朝日は昇って命は潰える

 港の戦線から、ほぼ丸一日が経過しようとしている。つまりは戦争が三日目に突入しつつあるということだ。水平線から昇る朝日で色づく空が、白み始めている。

 あれ以来参加者らは身を顰め、小賢しくも策を練り始めたようだ。だが当然と言えば当然。

 一人は予備動作なしで断頭の刃とそれによって首を失った者を操る魔女。

 一人は炎と氷を自在に変化させる魔術を駆使し、数年間監禁されていた事実を感じさせないほどの才能を見せる王女。

 一人は研鑽された技術も持てあますほどの才能も嘲笑うほどの圧倒的魔力と質量を持った、もはや破壊の化身どころか破壊そのものですらある天使。

 そして、それに対抗しうる力を持った海神を名乗る弓使いの女。

 どれもこれも化け物じみた女ばかり。

 無論、拳銃を使う天使も負けず劣らずの戦士だ。化け物じみた強さだ。

 ただ強運だけが取り柄の男など、一瞬で粉微塵にされることだろう。まぁ、元々前線に出るつもりなどない。自分は高みの見物を決め込むだけだ。

 何故なら俺は、その名の通り強運者きょううんしゃ

 流れ弾が当たることはなく。誰かに見つかることもなく。誰にも狙われることはない。

 故に殺されることはなく、大気のように海のように当然の如く俺はある。故に誰も傷付けようなどと考えず、敵対しようなどと考えもしない。

 ただ当たり前のように、この体はあらゆる障害を跳ね除けるなんてこともせず、ただ通り抜けていく。

 強運も過ぎれば、もはや運命と奇跡すらもこの掌の上。世界そのものと同化していると言っても過言ではない。なんの技術も研鑽もなく、ただ運がいいというだけで三日目を生きようとしている強運者は、もはや自分が生き抜くことを確信していた。

 今日の夕刻、天界からの使者が各団体より賭け金を集めに来る。

 ここまで何もしていない男に賭ける奴などいないだろうが、それ故に震撼することだろう。戦いもせず、いつの間にか自分が玉座に座っていたとき、この勝負は誰も勝てぬままに自分だけが一人勝ちして逃げるのだ。

 国一つの金を祖国に持って帰れば、自分の家族は孫子の代――いや、玉座を手に入れれば未来永劫、一族は財政難になることなどないだろう。むしろ財源を元手に王座にまで就けるかもしれない。

 重畳。この上なく重畳。

 重ねた畳の上で胡坐を掻くどころか、王座と玉座の二つの上で脚を組む。

 研鑽を重ねた者でもなく、才能に恵まれた者でもなく、ただ運がいいだけの男が上に立つ。これ以上の屈辱が、下剋上があるだろうか。

 努力も才能も研鑽も、すべてがただの運。奇跡に匹敵する強運に屈する。これ以上ないエンターテインメントではないか。

 この強運を以てすれば、犬も歩けば棒に当たる感覚で玉座に辿り着ける。

「さて、じゃあ皆さんが熱く激しくやってる間に、一人勝ちさせてもらいましょうか――」

 一息。残りの一言を漏らしかけた瞬間に、強運者の体が縦半分に真っ二つにされる。

 強運者を両断した巨大な戦斧は宙に浮くと回転して刃についた血を払い、宙に浮く熾天使してんしの下へ戻っていった。

「戦いもせず漁夫の利を狙う俗物なぞ、もはや相まみえる価値もない。ましてやその程度の器で我を見下ろす位置から高みの見物などと、万死に値する不敬である。名など聞くだけ無駄。殺されて当然。故に抵抗なく受け入れよ、俗物め」

 熾天使に玉座の情報が入って来る。

 だが未だ銃天使じゅうてんしを殺す目的ノルマは達成できておらず、玉座に座る者達からはなるだけおまえが玉座に座ることはないよう、と言いつけられている。

 運よく玉座に座れただけの、元は地上の俗物でしかない生物に命令されるのは癪だが、彼らの言い分にも一理はある。これで全員を殺してしまって玉座に就こうものなら、またやり直しだ。

 時間の無駄。そんなに手間をかけてまで、俗物同士の醜い争いを見たいわけではない。

 故に熾天使は玉座の情報を手に入れながら情報も死体も完全に放置したまま、次に起こる戦線に向けて魔力を溜めるべく、飛び去って行った。

 以上の経緯を以て、絶対的強運の持ち主であった強運者は立ち続けていたフラグのすべてを回収して脱落した。

 ただし彼は死んでも変わらず強運であった。彼は死ぬ直前まで、また死んだそのときでさえ、一瞬の痛みも感じることなく死ねた。

 彼は結局、死ぬまでどころか死ぬ時でさえも強運で、彼自身死んだことに気付くことなく死ねたのだから、一切の苦しみなく逝けたことは、紛れもない強運だった。


*リザルト:戦争ゲーム三日目*

*脱落者:強運者/脱落理由、殺害*

*残り参加者:八名*

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