執行猶予

 戦争四日目が閉幕。

 また一名の脱落者なしのまま、五日目の日の出を迎えようとしていた。

 剛修羅ごうしゅら重複者じゅうふくしゃの両名は、先の屍女帝しじょていの暴走によって血生臭い廃墟と化した居住区の一角に、隠れるようにして眠っていた。

 他の参加者を倒しには行かず、地道に玉座を探す方面に切り替えていた二人の、短い休憩。しかし、わずか数分の休息さえ、人形である重複者には必要がなかった。

 疲労も痛みも感じない体に睡眠など必要ないし、何もせずにいるとガラスケースの中に閉じ込められ、人々に鑑賞されていた頃を思い出すから嫌になる。

 怒り、悲しみ、苦しみ。そう言った心の苦痛を癒すため見に来る人々の心を奪い取り、重複者と言う人形は、魔導兵器として完成した。

 良くも悪くも、人形とは飾り物だ。

 一定の場所に置かれ、その後はその場所から人々を見守る存在。一部の国では、守護霊が入り込む仮初の体としているなんて伝統もある。

 子供にとっては常に抱き締めていたり、握って持っていたりと、己の空白を埋めるための相棒ないし、自分の感情を密かに吐き出す相手にしたりと、大事なパートナーだ。

 だからこそ、人形は人以上に人の感情を受ける。

 人の形をした人ならざる物が故に、人は頭の中で思い描く人物を照らし合わせ、その人そのものに対してと変わらぬ感情をぶつけられる。

 憤慨も憐憫も苦悶も焦燥も、人形は人間以上に受け止め、受け入れる。何せ、跳ね除ける術を知らず、そも、跳ね除けると言う事を知らないのだから。

 だから重複者も受け止めた。

 様々な人の心、言葉、概念、思想。

 ありとあらゆる形の人間を見て来たが故に、人形は、自らを人間と定義した。

 あらゆる人の心を受け入れ、呑み込み、反芻し、理解。感受する事が出来る自分が、何故人間ではないのだろう。何故、人間と名乗ってはならないのだろう。

 もしもその原因が、心の有無だと言うのなら、心を吐く言葉の有無と言うのなら、それらを生む人の核――人格を獲得してしまえばいいと考えて、奪い取った。

 だけど、一人だけではその人になってしまう。真の人間に、自分と言う一人格を獲得するためには、より多くの人格を取捨選択する必要があると考えた。

 だから奪い、与え、奪い、与え、奪い、与え、奪い続け、与え続けて、今に至る。

 だが未だ、理想とする人間には遠い。未だ自分は、自分を見て来た人間ではない。どの人間にも当てはまらない異質物体イレギュラー。自分の知る知的生命体からは、自分はまだずっと遠い。

「……あなたには、私はどう見えているのかしら」

 返事はない。

 が、彼は生きている。

 彼の名は剛修羅。生きる事を許されず、戦う事だけを許された者。祖国に対峙する敵を倒し、屠り、殺すことを目的に生み出された生物兵器。

 存在意義、殺す事。

 存在意義、ただ在り続ける事。

 似て非なる――いや、酷似しながらも似つかぬ在り方に、何を感じたのかわからないが、気付けば重複者は、自分を殺しに来たはずの相手に、本来搭載されていないはずの感情と言う機能を与え、結果、彼と共に行動する事に成功した。

 ただ、無我夢中で抛ったのでどんな人格を与えたのか憶えていないし、そもそもそんなまともな人格など持っていなかったから、自分を常に肩に乗せるか胡坐を掻く脚の上に乗せるかして護るなんて思ってもみなかった。

 最初は上手くいったと彼を利用する気でしかなかったが、自分を大切にしてくれるとなると、返ってそんなぞんざいな扱いが出来なくなってしまった。

 皮肉かな、未だ人形であるが故かもしれない。

 人形は想いを籠めて接し続けると魂が宿ると言い伝えられるが、それはどちらかと言うと怪談じみていたりして、あまり良い意味合いでは聞かれない。

 呪いの人形だの怨念を封じた仮の棺だの、仰々しい呼び方で怖がらせるものばかりだ。が、逆にそれだけの想いが籠められて重宝されていたりしたら、福の神にでもなって守ってやろうとさえ思える。

 だから、離れられない。離れたくない。離れて欲しくない。

 そんな訴えを言葉にした覚えはないのに、誰であろうと戦う宿命を与えられているはずの剛修羅は、自分の事を襲わない。

 自分より小さな相手を見つければ、同族だろうと喰い殺す虫が如く殺そうとしない。

 その事が嬉しく、彼の温もりが恋しくなって来た頃、啓示は告げられた。

「……来たのね」

 臨戦態勢まで一秒も掛けない。

 元より生きている事こそ戦いそのものであった剛修羅にとって、難しい事ではない。

 が、本来の生物ならあり得ない速度で反応するから、敵は驚くはずだった。が、相手もまた驚くどころか、一切動じる素振りが無い。相手もまた、元より戦うために生まれたような怪物。

「祈りは済ませたか? 首は綺麗にしているだろうな」

 玉座いす取り戦争ゲームは、毎度その時の地上における害悪の中でも優先的に排除したい穢れが選ばれる。

 しかし逆を言えば、それはその時に選ばれた最強達の集いでもある訳で――

「来い、修羅シリーズ。祈る神あらば捧げる祝詞を忘れるなよ?」

 地上における最強の生物兵器と、天界より投じられた空の最強戦力が、ぶつかる。

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