき、ログから現状を把握していく。組織に捕縛され、機能をいじられ、ショーに出され幾度も敵を斬り、そうして最後に弟が来た。そして某は……それからどうした。

 ……それから某は、何をした?

 目を開いた。随分と久方ぶりに目を覚ました気がする。周囲では観客達がなにかを叫んでいたが、耳には何も入ってこなかった。

 傍を見れば、機能を全て停止したアンドロイドが一機、寄り添っていた。


   ♢


「長く起きすぎた。私は寝る」


「はああい!後はお任せを」


 長い通路の最奥にあるキレルの部屋の前で、ディル・ザ・ハックがビシッと敬礼をした。


「船の針路は大丈夫か?」


「はああい!キレル様が全能の力で定められた座標に向かって、まっっっすぐ進んでおりますよ。あと二、三日もすれば到着するかと」


「そうか。……そういえば、あのシノビはどうした」


「イーグですか?見張りを何人か残して、会場でそのままオークションを開催しています」


「正気に戻ることはないんだろうな」


「その点は大丈夫です、はあい。確かに彼の自己修復能力は驚異ですが、六時間毎に我らが優秀な科学班が再手術を、施して、いますので……心配は……」


 徐々に言葉は立ち消え、ディル・ザ・ハックが懐から懐中時計を取り出した。


「……最後に手術をしたのはいつだ」


「……ちょうど六時間前、ですねぇ」


「…………」


「ん科学は~ん!集合~!」


 叫びながら、ディル・ザ・ハックはそのままドタドタと駆けていった。


「……私は寝るからな」


 誰もいなくなった通路に向かって、キレルはぼそりと呟いた。


   ♢


 フット殿を、助けなければ

 殺したい    

 故郷に危険が迫っている

 壊したい

 なんとかここから脱出を

 潰したい

 早く

 斬りたい

 何か

 襲いたい

 全て

 憎い

 全てが、憎い

 憎い

 憎い

 憎い!

 憎い!!


 …………己が憎い


 アンドロイドの亡骸を、イーグは縋るようにして抱きしめた。


   ♢


 スペースコロッセオは、シノビ二体のオークションで盛り上がっていた。


「絶対にあの兵器はうちの会社が手に入れるのだ!」


「ヤポン星のテクノロジーを手に入れればいくらでも金にできる」


「シノビなんてレア中のレア、是非とも我が家のコレクションに加えたいわ!」


「しかも二体だ、こんな機会そうそう……いや待て、弟の方はどこへ行った?」


 最初に異変に気付いたのは、悪徳高利貸しのファンソ・ハビルだった。

 番号の書かれた札を高く掲げ金額を叫んでいたファンソ・ハビルは、ガラスの向こうでいつの間にか刀を抜き立ち上がっているイーグに気付いた。彼の足下に目をこらしても弟の姿はどこにも見えない。

 徐々にそれに気付いた者が増え、観客席にざわめきが広がった。

 組織の見張りも異変に気付き、武器を構えてコロッセオに降りてくる。



「逝ね」



 喧噪の中、スペースコロッセオにいた者は皆、確かにその声を聞いた。

 刹那、全員が同時に、目の前に迫る刃を見た。


   ♢


 イーグが自己修復を終えてから五分後、科学班を引き連れたディル・ザ・ハックがスペースコロッセオ・セカンドに到着した。しかしオークションをしているはずの会場は静寂に包まれていた。


「これは……」


 ディル・ザ・ハックは会場を見渡し、再び懐中時計を取り出し時刻を確認した。


「私とキレル様がこの場を離れて十数分……たったの、十数分……」


 自分にしか聞こえない声でディル・ザ・ハックは繰り返し、背骨に電流が走ったように体を震わせ、恍惚な表情を浮かべた。


「その短時間で、ここにいた数千人を……」


「ディル・ザ・ハック様?」


 付いてきた科学班の一人が躊躇いがちに声をかけた。


「おっと、いけませんね。仕事はしませんとキレル様にお叱りを受けてしまいます。死体達の状態を確認しなさい。あと、いないでしょうが一応生存者の確認も」


「りょ、了解しました」


 一目見てディル・ザ・ハックは理解した。ここにいた全員は一人残らず死んでいる。観客席にいた者達は皆逃げようとした形跡もなく、椅子に座ったまま全員がうなだれるようにして固まっている。これだけの死体を同時に見たのはさすがにディル・ザ・ハックにとっても初めての事だった。広い会場に詰め込まれた、確かに先ほどまで呼吸をしていた生物達が、今全て物言わぬ骸に成り果てている。その罪悪、傲慢、残虐さはいかほどのものか。想像するだけでディル・ザ・ハックは涎が垂れた。


「……しかし実際、分かりませんね。これだけの人数をあの短時間でどうやって……それに、何故血が出ていない」


 涎を拭い、顎に手をやり瞑目していると、科学班が戻ってきた。


「ディル・ザ・ハック様、ご報告を」


「はあい、お願いします」


「全員を確認してはいませんが、アナウンスにも反応が無く、恐らく、この場にいた、ぜ、全員が死んでいます」


「死因は分かりましたか?」


「……これも全てを確認していないのでまだ分かりませんが、確認した死体は全て、心臓麻痺を起こしています。外傷は一切見受けられません」


「心臓麻痺……」


 ふむ、と唸りディル・ザ・ハックが少し考えを巡らせる。


「……全然分かりませんねぇ」


 降参を示すようにディル・ザ・ハックが両手を挙げた。


「いかが致しましょう」


「特別厳戒態勢に移行、全ての出入り口を封鎖し、シノビを見つけ次第破壊するよう通達を。ああ、戦力は出し惜しみせず、総動員でことにあたりなさい。くれぐれも表の施設にいるお客様にはばれないようにしてくださいね」


「お言葉ですが、あのテクノロジーをみすみす破壊してしまうのはさすがに……」

「残骸からでもある程度のサルベージは可能でしょう。それに、そんな甘い考えは今の彼には通じませんよぉ、きっと。今の彼は最早シノビとは言えない事になってるでしょう。獣、なんて生易しいものではないですねぇ、それでは……鬼、でしょうか。あっはー!」


 ディル・ザ・ハックは、にたりと笑みを浮かべながら楽しそうに語り、科学班全員が生唾を飲み込んだ。


   ♢


 ジャックポットプールの炉心部分に、黒い正方形が様々な機器に囲まれ浮いていた。そのただひたすらに対象からエネルギーを搾取するというシンプル且つ強力なシステムは、無理矢理に過負荷をかけ、取り込まれたフットの生命を着実に蝕んでいた。

 フットは意識を失っては覚醒することを繰り返し、既に、意識の狭間にまどろみ、現実と夢が曖昧な状態になっていた。


「ぐ、ぅ、がふっ」


 ……ああ、そうか、また捕まったんだった。しかも今回はずっと探していた妹にだ。泣けてくるねえ、つくづくおれは運が悪い。どのみち碌な人生じゃなかったんだ、最後に妹の我が儘を聞いて死ぬのも、悪くないかもしれねえな。このまま抵抗するのをやめて、キレルのためにエネルギーを放出し続けるだけの存在になる。今までの境遇に比べたら、もしかすると一番幸せかもしれねえ。キレルが言ってた計画だって、おれ自身、この世界を何度恨んだか分からない。それなら、いっそこのまま、唯一の家族のために……

 ……いや、キレルはどうなる。

 世界を一纏めにして、その後唯一の家族を失ったあいつはどうなる。随分とひん曲がって成長してはいたが、それでもあいつは紛れもなくおれの妹で、おれは誰がなんと言おうとキレルの兄貴だ。


「う、おお……」


 死ぬわけにはいかない。キレルの唯一の家族であるおれがしてやれることは、生きてあいつの傍にいることだ。こんな訳分かんねぇもんの中で、寝てることじゃ、ねえ!


「う、お、りゃ、あ……!」


 掴んだ意識を離すまいと、フットは奥歯を嚙み締め、物体の中で必死に手足をばたつかせた。しかし、一度纏わり付かれたら、そこからどんどん重くなり、次第に手足がいうことを聞いてくれなくなる。


「キ、レル」


 またも意識に靄がかかり、眠気が押し寄せてくる。嚙み締める力ももう残っていなかった。


「御免」


 瞼が下り、意識を失いそうになった直前、声が聞こえたと思ったら、フットを絡めていたものが消え、重力に従い、フットは顔面から床に叩きつけられた。


「ぐへっ!……いってぇ~!」


「初めまして、というのも変ですね、フット殿」


 フットが鼻を押さえ床を転げ回っていると、頭上から聞き慣れない声がした。

 慌てて立ち上がり、拳を構える。しかし、フットはその顔を知っていた。


「お前、イーグ、か?」


 フットの前には、腰に二本の刀を携えたシノビが立っていた。


   ♢


 ジャックポットプールは宇宙を移動する巨大な一大娯楽施設である。ショー、カジノ、コロシアム、この世のエンターテインメントを全て内包した宇宙の桃源郷と呼ばれ、毎夜煌びやかなネオンが様々な星から集う享楽主義者たちの欲望に満ちた顔を照らし出す。

 しかし、それは表向きの貌に過ぎない。


「ディル・ザ・ハック様から伝令!特別厳戒態勢に移行!隔壁を全て封鎖し、目標を発見後、直ちに破壊せよ!」


「B3通路にて目標を確認しました!」


「待機しているアッサム部隊を全て投入しろ!」


 ジャックポットプール。それはヤポン星の不可視の領域に手を伸ばすため作られた超弩級宇宙戦艦。ひとたび戦闘になれば真の姿を見せ、軍事に長けた星一つを容易に焼き尽くすほどの火力を誇る。


「見つかりましたかー?」


 物々しい艦橋に不似合いな、おちゃらけた格好の男が司令室に入ってきた。


「ディル・ザ・ハック様!はい、目標を発見し、アッサム部隊がたった今、接敵致しました」


 飛び込むようにしてディル・ザ・ハックは司令官の席に収まった。モニターを見れば現場にある監視カメラからの映像が映っている。ボディスーツを着た長身痩躯の男が一人、完全武装された数十人からなる部隊と対峙していた。


「あれだけのことをやっておきながら、随分と涼しい顔をしていますねえ。さあてさて、一般の客たちとは訳が違う、紅茶の適用効果でブーストされたフルアーマーの精鋭部隊、果たして鬼が出るか、蛇が出るか……んんんんん!ゾクゾクしますねえ」


「ディル・ザ・ハック様?」


「こちらの話でぇす。お気になさらず」


『こちらアッサム1。目標を視認。攻撃の許可を』


 ディル・ザ・ハックがまたハイになっていると、スピーカー越しに部隊のリーダーから通信が入った。


「おっと、アーアー、こちら司令室。全体、照準を目標に固定」


 手元のマイクを掴み、指示を出す。B3通路に集った三十二の銃口が一斉にたった一体のアンドロイドに向けられた。

 司令部全員が見守る中、ディル・ザ・ハックが満面の笑みを浮かべる。


「……やっちゃってくださ~い」


 アッサム部隊全員のヘルメット越しにねちっこい声が攻撃の開始を告げ、一斉に目標に向けてトリガーが引かれた。遮蔽物も何も無い通路で放たれたサブマシンガンの弾丸を回避などできるはずもなく、過たずアンドロイドの体躯を蜂の巣にする。

 その場にいた部隊員、艦橋のクルー、それを見ていた殆どのものがそう確信していた。

 司令官席に座る男を除いて。

 スピーカーから艦橋に響き渡っていた銃声が、突然止んだ。


『馬鹿な……』


 代わりに聞こえてきたのは部隊のリーダーがこぼした言葉だった。


「どうした?!何が起こった」


 一人のクルーが通信機に手をあて尋ねたが、部隊のリーダーよりも先に、答えを告げる声がした。


『喧しい』


 ディル・ザ・ハックでさえ、その声に恐怖を聞いた。聞いたものは一人残らず身の毛がよだち意識を失いそうになる、圧倒的な質量を伴った、ただの声。

 アンドロイドは変わらずそこに立っていた。さっきまで浴びていた弾雨の痕は一切体に認められず、周囲の壁だけが無惨に穿たれていた。


『そこを、退け』


 またも声が響き、画面の向こうでアンドロイドが刀を抜き、空を一度、薙いだ。

 しんとした空気の中、ヒュンと刀が振られた音だけが妙に大きく聞こえた。

 しかしその後に何をするでもなく、また刀を鞘に収め、彼はそのまま部隊の方へ歩いて行き、横を通り過ぎていく。部隊の誰一人、彼を追うどころか身動きさえしない。


「……な、何をしている!アッサム部隊、何故迎撃しない!」


 我に返ったクルーが通信機越しに怒鳴るも、返事をするものは誰もいなかった。


「……アッサム部隊のバイタルをチェックしなさい」


 今まで沈黙していたディル・ザ・ハックが画面から目を離さないまま口を開いた。


「バ、バイタルですか?了解しました」


 訳も分からないままに、クルーが指示通りコンソールを操作する。


「部隊全員のバイタル出ました。しかし、これ、は……」


「……全員の心臓が、停止してる……?」

 画面には部隊全員のバイタルが映し出され、一人として拍動を示す線に

波を起こす者はいない。現場からはドサドサと、生きていた者の倒れる音

がいくつも聞こえた。


「……馬鹿な!一体何をした?!いや、そもそもあいつが何かしたの

か?!」


「じゃなきゃ同時にこれだけ心臓麻痺を起こすわけないだろ!?」


「じゃあ、一体どうやったって言うんだよ!」


 艦橋はパニックになり、誰もが未知の恐怖に戦いていた。


「はああい、皆さん落ち着いて。先ずは彼をカメラで追跡。絶対見失わな

いように。それとさきほどアッサム部隊が発砲していた映像を別視点でお

願いします。もっと彼に近い映像を」


 ただ一人、ディル・ザ・ハックだけは、隠そうともせずに喜色を浮か

べ、即座に指示を出した。


「りょ、了解しました」


 この状況においても態度の変わらないディル・ザ・ハックに、船員達は

シノビへのものとは別種の恐怖を覚えながらも、冷静さを取り戻し、作業

にとりかかった。


「これが一番近いカメラの映像です」


 傍のクルーがディル・ザ・ハックの手元のモニターに先ほどの銃撃の瞬

間を映し出した。


「んんんんん?」


 被弾の瞬間をスローモーションにして目をこらす。その映像で、あのシ

ノビは何もしていなかった。


「すり抜けている?」


 ディル・ザ・ハックがすぐ脳裏に浮かべたのはフットの紅茶適用効果

だったが、あれはそもそもフットの特異な体質とブレンドがあって初めて

なせる技であり、いかにアンドロイドとはいえあり得ない。

 そこでスペースコロッセオ・セカンドでのイーグとエイジの決闘を思

い出す。


「ホログラムですか……!」


 納得すると同時に、ディル・ザ・ハックの中で更に疑問が湧いてくる。


(しかしホログラムならなおのこと分かりませんねえ、実体の無い立体映像がどうやって部隊を、それにホログラムなら別の問題がありますよね

え)


「……本体はどこにいる?」


 艦橋のメインモニターでは先ほど開かれた部隊のバイタルがまだ映って

おり、ツーッと伸びるアラーム音が、彼らの生を諦めた心臓がついた溜息

のように、長く、薄く、伸びていた。


   ♢


「ま、待ってください!話を聞いてください!」


「話すことなんてあるかよ!お前が、エイジを殺したんだろうが!」

 ジャックポットプールの炉心部分で、フットは相手の胸ぐらを掴み持ち

上げていた。


「そりゃあ、お前もあのときは正気じゃなかったんだろうよ!だが、エイ

ジがお前を助ける為に、どれだけ……」


 出発する直前に兄のことを自慢げに話しはにかんでいたエイジの顔を思

い出し、掴んでいたフットの手は小刻みに震えていた。


「……フット殿」


「……とりあえず、お前は殴らなきゃ気が済まねえ!」


 言いながら義手をギリギリと握りしめ、弓を張るように後ろへ引いた。


「ちょ、ちょ、本当に聞いてください!私です!信じられないと思われる

でしょうが、私が、エイジなんです!」


「……は?」


 一瞬何を言われたか分からず、拳を引いたまま、フットの身が止まる。

 改めて掴みかかってる相手をよく見る。

 ボディスーツを着た長身で刀を二本、顔つきは精悍で兄弟とは思えない

ほど似ていない。


「お前、つくならもっとましな嘘つきやがれ!」


「本当なんですって!兄の体を、私が動かしてるんです!」


「……んな冗談みたいな……」


「……私、冗談は苦手です」


 その言葉に、いつぞやのやり取りを思い出す。


「……じゃあ、お前本当に?」


 フットが掴んでいた手を離し、エイジを名乗るシノビがすたりと床に着

地する。


「はい、歌う鯨でフット殿をたより、一緒にパンジャンドラム号に乗り込

み、フット殿のせいで死にかけた、ヤポン星のシノビ、エイジです」


 唯一の面影を残す臙脂色のマフラーを直しながら、エイジとフットの道

中を話す。


「あれは、おれのせいじゃねえだろ……。いやそれどころじゃねえな」


 再び目の前のアンドロイドを上から下まで眺めるが、やはりマフラー以

外に面影はない。「お前は、あのときイーグに……」


 目の前のシノビに徹底的に斬り結ばれた瞬間をフット自身が目撃してい

た。 


「はい、確かにあのとき私は兄に斬られ機能を停止しました。しかしフッ

ト殿が兄を昏倒させた後、目を覚ました兄が私を自分の体に組み込んだの

です」


「はっ?!シノビって合体までできるのか?」


 さらっと説明された事実にフットが驚く。


「いえ、正直どうやってやったかまるで私にも分かりません。しかし確か

に兄はそれをやってのけたのです。さすが、ヤポン星最強のシノビ!」


 ぐっと拳を握り目を輝かせ、傍から見れば自分のことを賞賛しているよ

うに見える。


「……そうか、生きてたのか、エイジ」


「はい、ご心配おかけして申し訳ありません」


 折り目正しく頭をさげるその様はエイジそのもので、フットは一気に体

中から力が抜けた。


「……フット殿……?あいたっ!」


 フットが何も言わないためエイジが頭を上げると、突然フットに左手で

頭を小突かれた。


「まったくだ、心配かけさせやがって」


 言葉の割にフットは優しい表情を浮かべ、そのままがしがしとエイジの

頭を撫でた。


   ♢


「目標確認、攻撃を開始しま……」


 ガチャガチャと銃を取り落とす音が通信機越しに聞こえ、部隊のバイタ

ルを確認すると、またも全員の心臓が一様に停止していた。


「くそ!まただ!一体どうなってる!」


「相手は刀を持ってるだけ。何かしてる風でもなく、ただ目の前に出たも

のは死んでいく。隔壁はホログラム相手に意味を成さず、ホログラムに干

渉しようとしても、ファイアウォールが強固過ぎる。困りましたねえ、こ

のままではジャックポットプールそのものが全滅しかねない」


「いかが致しましょう」


「総司令官に起きてもらうしかないですねえ。寝起きのあの人、機嫌悪い

ので怖いんですが」


 やれやれと首を振り、ディル・ザ・ハックは全能の目が眠る部屋にコー

ルした。


   ♢


「つまり、今お前の中にはイーグがいないのか。いてっ」


「大丈夫ですか?はい、そういうことになります。あいたっ」


 通路の隔壁が閉められていたため、フットとエイジは船内に張り巡らさ

れたダクトの中をあちこち体をぶつけながら、四つん這いに進んでいた。


「それにしても、よくおれの所まで、誰にも見つからずに来られたな」


「監視カメラからシステムに侵入して細工をしました。あの炉心の装置も

まだ正常に作動していると向こうは思っているはずです」


「となると、隔壁が軒並み閉められてたのは」


「兄に対しての処置ですね。フット殿のもとへ向かう際にも、警備のもの

が一人もいませんでした。恐らく、兄がいる方へ出払っているのでしょ

う」


「しっかし、イーグは今ホログラムなんだろ?そんな状態じゃあイーグ自

身、何もできないんじゃないか?」


「いえ。……あれは、ただのホログラムではないのです」


   ♢


「ただのホログラムではない?!」


「そのでかい声を近くで出すな鬱陶しい」


 司令室で、寝起きのキレルは眉間に皺を刻んだまま、空になったティー

カップを置いた。


「はああい!失礼しました!それでただのホログラムではないとは一

体!?」


 半眼で睨み付けた後、溜息をつき、キレルはオレンジペコの副作用に暫

く顔をしかめながら眉根を揉んで、司令官席の背もたれに深くもたれた。


「……兄のシノビが弟のシノビを自分に組み込んだとき、その性能も手に

入れたんだ。お前もコロシアムで見ただろう。弟はホログラムの忍術を得

意としていた。元々兄も簡単なホログラムは作れていたが、あれの本領は

剣術だ。あれだけの密度と維持時間があるものを作れているのは弟の力だ

な。そしてその力で己の存在データそのものをホログラムにして本体から

乖離させた」


「存在そのものを!?何故?」


「いかにヤポン星のシノビとはいえ二体分の自我を持つには要領が足りな

いからだ。あいつは弟の意識をつなぎ止めるために、体を明け渡したの

さ」


「なああああんと埒外な!これぞ、究極の、兄・弟・愛!……しかし、弟

の入った本体はどこに……」


 その瞬間艦橋に、今日何度目か分からないアラームが響き渡った。


「何事ですかー?」


「ニルギリ部隊が全滅!このままでは、目標が十分後に、ここへ来ま

す!」


 モニターには死体の山を行くシノビが一人、ゆっくりと歩いている。


「あいつはお前を探してる。お前を差し出したら大人しくなるかもな」


「んんん、私、死んでみたいとは常々考えていますが、今はそういう気分

じゃないですねえ。というかどうせ今のキレル様にはあれの対処方が視え

ているんでしょ?ケチケチせずに教えてくださいよ。私たちはどうしたら

いいんですか?」


「なにも」


「……はい?」


「なにもしなくていい。我々の現状戦力にあのシノビを止められる手立て

はない」


「……では、私たちにはもう助かる手はないと?」


「あるからこんな落ち着いてるんだ。もうそろそろ彼らが着くはずだ。取

りあえず監視システムにされた細工だけ外しておくか」


「彼ら?監視システム?」


 んー?と訳が分からず首をひねっているディル・ザ・ハックを尻目に、

キレルはコンソールを操作した。


「……まったく、じっとしといてくれないものだな、あのお兄ちゃんは」


 キレルが何度目か分からない溜息をつき、コンソールから手を離すと、

監視システムの網を掻い潜っていた二つの反応が、突然モニターに現れ

た。


   ♢


「フット殿、兄のいる通路の上に着きました」


「ああ、見えた。本当にもう一人イーグがいやがる」


 お互い小声になりながら通気口から下を覗くと、刀を抜いているシノビ

が一人、ゆらゆらと歩いている。表情は特になく、しかしホログラムだと

知っていてなお疑ってしまう程に、確かにそこに幽鬼が如き殺意が象られ

ていた。


「あれに話が通じるのか?」


「……正直分かりません。兄が私を取り込み、そして分離するまでのほん

の一瞬、私たちは完全に同期しました。そのときに感じた兄の情動

は……」


 そこで言葉が途切れ、フットがエイジを見遣ると、強く唇を噛んでい

た。


「……酷く、苛まれていました。兄は今、死にたがっています」


 私のせいで。

 最後に、聞こえるか聞こえないかの声でエイジがぽつりと口の中で呟い

た。


「エイジ」


「は、はい」


「お前は、あのばか兄貴を助けるためにここまで来た。自分の故郷に背を

向けて、死ぬような目に遭って、終いには自分の体まで無くしちまいや

がって。それでもお前はここにいる。弟のお前がこんだけ踏ん張ったん

だ。あいつもそんぐらいの根性は見せるさ。兄貴ってのは、そういうもん

だ」



 それは誰にともなく言い聞かせるような口調だった。


「フット殿…………いや、よく考えたらフット殿のせいで死にかけた事も

あるんですが」


「お前……意外と根に持つな」


「冗談です」


「冗談は苦手じゃなかったか?」


「ええ、ですから今のはフット殿のまねです」


 エイジはフフッと笑ってマフラーをぐいと引き上げ、鼻まで覆った。


「ありがとうございます、フット殿。参りましょうか」


「……ああ」


「……この騒動が終わったら、きっとフット殿は兄と親しくなれると思い

ます。なんだかんだとお二人は似ていますので」


「そうかあ?取りあえず一発ぶん殴るけどな」


「それは私に免じてどうかご勘弁を」


「約束はしかねる」


「では尚のこと、お願いしますと言っておきます」


 いくぞといってフットが義手を構え、足下をぶち抜く瞬間、エイジは自分にだけ聞こえる声でぼそりと付け足した。


 今のうちに。


   ♢


「突然二体の生体反応を探知!反応場所は……ダクト!?」


「キレル様、これは一体?!」


「あれがうまくいかなければ私たちの終わりだ。精々祈っていろ。それと

今のうちに例の装置の準備をしておけ」


 クルー達が事態を依然飲み込めないまま、艦橋のモニターに轟音が響

き、二人の男が現れた。


   ♢


 相対して改めて、フットは目の前の存在に恐怖を感じた。


「フット殿、説明したとおり、兄の刀は決して見ないようにしてくださ

い」


「難しいこと言いやがる……」


 イーグの目には光は認められずどこか朧で、目の前に自分と同じ姿が突

然現れても、眉根一つ動かさなかった。


「そこを退け」


 ざわりと心臓を猫の舌で舐められたような声。それだけで足が竦むの

を、数々の戦場を駆け抜けた二人の男は感じた。


「……兄様!私です、エイジです!私は生きています!正気に戻ってくだ

さい!」


 つばを飲み込み、どうにか踏ん張りながら、エイジが叫ぶ。


「エイジ……?」


 エイジの叫びを聞き、初めてイーグの焦点がこちらにあった。


「兄様……!」


 しかしエイジに視点を定めるや、その表情は烈火の如き相貌を見せた。


「お前は……!お前が……!どうして、生きている!」


 イーグの見た目をしたエイジに、いつの間にか抜かれていた刀が閃い

た。


「フット殿!目を!」


 言われフットは慌てて目を瞑った。


 そのときフットは確かに、何かが体を裂いていったのを感じた。その切

断面から寒気が駆け抜け、脳に至ったそれは、死の感触そのものだった。

 堪らずフットは目を開け、斬られた箇所を確認した。だが体は先ほどと

何も変わっておらず、どこにも外傷は見受けられない。


「今のがホログラムかよ……」


 呼吸は乱れ、心臓は音をあげ肋骨から出してくれと言わんばかりに叩い

ていた。


「……無事ですか、フット殿」

 フットと同じものを今し方受けたエイジの声も、随分疲弊している。


 ホログラムで引き延ばされた殺気のこもった一振り。たったそれだけの

一振りに現実世界へ干渉を起こすほどの憤怒と殺意を、目の前のアンドロ

イドは持っている。


「何とかな……これが今お前の感じてる罪悪か、イーグ……」


 顔を上げ、イーグを見据える。


「正直何発もあんなの保たねえぞ、エイジ」


「同感です」


 何度か深呼吸をし、エイジは自分の頬を叩いた。


「お前が、殺したんだ……!お前が弟を、お前が……!」


 イーグの話していることは最早要領を得ず、合っていた目の焦点も散開

し、黒く黒くなっていく。


「某が……殺したんだ……」


「ですが、今は生きています!兄様が助けてくれました。今までだって、

いつも兄様が助けてくれました!今度は私の番です!どうかご自分を責め

ないでください!」


 声が届いているのかも分からない。ただイーグは、だらりと刀をさげ、

混乱しているようだった。


「……ヤポン星では、直に桜が散ります」


 そんな兄に向かって、エイジがゆっくりと歩んでいく。


「おい、エイジ!」


 フットが止めようとするのを手を上げ制し、エイジはイーグに近付いて

いき目の前に立った。傍から見れば全く同じ顔が対面している。


「桜が散れば、直ぐに木々が青くなり、蝉が鳴きます。空は高くなり、赤

みの強い夕日が里を染めます。次いで紅葉が始まり、山が紅に燃えます。

そういえば、兄様は昔から栗ご飯が好きでしたね。その内に厳しい冬が来

ますが、囲炉裏を仲間達で囲むのが私は好きでした。それに雪を見ると、

兄様がマフラーをくれた時のことを思い出し、私は嬉しくなるのです。兄

様は忘れてしまったでしょうが、あの日々は私にとってかけがえのないも

のです」


 エイジはマフラーに触れ、はにかんだ。


「……覚えていないわけが……ないだろう」


 そのとき初めて、イーグが答えた。確かな口調で、目にも微かな光が

戻っている。


「兄様……!」


「……しかし、ならばこそ、どうして某を戻そうとする。生かそうとす

る。分かっているだろう。某が戻ればどうなるか」


「……はい、理解しているつもりです」


 エイジは少しの間俯いて、またすぐ顔を上げた。


「エイジ……?」


 遠巻きに見守っていたフットは、今の言葉に言い知れぬ不安を感じた。

そういえば、イーグが本来の体に戻った後にどうなるのか説明されていな

い。

 現在体を借りているエイジの自我は、本来の持ち主が戻ればどうなる?


「ですが、あの星を救えるのは、私たちの故郷を救えるのは、兄様だけな

のです」


 そう言うとエイジは兄の虚像の胸に両手を突っ込んだ。




「自己修復プログラム、起動」




「よせ!それにファイアウォールがある以上外から解除できるはず

が……」


 イーグが驚き、逃れようとするが、ホログラムであるはずのイーグの体

はそこから一歩も動くことができなかった。


「ファイアウォールが破られている!?……まさか、さっきの会話の間

に……」


 イーグが目の前のエイジを見遣ると、静かに微笑んでいた。


「シノビの戦いは常に化かし合い。……初めて兄様に勝てた気がします」


「おいエイジ!」


「すみませんフット殿。騙すようなことをして。あなたと出会えて良かっ

た」


「頼む!やめてくれエイジ!これでは今度こそお前は……。死なないでく

れ!生きてくれ!」


 イーグが悲鳴を上げるように叫ぶも、ホログラムは足から粒子のようになって崩れていき、エイジの体へ、イーグ本来の体へ押し寄せていた。


「兄様、私もです。私も兄様に、生きてほしいのです」


 粒子化したホログラムに纏われ、発光したように輝くその顔を、くしゃ

りと泣きそうに歪ませて笑った。


 つま先から始まったホログラムの崩壊は顔の下半分まで至り、イーグが

何か叫んでいるのは目で分かったが、最早声を出すべき口もない。


「どうかフット殿と、私たちの故郷を、よろしくお願いします」


 その言葉を最後に粒子は全て体に入り、エイジ・K・ローというアンド

ロイドは、この時遂に、全てを終えた。


   ♢


「大バカ野郎……」


 足下で倒れているアンドロイドの傍らに膝をつき、フットは肩を震わせ

た。


 歌う鯨で出会ってからずっと行動を共にしてきた。


 兄を助けたいと頭をさげ、何度も死にかけながらも遂に再会したかと思

えば、最後に己の身を投げ出した。


「マスターになんて言えばいいんだよ」


 そのとき、前後の隔壁が突然開き、フルアーマーの部隊が突入してきた。


『大人しくアンドロイドを渡して投降しろ!そうすれば貴様の命は保証さ

れる!』


 フットはイーグを担いでゆっくりと立ち上がった。次の瞬間には拡声器

を持った一番前に立っている男へ一瞬で距離を詰め、殴り飛ばした。

 フルアーマーは一撃でボコボコにひしゃげ宙を舞い、フットの義手から

は煙が上がっていた。


「こいつだけは、渡さねえ。あいつが命をかけて守ったもんを、てめえらなんかに渡せるかよ。覚悟しろよてめえら。おれは今、サイコーに機嫌が悪いぜ」


   ♢


「暴れてるな」


「暴れてますねえ」


 艦橋では、モニターで部隊がちぎっては投げられているのを眺めなが

ら、指令二人が紅茶を飲んでいた。


「あの装置から逃れてそう時間も経っていないというのに、なあああんと

いうタフネス。それにしても、兄がつなぎ止めてくれた命を自ら差し出す

とは。最っ高のショウを観せていただきました。キレル様はここまで視て

いらっしゃったのですねぇ」


 いやらしい笑みを浮かべ、ディル・ザ・ハックはまたハイになってい

る。


「それでも確率は低かったがな」


「駄目だったらどうするつもりだったので?」


「一人で逃げるつもりだった」


「さすが」


「装置はまだ復旧できないのか」


「結構手ひどくやられていたのでもう暫くかかりそうです。というかキレ

ル様がやれば一瞬で終わるのでは?」



「オレンジペコならもう切れてる」


「素面のあなたでもたいした手間ではないでしょう」


「部隊が全滅するまでに復旧が間に合うのは既に計算している。それにめ

んどくさい」


「さすが」


 全能のオレンジペコは万能のようで制約は多い。先ず凄まじい負荷によ

り、常人は一度飲んだだけで気が狂う。宇宙全ての物事を把握することが

できるが、その中から己で視たいものを取捨選択する必要もあり、その行

為で更に脳への負荷がある。おおよそ生物が使えるものではない上に、不

便なことも多い。

 つまりキレルは知らなかった。エイジがフットを助けに行く前に、どこ

で何をしていたのか。

 つまりキレルは知る由もなかった。技術室に保管されていたパンジャンドラム号のエンジンがひとりでに起動したことを。

 


 ♢



「ちょっとやべえな」


 部隊一人一人の力はそれほどでも無いが、何せ数が多く、イーグを担い

だままで戦っているフットは着実に疲労を蓄積させていた。


 そんなとき、担いでいたイーグがピクリと身じろぐのを感じた。


「フット……殿」


「イーグ!?気がついたか。おい、動けそうか?」


「そこに立っているとまずい、です。もう三歩、左へ」


「はっ?左?」


 襲いかかってきた敵を話しながら殴り飛ばし、訳も分からないままに言

われたとおり左に三歩動く。

 その瞬間、今の今までフットが立っていた場所の床が吹き飛び、見慣れた機体が爆発音と共に部隊を何人か弾き飛ばして現れた。


「うおおっ!?パンジャンドラム号!?」


 ボビン型の宇宙船が突然現れ部隊の猛攻が一時緩む。

 誰が運転しているのかとフットが機内を覗くも、運転席には誰もいな

い。


「エイジが、あなたのために」


「……おれたちのために、だろ」


「……そうですね」


 フットは周りの部隊を何人か殴り飛ばしながら、まだ立つことも難しそ

うなイーグを先ず乗せた。


「イーグ!エンジンをかけて赤いボタンを押せ!それと奴らにとられてな

けりゃ後部座席に……」


 言い終わる前に、魔法瓶が飛んでくる。


「これで、いいですか?」

 匍匐のまま、イーグが親指を立てる。


「はっ、上等!」


 一帯の敵を吹き飛ばし、その間に受け取った紅茶を飲み下す。

 ふつふつと適用効果が顕れ始め、パンジャンドラム号に乗り込み、船の

形を強くイメージする。


『三……二……一』


 適用効果を干渉させるためイーグの肩をフットが掴んだ。


「舌噛むなよ!」


『ゼロ』


 瞬間、凄まじいGと共に、全てをすり抜けて目の前の景色は後ろに吹き

飛んでいき、すぐに視界に宇宙が拡がる。

 フットはなんとか意識が落ちないように奥歯を嚙み締め、目をレーダーに向ける。

 安全宙域に出た後、ブースターが切れ、遊泳速度に移行した。自動運転になっており、何も無いはずの座標へ向かって船は舵を切っていた。


「ここがヤポン星ってことか、エイジ」


 追っての影はレーダーに見られず、そこでようやく、フットは強く息を

吐いて、深く席にもたれた。天井に目を向けたまま後部座席に声をかけ

る。


「生きてるか、イーグ」


「……はい、なんとか」


 後ろでイーグは横になっていて、フットから顔を見ることはできなかった。


「……何も……」


「イーグ?」


「もう何も、聴こえないのです。どれだけ語りかけても、頭の中には、も

う某しかいない……エイジは、本当に、もう……」


「……」


 フットは振り返ることなく、ただ後ろへ流れていく星を眺めていた。

 船内では、空調の低い音と、アンドロイドの押し殺した泣き声だけが聞

こえていた。


   ♢


「追わなくて本当によろしいので?」


「どのみち、私たちの行く場所に彼らも行くんだ。あのおんぼろがまだ動

いたことには驚かされたが、私たちの目的地は変わらない」


 慌ただしくクルー達が事後処理に追われている艦橋で、最高司令官は案

外落ち着き払っていた。


「エネルギーはどれぐらい集まった」


「撃てて一発といったところですかねぇ」


「充分だ。船の針路は変わらずヤポン星。片をつけにいくぞ」


「楽しみですねぇ、もう少しで遂にあなたの作る世界が見られるわけです

か」


「まあお前も消えるがな」


 ハッハーと笑うディル・ザ・ハックを尻目に、キレルはただ後ろへ流れ

ていく星を眺めていた。

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