天使と修羅と人間のエンド
痛む。
どの人格が痛む。どの人格が訴えている。
どこが痛む。誰が痛む。誰が痛いと言っている。
彼でも彼女でも少年でも少女でも老人でも若者でも紳士でも騎士でも賢者でも愚者でも天使でも悪魔でも龍でも蜥蜴でも、何でもいい。誰でもいい。
誰。教えて。
どこが痛むの。誰が痛いと言ってるの。誰が苦しんでいるの。
あなたは、どこにいるの?
「ご、ぅ……しゅ……るぁ……」
「心臓部位に核があると思ったのだが、違ったか。しかしそれでも大部分が損傷して、尚意識があるのだな。そこはやはり人形か」
天界より電気信号が送られる。
元々
どうせ後で解剖なり分解なりするだろうに、壊さずに持って帰れと言うのだから面倒臭い。
中途半端に損傷し、行動不能にした程度で止まる代物でもなし。解剖、分解しようと近付いた段階で人格を奪われ、破壊されるのが何故理解出来ないのか。
が、あくまで機能を停止させないという範囲では、だが。
「だれ、が……いた、む……」
「まだ意識があるようだな、
これは
故に、今頭上で浮遊する武具の数々を落としたところで、何の不思議もないと言うのに。
「後、二……いや、三発は打ち込んでおくか」
怒号轟々。
耳障りな咆哮に対して振り返った熾天使へと、満身創痍の
重複者へと向けていた黄金の武装が飛び、剛修羅の体に突き刺さるが、全く止まらない。
舌を打つ熾天使はすぐさま飛躍。周囲に突き刺さっていた刀剣を操作し、後背に隊列を組ませ、総数千を優に超える武具が一斉に刃を向ける。
そして、解き放たれる金色の雨。
それに対して、剛修羅もまた金色を放つ。
焼き尽くされ、滅却。灰燼に帰して行く武具の数々を見て、熾天使は初めて本格的回避行動に出た。大きく後ろに飛び、塵芥同然と化した武具が散って行く様を見下ろされる。
武具を失った事など問題ではない。どのような武具とて、戦場に出ればいつかは壊れる。
だから問題はそこではない。後退させられた。
天界最強戦力たる熾天使が、後退を余儀なくされる程の魔力の放出。それを解き放った目下の死にぞこないが、未だ立っている不思議。
無事なのは、
これで殺せと言われている様で、腹が立った。言われるまでもないと言うのに。
「死に急ぐにも限度があるぞ、俗物」
それだけの魔力を解き放っていた。
千を超える武具が全て、一瞬で破壊されるほどの厖大な魔力。
魔導生物兵器と呼ばれるだけあって、厖大な魔力を体内に宿しているだろうが、それでも全力時の半分は使っただろう。今までの分も考えると、もう倒れていても不思議ではない。
そうでなくとも出血多量で、今にも失血死しそうな体のどこに、そんな力が残っていると言うのか不思議でならない。だから苛立つ。
殺しておかずして払えるものではない。
「“
消してしまおうとして、更に苛立ちを助長される。
すでに出来ないと知っているはずなのに、わざわざ残り僅かの魔力と気力を振り絞り、人格を破壊しようとした人形に。
忌々しき、生物擬きの傀儡が二つ。
上より重ねて、壊すなと命じられるが、熾天使を縛る拘束はない。
上から命じるのではなく、へりくだって強請るか這い蹲って願い乞うのが正解であった。元より短気かつ、地上の生物を俗物と称して嫌う性格が、彼女の苛立ちを促進させる。
聖剣
二つの魔術を最大解放して灰燼残らず滅却してやりたいが、上がさっさと黙らせろとうるさい。そんな連中に対して黙れと返すが、恐れながらもずっと言って来る。
いい加減に黙れとシャットアウトしようとしたが、直前で誰かが通信を傍受、そして妨害。脳内通信に割って入った誰か――
上と同じ命令の催促など聞く耳持たずとしようとした熾天使だったが、少し黙って、完全に沈黙。熟考。展開した二つの術式が熾天使の背中で翼の如く広がり、眩く光輝する。
「死に絶えろ、人間擬きの傀儡共」
咆哮轟々。
残った腕で戦斧を拾い上げ、降り注ぐ閃光に立ち向かう。
雨のように落ちて来る光の散弾を、片腕に担いだ戦斧のみで薙ぎ払い、突貫する剛修羅は高く跳躍。熾天使の前まで迫り、戦斧を振り被る。
が、振り下ろすより前に戦斧が落ちた。
剛修羅の胸座に、先よりも高熱を宿し、太く伸びた光線が突き刺さったからである。
「ぐぉ、ぅ……しゅ……ら……」
降り注ぐ光に撃ち落とされ、膝から落ちた剛修羅は空を仰いだ形で硬直する。倒れもしない、揺らぎもしない。が、反撃どころか動きもしない。
もう戦闘を続行するのは難しいどころか無理と判断されて、熾天使の意識は、絶えず自分の人格に触れていた重複者へと向く。
すでにこちらも意識は朦朧。どの人格が彼女を突き動かしているのか、外見からでは判断など到底出来るはずもない。が、そんな事は熾天使からしてみれば、全く関係のない話だ。
「これで終いだ」
金色投擲。風を切って発射された礼装が、重複者を破壊する――はずだった。
「……貴様」
血が弾ける。蒸発して爆ぜる。
自ら覆い被さる形になって重複者を庇い、背中に十数本の礼装を刺す剛修羅から、雷電と熱が放出される。
「修羅シリーズ。聞いていた以上の生命力だな。しかしもう動けまい。望み通り、このまま串刺しにしてやろう……俗物の願いを聞いてやるんだ、光栄に思え」
射出された武装が戻って、熾天使の後ろで震動する。
魔力が熱を帯び、剛修羅の体を貫通するだけの攻撃力を蓄積させていく中、重複者は血に滴る剛修羅の体に触れて、彼の体の内側でゆっくりと打ち付ける鼓動を感じて、初めて、最後の最後に実感していた。
「あ、ぁ……ごう、修羅……ご、ぅ、修ら……」
こんなにも傷付いて。こんなにも熱くなって。それでも未だ、自分を守ってくれる。
先の一撃で片腕を失った時点で、すでに人格投与の魔法は解除されていたのに、それでも尚、戦い続けてくれた優しい狂戦士。
そして今も、身を挺して護ろうとしてくれている。一緒に、いてくれている。
そうして安心を覚えているのは誰か――自分だ。紛れもない自分自身。重複者という人間ならざる人形が、いつの間にか有していた彼女自身の心の鼓動。
体が痛むのも心が痛むのも、全部、全部自分自身だった。全部、自分の心だった。
最後の最後になって、初めて自分自身を自覚した。
人形の――少女の願いは、最期に叶ったのだ。
「そ、か……こぇ、が……わ、た、し、の……こ、ころ……」
なら、鮮明に理解出来る。自分の望み。今この胸に抱いている、他でもない、自分自身の願望は――
「剛修羅……わ、たし、と……い……しょ、に……」
「さらばだ」
「――!!!」
雷霆招雷。
剛修羅自身を避雷針に雷雲もない空から雷が落ち、剛修羅へと直撃。
流血した体で受け止めた剛修羅の体の内部へと走った雷電は剛修羅の心臓部に到達し、鼓動を十数倍に促進させて血流の速度を速め、剛修羅の体を一挙に熱くする。
発熱限界を達した剛修羅の体を流れる血が沸騰し、体内の酸素を完全燃焼した瞬間、熾天使の投じた武装の数々が剛修羅の体を貫き、体内に入った酸素に引火。
コンマ数秒で熱は雷電と共に広がり、天を衝く火柱を上げる大爆発を起こす。
「……これで文句はあるまいな」
「あぁ、ありがとう熾天使」
煙でやや黒く汚れた体をはたく熾天使に、召喚士は優しい微笑を向ける。
火傷も怪我も一切ない。超が付くほどの大規模爆発の中無傷で脱出して来た熾天使は、少しばかりスッキリした様子で、召喚士の方を向くことなく背を向けた。
「役目は終えた。後は貴様の役目だ」
「わかっているよ」
熾天使はその場から消える。
最後の最後まで、天界の最終兵器たる熾天使を相手に足掻き、彼女のする通りになるまいと足掻き切った二つの――いや、二人の戦士に対して、召喚士は静かに弔いの歌を口ずさむのだった。
*リザルト:
*脱落者:
*脱落者:
*残り参加者:五名*
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