「ちぇっ、つまんないの。」

のぶくんはテレビを消（け）すとつぶやきました。それから窓（まど）のそばへ行（い）くとカーテンを開（あ）けて外（そと）の様子（ようす）を眺（なが）めました。

「たいふう、しゅごいね。」

サエちゃんも隣（となり）に来（き）て外（そと）を眺（ながめ）めます。庭（にわ）の木（き）がザワザワと揺（ゆ）れて、大（おお）きな音（おと）を立（た）てていました。空（そら）は厚（あつ）い雲（くも）におおわれて昼（ひる）でも薄暗（うすぐらい）い感（かん）じです。

「あ！」

サエちゃんが指（ゆび）さす方（ほう）にどこかから飛（と）んできたスーパーのポリ袋（ぶくろ）が空中（くうちゅう）で踊（おど）っていました。まるで誰（だれ）かが何度（なんど）も袋（ふくろ）を吹（ふ）き上（あ）げて遊（あそ）んでいるみたいな。サエちゃんはそう思（おも）ったのですが、言葉（ことば）に出来（でき）ませんでした。

「お庭（にわ）で遊（あそ）ぶわけにはいかないね。何（なに）して遊（あそ）ぶ？」

のぶくんはちょっとだけお兄（にい）ちゃん風（かぜ）を吹（ふ）かしてサエちゃんに尋（たず）ねました。

「お人形（にんぎょう）さん！」

サエちゃんが言（い）いました。

「う〜ん、じゃあやろうか。」

のぶくんは少（すこし）し不満（ふまん）だったのですが、ここはお兄（にい）ちゃんとして答（こた）えたつもりです。

「やろう、やろう。」

サエちゃんは大喜（おおよろこ）びで子供部屋（こどもべや）へかけていきました。

　サエちゃんのお人形遊（にんぎょうあそ）びというのは、ママに買（か）って貰（もら）うキャラメルのおまけのミニチュアの人形（にんぎょう）や自動車（じどうしゃ）や飛行機（ひこうき）など、とにかく小（ちい）さくて可愛（かわい）いものをあつめていて、それを並（なら）べて勝手（かって）にストーリーを作（つく）っていく遊（あそ）びです。

「ここはね、動物（どうぶつ）のお友（とも）だち。」

サエちゃんは小（ちい）さなぬいぐるみや木製（もくせい）の馬（うま）の置物（おきもの）、それとパパに貰（もらっや）った小（ちい）さな木彫（きぼ）りの熊（くま）さんなどを輪投（わな）げの輪（わ）の中（なか）に並（なら）べていきました。

「こっちは、おうちでしゅ。」

別（べつ）の輪（わ）の中（なか）には冷蔵庫（れいぞうこ）のミニチュアや叔母（おば）さんに貰（もら）った小（ちい）さな人形（にんぎょう）食器（しょっき）のセットを並（なら）べていきます。

「兄（にい）やも並（なら）べて。」

そう言（い）われてのぶくんもおまけのミニオモチャを並（なら）べ始（はじ）めました。

「じゃあ、ここは自動車（じどうしゃ）のガレージ。」

ミニチュアカーを５台（だい）並（なら）べます。隣（となり）にはキャラメルおまけのロボットと戦車（せんしゃ）を並（なら）べて。少（すこ）し離（はな）れたところにはロケットと飛行機（ひこうき）を並（なら）べました。

　しばらくすると、子供部屋（こどもべや）の床（ゆか）には小（ちい）さなオモチャの車（くるま）や動物（どうぶつ）やロボットや椅子（いす）やテレビが何十個（なんじゅっこ）も並（なら）んだのでした。

「じゃあ、今日（きょう）は花火大会（はなびたいかい）の日（ひ）だから、みんなでお弁当（べんとう）を持（も）って見（み）に行（い）きましょうね。」

サエちゃんがそう言（い）うとお弁当（べんとう）作（つく）りが始（はじ）まりました。

「はい、お弁当箱（べんとうばこ）。」

のぶくんが小（ちい）さなタッパのミニチュアを渡（わた）すと、サエちゃんはニコニコ笑（わら）って受（う）け取（と）ります。

　サエちゃんの人形（にんぎょう）遊（あそ）びの主人公（しゅじんこう）はママに貰（もら）った小（ちい）さなこけしです。もともとママが携帯（けいたい）ストラップに使（つか）っていたのですが、金具（かなぐ）が抜（ぬ）け落（お）ちたのを、貰（もら）ったものでした。

　サエちゃんはこのこけし人形（にんぎょう）になりきって、というよりこのこけし人形（にんぎょう）がサエちゃんになりきって、花火（はなび）に出掛（でか）ける準備（じゅんび）をしているのでした。

「花火大会（はなびたいかい）、花火大会（はなびたいかい）。」

サエちゃんの頭（あたま）の中（なか）ではもう大（おお）きな丸（まる）い花火（はなび）がドドーンと打（う）ち上（あ）がっていました。

「よし、戦争（せんそう）だ！」

突然（とつぜん）のぶくんが叫（さけ）ぶと、戦車（せんしゃ）が花火大会（はなびたいかい）のお弁当（べんとう）を蹴散（けち）らしました。

「ミサイル発射（はっしゃ）だ。」

のぶくんはロケットを動物（どうぶつ）たちの頭（あたま）の上（うえ）に投（な）げ込（こ）みました。

「だめ！　せんそうだめ、みんなで花火（はなび）見（み）るの。」

サエちゃんは必死（ひっし）で動物（どうぶつ）たちを守（まも）ります。でも、もうサエちゃんについて行（い）けなくなっていたのぶくんはミニチュアカーを滑（すべ）らせると容赦（ようしゃ）なくこけし人形（にんぎょう）にぶつけました。

「交通事故（こうつうじこ）だあ。」

悲鳴（ひめい）を上（あ）げると、サエちゃんは泣（な）き出（だ）してしまいました。

「兄（にい）やのバカ！」

のぶくんは小（ちい）さなオモチャたちをがさがさっとかき混（ま）ぜると、

「もうやめだ。」

そう言（い）って部屋（へや）を出（で）て行（い）ってしまいました。子供部屋（こどもべや）ではサエちゃんがわんわん泣（な）いています。

「もう、やってられないよ。」

のぶくんはソファに腰掛（こしか）けると天井（てんじょう）を見（み）てひとりでそう言（い）いました。のぶくんは小学校（しょうがっこう）の１年生（ねんせい）です。もう７歳（さい）なんです。背（せ）も随分（ずいぶん）伸（の）びて、ボールを蹴（け）ったりキャッチボールをしたりするのが好（す）きになっていました。