信じてる奴は救いたい

 第八次大戦における九人の参加者の中で、実力を差し引いて最も知名度があった重複者じゅうふくしゃの能力“私はあなたであなたは誰マリー・アントワネット”は、他の参加者から脅威、もしくは利用価値の高い代物として見られていた。

 相手の個性、人格を掌握、破壊、強奪し、自身の中で分解、構築。特定の人物に付与、交換することができるという何とも万能、かつ特殊な能力を持った魔導生物兵器。

 利用できればこれ以上なく強力な力はないが、リスクの方が大きい。ハイリターンを狙うにしたって、ハイリスク過ぎる。

 この場合、味方に付けるなど下手に欲を出して失敗するよりも、最初から処理するつもりで対処していた方が効率としてはいいと考える。

 普通ならばそうだ。

 そもそもこの戦争は最後の一人が自動的に勝者となる仕組みではあるものの、最初からそれを目的に戦う必要はない。

 最初に玉座を見つけ、座った者の勝ち、というルールだ。

 つまりわざわざ危険に飛び込まずとも、危険を避けながら玉座を見つけて座ってしまえばその時点で終わり。故に開始から一日と経たずに終わらせることだって、できなくはない。

 だが広大な戦場からたった一つの玉座を見つけ出すことは困難で、何より参加者を殺せば一定時間、玉座の位置が探知できるようになるというルールが、参加者同士を引き合わせる。

 魔導生物兵器も参加者として数えられている以上、無視するのも難しい。この戦いでの一番の肝は彼女であると、銃天使じゅうてんしは睨んでいた。

 魔力探知など得手ではないが、何やら彼女を中心に戦局が動きつつあることは、ビル屋上から見下ろしていてなんとなく察することができる。

 そしてこの三日間、彼女が無傷でいられた理由もようやく理解できたが、まさか同じ魔導生物兵器たる狂戦士を引き連れて――正確には肩に乗っているとは思わなかった。

 あれもすでに人格を破壊されているのかと思うと、ゾッとして仕方ない。まぁ元々が文字通りの狂戦士。理性を失っているので、人格が破壊されているなど理解できてないかもしれないが。

「に、しても剛修羅ごうしゅらと来たか……よりにもよって、また厄介な」

 まぁ、熾天使してんしを従えられるよりはずっといいが――というか、そもそもあれにそんな催眠のような魔術が通じるはずもなさそうだが――にしても、本当に厄介な奴を味方につけたものだ。

 精神うちがわを人形が、肉体そとがわを狂戦士が破壊する。

 なんとも凶悪かつ厄介な組み合わせが生まれたものだ。

 九人全員を未だ把握し切れているわけではないが、それでも概ね把握できている現状で考えて、最悪の組み合わせと言っていい。

 最強が熾天使という考えは変わらないが、性格上、彼女が誰かと組むだなんて考えられない。

 組み合わせという前提条件を込みで考えるなら、真っ先に浮かんだ最悪にして最強の組み合わせは、この二人以外になかった。

 無論、だからといって、自身の行動方針が変わることはない。

 最強最悪のタッグの相手は他の面子――あいつに任せて、自分はを相手にする。

 銃天使が見上げると、さも当然の如く、最強の天使は銃天使が陣取るより高いビルの屋上の手摺より、銃天使を見下ろしていた。

「また逃げる気ではあるまいな」

「さぁな。作戦次第じゃあ、戦略的撤退もあり得るかもだ」

「天使としての恥も知らぬ愚か者め……地上の俗物と同じく、五臓六腑から二百の骨まで、土にしてやろうか」

 銃天使と別行動を取っていた白雪姫しらゆきひめは、施錠されていた工場の裏口、閉め切られていたシャッターを溶かして、工場内に潜入していた。

 人けも魔力も感知できないものの、魔力感知、探知系統の能力や魔術をすり抜ける術を持っている人がいないとも言い切れないため、気を配りながら進んでいく。

 元々製鉄所か何かようだが、今は稼働していないらしい。巨大な機械に被った埃の量が、動かなかった時間の長さを物語っている。

 だがその長い時間、動かされていなかっただろう機械に積もった埃に比べて、床に埃はあまりない。

 長い監禁生活を送っていた白雪姫だからわかることだが、これは人通りの多い証拠だ。それもかなり多くの人が、なんならつい昨日の晩にでも通ったと思われる。

 となれば、ここが何かしらの取引現場。もしくはそこへ繋がる通路か何かのある場所と見て良さそうだが。

「……こっち、かな」

 埃が比較的少ない方へと歩いて、向かった先は行き止まり――であるはずもなく、壁を溶かしてみれば見るからに怪しい、文字通りの隠し通路。

 いくらか防御結界が張られていたようだが、白雪姫に魔術を教えた宮廷魔術師ならば、稚拙だ幼稚だと辛口の評価をしていたことだろう。

 実際、白雪姫自身もあっけないと思うほど簡単に、解術出来てしまった。

 魔術に関してはあまり知識がないのか。その分、通路を隠すのに随分と凝った偽装がされていた。さすがに埃にまでは気が回らなかったようだが、普通は気付かれることなどなかっただろう。

「“白日の下に晒すオ・ンリ・デニ・パァルヘィ”」

 地に手を付け、冷気を発す。

 発した冷気の流れから、人数からその先の構造を把握するための魔術――なのだが、この魔術に関しては不完全で、習得したとは言い難かった。

 この魔術に本来、構えは必要ないのだが、白雪姫は手を地面に付かなければできず、冷気の流れから地形や建物の構造まで把握できるはずが、白雪姫にはそれができない。

 出来るのは、生物の位置と数。熱源から、魔力量を計ることができるくらい。

 それでも充分有用性に長けた魔術であるものの、本来の性能を知っているだけあって、これでいいやなどと、妥協することはできなかった。

 だがそれでも、人数と魔術師の有無はわかる。

「結構いますね……でも、やっぱり魔術師の数は半分以下、か……」

 想定していた通り――とは言い切れない。

 確かにそこまで魔術師が多いようには考えていなかったが、そもそもの規模が想定を遥かに超えている。

 一体この奥で何が行われているのか。なんにしても飛び込むしかないのだが、とにかく不安である。だって見るからに――見る必要もなく怪しいではないか。

 が、やはり勇気を持って飛び込むしかない。ここで駄々を捏ねたところで仕方ない。

 銃天使に任されたからには、銃天使に任せてしまったからには、自分の役割はきちんと果たさなければ。

 王族として誰の期待に応えることもできなかった自分が、誰かの期待に、要望に応えられるのだから。

――俺が行けば、熾天使が追ってくる可能性が捨てきれない。来るとは思わないが……まぁ、念のため、俺は奴を誘き寄せるために別行動を取る。その間に、この見るまでもなく怪しい連中を調べてくれるか

 熾天使を倒すために組んだが、この国に何か脅威になるものが蔓延っているとあれば放ってはおけない。そんな我儘を、彼は同行しないという形で協力してくれた。

 今回は調査だけに治め、内情を把握し次第、共に乗り込んでくれるとも約束してくれたし、口約束だけでは不安だろと、盟約に等しい契約印まで刻んでくれた。

 約束を破れば、寿命の七割を蝕むとされる呪詛の類だ。これだけの物を刻んでくれるのだから、信頼できる。

「よし……!」

 白雪姫が一人、怪しげな地下施設へと潜ったとき、海上都市上空では熾烈な戦いによって生じた衝撃が、熱風を伴って爆ぜていた。

 片翼を失った銃天使は充分な飛行が出来ず、比較的背の高い建物の屋上に飛び乗って、上空から襲い掛かる熾天使の攻撃を的確に弾く、または撃ち落としていた。

 丁度今の銃撃で爆散した刀剣の欠片が、結晶の如く煌めきながら降ってくる。

 煙が晴れると、上空で腕を組んで浮遊する熾天使の苛ついた顔が見上げられた。

「随分とご機嫌斜めじゃねぇか。今のところ、戦略的撤退の姿勢もなく相対してるつもりだが……何が気に食わない」

「その腕の魔術刻印は、確か契約印とかいうものだったか」

 腕の契約印を見て、こちらが誰かと組んでいると察したか。

 要は元とはいえ、天使が地上の魔術師と手を組んだことが気に入らないようだが――

「あぁ、これか。? それがどうした」

 と、銃天使は当然とばかりに腕の契約印を掻き消した。

 本来刻む際に交わした契約を果たさぬ限り、術者であろうと掻き消すことはできない。それが掻き消せる時点で、その契約印が偽物である証拠。

 だがそれを見ても、熾天使の機嫌は良くなるどころかますます悪化して、雷電をまとう魔剣を二本、同時に射出してきた。

 早撃ちで逃すことなく撃ち落とすものの、破片が周囲を舞って取り囲み、破片同士が雷電で繋がって銃天使を閉じ込める網を作り上げる。

 そこに自らも颶風をまとう槍が風を切って発射され、建物を縦に貫通する勢いで衝突。黒煙を上げて爆ぜた。

 が、これもまた当然に銃天使は撃ち落としており、爆発によって雷電の網を形成していた魔剣の破片をも、同時に機能が停止するまでに木っ端微塵に粉砕していた。

 直後、赤い閃光を尾に引く流星の如く、連射された銃弾が熾天使へと駆ける。

 しかし熾天使は自分にも出来ると言いたげに剣や槍、戦斧を繰り出したかと思えば、迫り来る銃弾を悉く粉砕して見せた。

 彼女を取り囲む形で高速回転し続ける武器の一つ一つが、いつでも斬りかかるとばかりに威圧的に刃を見せる。それらを操る熾天使の猛禽類が如き眼光も合わせ、初見の相手はこの姿に戦慄し、言葉さえ失うことだろう。

「偽物ならば、猶更不快だ。契約印が偽物ならば貴様、

「おまえが俺より上にいるからだろ」

「だとしても、片翼のおまえが今、空中戦を挑む理由も利点もなかろう。障害物がない以上、可動域の広い私が有利なのは明白。それがわからん貴様ではないはずだ。それでも貴様がこうして空中戦を挑む理由は……その嘘であるはずの契約印の契約を、果たそうとしているからか」

 失笑。鼻で笑う。

 徐々に笑い方は大きくなっていって、肩が揺れたかと思えば、銃天使は大口を開けて笑い出した。その口に風穴を開けんと放たれた槍を寸でのところで捕まえ、握り砕くときでさえ、上がった口角は下がらない。

「なんだ、蔑んでおきながらよくわかってるじゃねぇか。俺のことをよ」

「――」

 熾天使は反論しない。

 反論の言葉が見つからなかった。

 元々弁舌を得意分野と思ってもなかったが、このときほど言い返せないのが悔しかったことはなく、歯を食いしばった瞬間もなかった。

「嬉しいぜ。今は軽蔑されてるだろうが、それでも仲間だと思ってくれてた時期があったんだと思うとな。要は信頼してくれてたわけだ。だからだよ」

「何?」

「神様信じて何もしねぇって奴ぁ、ただの他力本願さ。救いようもねぇ。だがまぁ、この戦いで初めて会って、後々殺し合わなきゃならねぇ相手に、口約束でも任せましたなんて言われて、向こうも頑張ってくれてるんじゃあ、救いたくなるってもんさ」

「神にでもなったつもりか、俗物紛いの堕天使が……!」

「神様になったつもりはねぇよ。だから命がけで戦ってるんだ。まぁ、だからって寿命削る呪詛まで掛けてやる筋合いはねぇんで、戦略的撤退もあり得るって話なわけだが……信じて託されて、向こうは向こうで頑張ってると、救いたくなるもんなんだぜ、熾天使様よ」

 熾天使の操る聖剣の隊列が、さながら戦乙女の降臨の如く、神々しき眩さをまとって青空に顕現した。

 聖なる刃が、堕天した天使目掛けて鋭く光る。

 対抗すべく天使が向けた銃口もまた、獣が咆哮するが如く、大口を開けて唸り始めた。

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