逃れられぬ戦い

 奉納しょくじは終わった。

 捧げ物がない以上、社に居座っていても仕方ない。また物が捧げられ、貢がれるのを待つばかりでは時間の浪費でしかない。

 故にもう繰り出したいのだが、仮にも神とされる社にて、不信心にも謁見を申し出た女がいる。自分もまた、人助けの礼にと貪り喰らっておきながら、話したいなどと宣う無神論者がいると言う。

 教祖や教皇がベラベラと言葉を並べ、ようやく伝えられる説法も説教も、神にとっては一挙手一投足――立ち居振る舞いそのもの。わざわざ言葉にする必要性すらないと言うのに。

 しかし捨てまい。

 不遜と捨てるは容易い。不敬と断じるには容易い。しかしそれは無力な下界の者達の行いならば、神は掬い取り、拾い上げるのだ。

 故に神は神として崇められ、神の遣いもまた、崇められる神々に最も近しい存在として、尊敬されているのだから。

「などと、召喚士あれが言いそうだからな。仕方あるまい」

 召喚士しょうかんしなど怖くはないが、力ではなく言葉で太刀打ち出来ないのが癪だ。いい加減、向こうの方が利口で口が立つと言う印象が強い事に、腹が立ってきた。

 ここらでも出来る事を見せておかないと、いつまで経っても優位に立てない。

 上位に立つなら上位の振る舞いを――などと、二度と言わせまいと自制している自分を、後の熾天使してんしは子供だったと語っている。

 今の自分ならそんなことなど考えず、食事の間待ち続けていた彼女に武器を投射していたと。

 しかし同時に、熾天使にとってこの会談が人生の転機であり、地上の俗物における唯一の例外たる友が生まれた時だったとも語っていた。

「して、私と話とは?」

 堂々としていた。

 戦力差は明白。不意打ちなどされたら、ひとたまりもなく散るだろうに。彼女は一切臆すことなく、真正面に座っていた。

 長いテーブル故距離もあったが、熾天使の攻撃に距離など関係ない。目の前で胸座を掴める位置にいるのと変わりなく、対面も対峙も大差はない。

 彼女自身、一度ならず二度も相対していれば理解出来ているはずだった。

 銃天使じゅうてんしと組んでいたのだから猶更、熾天使という女の危険性を聞かされているはずだった。

 なのに彼女は堂々と座っていた。腰も、肝も、深々と。

 世間知らず故か。それとも元々持っている度量の深さか。いずれにせよ、このときの熾天使の機嫌を逆撫でたのは、言うまでもない。

「私と何を話したい、俗物」

「この大戦を含め、過去七回に行われて来た大戦が、地上の穢れを祓う掃討作戦であることについて」

 銃天使から聞いたのか……と言うかまず、知っていたのだなは。引き金を引くしか能の無い畜生に成り下がったのかと思っていたが、まだ働く頭はあったらしい。

「訊いてどうする。私にとって、地上は穢れの温床だ。地上にあるのは天に背くか、天を仰ぐしか能の無い家畜同然の俗物共の住処。そこには、災禍になり得る穢れもあろう。無垢なままに殺戮する術もあろう。故に駆逐する。我々が貴様らのため、選りすぐった災禍たる俗物を集結させ、殺し合いの場を設け、ぶつけさせてやっているのだ。貴様に咎があろうとなかろうと、私にとっては何の興味もない話である」

「ですが、……? 穢れを払拭するため行われているという、大戦のルールそのものが」

 過去にもいたらしい。

 大戦のルールと天界の思惑とを両方知った参加者の中に、矛盾を感じた者が。

 何を矛盾に感じるのか、熾天使には理解しかねる。

 問うて何になると言うのだ。問うたところで、また答えを得たところで、やる事に変わりなく、大戦から逃れる術もないと言うのに。

「期間は無期限。殺し合いを強いる必要性はなく、ただ玉座を見つけて最初に座った人の勝ちなら、誰も殺さぬまま戦闘を回避し続け、玉座を探し続ければいい。万能の玉座が手に入るなら、その方が安全です。このようなあからさまな生還ルートを残しておきながら、大戦に参加した参加者が誰も戻って来ていないのは、何故ですか」

「……決まっている。

「そんな、何故……」

「あり得ぬ、と? それこそあり得ぬ。言ったはずだ。この大戦の参加者に選ばれる者はすべて、地上にとって最大の穢れだと。その時代、そのときにおける一位から八位までの穢れと、それらを駆逐せんと投入される天界からの刺客。戦いが起きぬはずがない。魔術の上位、魔法に値する奇跡で以て万能の権限を得られるとならば、戦争たたかいが起きぬはずがない。支配領土なぞ求めて争う地上の俗物が、争わぬわけがない」

 異論も反論も赦さないし、認めない。何より、出来ないはずだ。

 いくら箱入り――いや、檻に詰められていた少女とて知っていよう。

 地上で繰り返されて来た、栄光の裏にある負の歴史と連鎖。強者かつ勝者こそが正義となれる世界の矛盾。子供でもわかる不条理と理不尽。

 それらの元凶たる人物ばかりを集わせたのなら、起こり得る必然。

 そこに万能の玉座があり、手っ取り早く得られる手段として他者の命が求められているのなら、戦いは起こるべくして起こるだろう。

 例えそうでなくとも、天界からの刺客が送られている以上、必要最低限の戦い――殲滅が行われる。そこに拒絶と抵抗が発生すれば、そこにまた戦いが生まれる。

 故に白雪姫の言うルートが実行に移されることはなく、戦いは避けて通られる事なく繰り広げられて来た。

第八次大戦こんかいも例外ではない。貴様を含めた危険因子が、世界中から集められている。すでに一人、私が殺した。否が応でも戦いは起こる。それが玉座――地位を巡る戦いだ。貴様のように気付いた者も、この因果からは逃れられなかった。故に貴様も逃れる事は叶わぬ。それが必定だ」

――玉座いす取り戦争ゲーム参加者らに接ぐ! 繰り返す! 玉座いす取り戦争ゲーム参加者らに接ぐ!――

「そら、貴様から向かわずとも、戦いの方からやって来る。これが戦争だ」

――僕は天界の裁定者さいていしゃ! この戦いの裁定を司る者! この念は、現在生存している全参加者へと送っている! 悪いけど遮断はさせない! 心して聞いて欲しい!

 随分と切迫している様子だ。送り主がかなり危機感を感じているのはもちろん、現在進行形で走っていることまで伝わってくる。

 場所の特定から、相手の脳に直接語り掛ける念話魔術テレパスの鮮明度まで、ただの通信だけで露呈してしまう魔術の才。

 それだけの人がならす警鐘に、白雪姫しらゆきひめは唾を呑む。

――現在、海上都市国家中央廃棄場から! 大量の死屍の群れが出現中! 三〇分後には地上に出る! 海上都市全体に大規模な被害が予想され、玉座も無事とは言い切れない! よって全参加者に、この事態の終結! 基、元凶である屍女帝しじょていの排除を要請する! 応じてくれた参加者、及び功績を上げた参加者には玉座に関する情報を渡す!――

「聞いただろう。戦いは避けられぬ。貴様がこの国の民のため奮起すれば、また戦いが起こる。正義だろうと悪事だろうと、どのような理由であれ起こって然るべきが戦いだ。避ける道などない」

「……私も、そのために呼ばれたと」

「この戦いの目的は地上の浄化。穢れを祓うために行われるのであれば、穢れを祓うに最適な人物さえも、この戦いに選ばれる。誰を倒せる可能性が見出されたのかは知らないが、十一年間檻の中にいただけの貴様が呼ばれたのはそのためだろう。天界の期待に応えるか背くか、俗物らしく、好きに選ぶがいい」

「だったら――!」

 片翼を広げた銃天使が、風と共に舞い降りる。

 中央廃棄場の真上に位置する地上が見下ろせる建物の上に降り立って、裁定者の言う緊急事態に備えていた。

 皆の注意が向いている最中に玉座探索、という手もなくはなかったが、救いの神の遣いとされている界人かいとと重ねられている天使が、救わずして逃げると言うのは何となく出来なくて、何より標的がいるとわかっているなら、それを倒した方が速い。

 あわよくば、これから来るだろう熾天使を背後から仕留められればいいのだが、それはかなり難しそうだ。

「来たか」

 廃棄場へと繋がる廃棄口から、大量のゴミで体を繋げた首なし兵らが這い出て来る。

 最初の一体に繋がって次々と出て来るので、もはや原型がわからない。湯水の如く現れる屍の軍勢が廃棄口を破壊して広げ、間欠泉の如く溢れ出て来る。

 腐敗が進んだゴミと死体の臭いが鋭く鼻を突き、周囲の人々は吐き気を催す。

 銃天使さえ顔をしかめる中、唯一平然とした様子で屍の集団を先行させ、従える女の姿を、銃天使は捉えた。

「来たか……」

「貴様か。その片方だけ残った翼も、斬り落としてくれようか」

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