狂気入り乱れる戦場

戦争二日目

 朝日が昇る。

 戦争二日目の朝が来る。

 白雪姫しらゆきひめ銃天使じゅうてんし屍女帝しじょてい強運者きょううんしゃ剛修羅ごうしゅら重複者じゅうふくしゃ熾天使してんし龍巫女りゅうみこ絶対悪ぜったいあく

 九人の参加者は未だ、誰も脱落していない。

 しかし第七次までの戦いを見ても、初日から誰かが脱落したことはほとんどないことから、定番の展開と言えるだろう。

 このまま定番通りの展開と行くのなら、この二日目及び三日目が一つ目の山場か。

 大抵、参加者は一日目で戦場の内容を把握する。

 二日目に戦いの準備をして、三日目に仕掛ける、というのが定番だ。

 無論、全員が全員そうするわけではない。

 一日目から戦いの準備をする者もいるし、仕掛けるものすらいる。

 そういう意味では、今回は一日目にして昼夜を通し、三つもの戦いが起きていたから、なかなかのハイペースで進んでいるのかもしれない。

 確かに誰もが戦場の環境を生かすのではなく、戦場の環境そのものを故意に作り替えることのできる猛者ばかりで、様子見という選択肢はよくないのかもしれないが、それにしたってペースが速い。

 故に裁定者役の召喚士しょうかんしは、この二日以内に何か起こると踏んでいた。

 そのため一層の警戒状態を両天使りょうてんしにさせ、自身もまた三神王都さがみおうと全体に視野を配っていた。

 それらの読みがあったからこそ、彼が一番に彼を見つけることができた。

 彼は港の倉庫内で陣取っていた。大量の魔力を垂れ流し、明らかに敵に自分の位置を教えて誘っている。

 彼――銃天使は逃げも隠れもしないと言った様子で、堂々と待ち構えていた。

「狙いは熾天使かな。さすがに、なんの準備もなく待ち構えているはずはないと――」

 次の瞬間、映像が途切れる。

 すぐさま別の場所に映像が切り替わるが、その後何度試みても銃天使のいる港の映像を見ることはできなかった。

 映像を送る魔力水晶を破壊されたらしい。

 水晶ごしの視線にまで気付くとはさすがの一言だが、召喚士の知る限りでは銃天使はそこまで相手の視線を気にするようなタイプではない。

 相当に気が立っているのか、秘策か何かのための仕込みを見られたくないのか、とにかく銃天使がここで最低でも一人、撃ち取ろうとしているのは確実だ。

 彼が他人を巻き込んでまで、勝利に執着するような奴でないことは知っているが、しかし裁定者として監視役を務めないのはいけない。

 彼が不正をしないとしても、彼の狙う敵が不正をしないとも限らないわけで、もしものことがあれば監督不行き届きでこちらのミスだ。そんな恥ずかしい真似はできない。

「やれやれ仕方ないな。両天使、聞こえるかい?」

「……はい、聞こえます召喚士様」

 返事が一拍遅れたのは、他愛たあいの相手をしていたからだろう。

 他愛の目を盗んで一人、白雪姫と屍女帝が戦いを繰り広げたビルを覆う氷の彫像の上に座る召喚士は、そう察して責めることはしない。

 何故ならこれから、彼女が自分よりも上になるからである。

「両天使。これから西の港に向かってくれ。銃天使が何やら仕掛けようとしている。そこに行って、戦いを見届けて来て欲しい」

『かしこまりました』

「うん。それでなんだけれど、一度僕の裁定者権限を貸してあげるから、もしも戦いの最中に存在がバレたら、自分が裁定者だと名乗って欲しいんだ」

『そんなことが可能なのですか?』

「普通は無理さ。でも君には、あの魔術があるだろう?」

『かしこまり――ました」

 最後の三音を、両天使は召喚士のすぐ隣で告げる。

 召喚士から連絡が入ってすぐに飛んで来たのだ。

 三対六枚の翼を広げ、眩い光輝を放つ。

 両手にその光をまとって、両天使は静かに言霊を乗せて、魔術を謳う。

「傾け、天秤リブラ。私を上位に、召喚士様を下位に……権限譲渡」

 見た目に変化はない。

 だが両天使は魔術の成功を確かめる。

 体の中に自身のと、たった今流れ込んできた別の魔力を感知したことで、裁定者限定特権である魔術が譲渡されたことを確認した。

 自身を上位の存在に持ち上げ、召喚士を自らよりも下位の存在に落としたことで、権限譲渡の条件をクリアする。召喚士の目論見通りの結果だった。

 もっとも今まで、裁定者の権限を戦争の途中で譲渡したことなどないので、裁定者よりも上位の存在ならば譲渡が可能というのは、空論の域を出ない仮説でしかなかったのだが。

「裁定者権限を預かりました、召喚士様。早速、港の戦線を確認して参ります」

 翼を広げ、颯爽と飛翔。

 翼から魔力の粒子を撒き散らして、光の軌道を描きながら羽ばたいていった。

「……舞い上がってるね」

 感情は与えたはずだが、無表情が染み込んでいるのか一切表に感情を出さない彼女。

 しかし自身の隣から飛び上がって港へと飛んでいく今の一連動作の中に、大役と言って過言ではない仕事を任された喜びをまとう彼女の姿を見た。

 理由は何であれ、彼女が喜んでいるところを見るのは召喚士も嬉しく思える。

 都合だけで無理矢理感情を呼び覚ましたことで、彼女にとてつもない負担ばかりかかるのではないかと心配していたのだが、今のところは問題なさそうだ。

 眩い朝日が体に沁みる。

 若干の懸念が拭えた今、温かな陽光と冷たい風が、少しばかり気持ちよく感じられるのは、きっと気のせいなのだろうけれど、しかし気持ちいいから問題にすべきではない。

 これからまた新たな問題と対面しなければならないのだから、今この一時いっときだけは、それを忘れていいだろう。

 五秒、と決めた。

 五秒間だけ懸念している一切の悩みを忘れ、朝日に見入る時間を自らに設ける。

 そして五秒が経ってすぐ、役目に戻る。

 裁定者の役を一時的に両天使に預けたのは、彼自身にも役目があるからだ。

 銃天使がいくら誘っても動かず、他の参加者の出方を窺おうとしている参加者。それの下へ向かう。

 そのための仕込みと準備はすでに済ませた。

「さぁ、行こうか」

 自身の背を自ら押すような形で、氷の彫像から身を落とす。

 肩で空を切り、地上へと落ちていく召喚士の体は、ビルとビルの隙間に生える影の中に溶けるように消えて、一切の魔術の気配なく消え去った。

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