開業医の奇妙な夏

ハヤブサ

第1話

 ある夏の日の夜、激しい雨が降っていた。

 降りしきる雨の中、短い髪の少女が長い髪の少女に肩を貸しながら歩いていた。

 少女達の体には無数の痣があり、長い髪の少女は歩けない程意識が朦朧としていた。

 歩き続けると、花咲医院と書かれた建物に辿り着いた。

「よかった……ここなら詩穂を治せる」

 短い髪の少女は、緊張の糸が切れるかのように長い髪の少女もろとも倒れた。

 夜が明けると長い髪の少女が目を覚ました。

 長い髪の少女には、額や手足に包帯が巻かれていた。

 辺りを見渡すと包帯を巻かれた短い髪の少女が目に入った。

 短い髪の少女には、機械が繋がれていた。

 不意にドアをノックする音が聞こえた。すると病室に白衣を着た目付きの鋭い男性が入ってきた。

「目は覚めたみたいだな」

「ここは……?」

 長い髪の少女は、身構えながら訊いた。

「ここは、俺が院長をしている花咲医院だ」

「病院?」

「ああ、昨日の夜そいつが必死になってここまで連れてきたんだ」

「……詩穂が?」

 長い髪の少女は驚いた顔で呟いた。

「後でお礼言っとけよ」

「はい、えっと……」

花咲雄樹はなさきゆうきだ」

 雄樹は、長い髪の少女が寝ているベッドの隣の椅子に座りながら言った。

「私は倉西沙織くらにしさおり、峰ヶ原高校の一年です。そしてあの娘が小森詩穂こもりしほ、同い年で同じ高校に通っています」

 沙織と名乗る少女は、詩穂と呼んだ眠っている少女を見て言った。

「早速だが、診察を始めるから手出せ」

 雄樹は沙織の診察を始めた。

「あの、詩穂は大丈夫なんですか?」

「容態は安定しているが、今も予断を許さない状態だ」

「そうですか……」

 雄樹の話を聞いて、沙織は心配そうにする。

「あいつとはいつからの付き合いなんだ?」

「詩穂とは幼稚園からの幼なじみで、一緒に遊びに行ったりもました。ですが三年前、私と詩穂の家族で出掛けた旅行先で事故に遭い、私は母を詩穂は両親を亡くしました……」

 沙織は悲しいそうに話す。

「元々身寄りの少なかった詩穂は一人になってしまい、今は私と一緒に暮らしています」

「大変そうだな……」

「詩穂と暮らすのはそれほど苦ではありません、ですが母の死んだ日から父が変わってしまい暴力を振るうようになってしまいました。それも詩穂にだけに……」

 話が進むにつれ、沙織の苦しそうになる。

「内出血している箇所が多いが、骨折の心配は無さそうだな、今日一日はここにいてもらう」

 雄樹は、診察を終え立ち上がる。

「あの!!」

 沙織は、雄樹を引き留めた。

「詩穂を助けてもらえませんか……」

 病室が静まりかえった。

「心配するな、お前達は俺が治してやる」

 雄樹は、真っ直ぐ沙織を見て言った。

「……はい、よろしくお願いします」

 沙織の表情が緩んみ微笑んだ。するとお腹から低い音が鳴り、顔を真っ赤にしてお腹を押さえた。

「待ってろ、すぐにお粥を作ってやる」

 雄樹は病室を出た。

「あのー」

 何処からか声が聞こえ、振り向くと短い髪の少女がいた。しかし、少女の足は半透明に透けて、幽霊のようだった。

「まだその状態だったのか?小森詩穂」

「はは……」

 詩穂と呼ばれた短い髪の少女は、気まずそうにしながら笑った。


 雄樹は、沙織に出す為のお粥を作り始めた。

「美味しそうだね」

 詩穂は、物欲しげな声で言った。

「そんな顔をしたってやらねぇよ、どうせ食べられねんだからよ」

「食べたいものは食べたいの!」

 詩穂は、頬を膨らませながら雄樹の肩を軽く何度も叩いたが雄樹には感触が全くなかった。

「わかった!、治ったらいくらでも食わせてやる」

「本当?やったー!」

 呆れる雄樹とは裏腹に詩穂は歓喜した。

「手間のかかる幽霊だ」

「幽霊言わないで!」

 詩穂は口を尖らせながら言った。

「それにしてさ、ちゃんと元に戻れるかな?」

「さぁな」

「さぁって冷たくない?」

「俺は寺の坊さんじゃないんだ、幽霊のことは専門外だ、だが体の状態からするとお前は幽体離脱をしているのはわかる」

「幽体離脱?」

「生きた人間の体から意識が抜け出すことだ」

「へぇー、それってどうやったら戻るの?」

「さぁな」

「だから冷たくない!?」

 雄樹は、詩穂の言葉をよそに出来上がったお粥を持ち沙織のいる病室へと向かった。

 病室に入ると沙織が寝息をたてながら心地良さそうに寝ていた。

「お粥どうするかな?」

 雄樹は、溜息混じりに言った。

 翌日、沙織は帰る支度をしていた。

「持ってけ」

 そう言い、雄樹はビニール袋を渡した。

 中には、ラップで包まれたサンドイッチと雄樹の名刺が入っていた。

「名刺?」

「何かあったら俺に電話しろよ」

「はい、それでは失礼します、詩穂のことよろしくお願いします」

「お前も気を付けろよ」

 沙織は、お辞儀をして病院を後にした。

「じゃあねー!」

 詩穂も元気よく手を振るが、沙織には詩穂の姿は見えていなかった。

「さて、次はお前の番だな」

「私の番ってなにするの?」

「まずは情報収集だ、ネット頼りになるがないよりはましだろう」

「よし頑張ろう!って、ちょっと待ってよー」

 気合いを入れる詩穂をよそに、雄樹は診察室へ向かい、幽体離脱について調べ始めた。


 情報を集め始めて一週間が経過し、その間、沙織は毎日のように詩穂のお見舞いに来ては眠っている詩穂に話しかけていた。内容の殆どは昔話ではあったが、一週間経った今でも話題が尽きることはなかった。

 沙織が話しかけている傍らで、詩穂も届かないながらも返事をしていた。

 ある日、いつものように沙織が詩穂のお見舞いに来た時、雄樹は異変に気が付いた。

「どうした、その顔?」

「これは……」

 沙織は頬を押さえた。頬には殴られた後があった。

「何でもありません……」

「……治療してやるから見せてみろ」

 雄樹は沙織の頬に絆創膏を張った。

「それでは、詩穂のところに行きます」

 沙織は詩穂がいる病室へと向かい、いつものように詩穂に話しかけるが、以前までの沙織とは違い弱々しかった。

 その様子を雄樹と詩穂も見ていた。

「沙織ちゃんどうかしたの?」

 気になった詩穂が雄樹に訊いた。

「お前、何があった?」

 詩穂の代わりに雄樹が訊く。

「父がまた暴力を奮われて……」

「そんな沙織にまで……」

 詩穂は震える声で感嘆する。

「何で警察や俺に言わなかった?」

 雄樹は、強い口調で沙織に訊いた。

「元に戻って欲しかったんです。昔みたいに優しかった父に」

「お前がそうしたいのは勝手だが、傷だらけになるお前を見て詩穂はどう思うだろうな?」

 呆れたように雄樹は訊いた。

「それはその……」

 沙織は、言葉が詰まりなにも言えなかった。

 その直後、沙織のケータイが鳴り出した。沙織は、電話を取ると返事を数回して電話を切った。

「急用ができたので私はこれで」

「おい!」

 追われるかのように病室を出ようとする沙織を雄樹は引き留めた。

「言っておくが、お前が助けを求めない限り、俺はお前の手を取らないぞ」

 雄樹は、鋭い目付きで沙織を見た。

「はい……」

 沙織は、弱々しく返事をして病院を後にした。

「沙織ちゃん大丈夫かな?」

 心配そうに雄樹に訊いた。

「これはあいつ自信の問題だ、助けを求めない限り俺にはどうすることも出来ない」

「でも……」

「あいつのことより、自分の心配をしろ」

 雄樹は、詩穂の言葉を遮り言い放つ。

「沙織ちゃんのお母さんが死んじゃったのは私のせいなんだ」

 詩穂は、診察室に戻ろうとする雄樹に小さく呟いた。

「?、どう言うことだ?」

「三年前、沙織ちゃんを誘って星を見に展望台に行ったんだ、その時事故に遭って助かったのは私と沙織ちゃんだけ……」

 詩穂は、泣くことを我慢しながら話す。

「私が星を見ようって誘わないければ、沙織のお母さんは死ななかった、だからね、約束したんだ何があっても私が沙織ちゃんを守るって」

「……」

「それなのに私は……」

 詩穂は、目に涙を浮かべながら話す。

「それなら尚のこと、とっとと幽体離脱なんか治して、あいつの傍に居てやるべきなんじゃないのか?」

「でも、どうやって?」

「方法はある」

 そう言って雄樹は診察室へと向かい、涙を拭った詩穂もそれに付いて行く。

 雄樹は、パソコンを開き詩穂に見せた。そこには思春期症候群について書かれていた。

「思春期症候群?」

 聞いたこともない病名に、詩穂は頭にはてなを浮かべていた。

「思春期、つまりお前位の歳の人が過度なストレスなどで引き起こる病気らしい」

「どうやったら治るの?」

「さぁな、元々都市伝説みたいな病気だからな治療法は書いてなかった」

「そっか、それじゃあ待ってる先生のこと信じてるから」

 詩穂は、微笑みながらいった。

「勝手にしろ」

 雄樹は、満更でもなさそうに言った。

 思春期症候群について調べ始めて数日経ったが成果が出なかった。

 いつものように調べものしていたその時、雄樹のケータイが鳴り出した。画面を見ると見覚えのない番号があった。

雄樹は電話に出た。

「たす……けて……」

 電話からは、衰弱した沙織の声がした。

「……!おい、何があった!?」

 雄樹は、狼狽しながら訊いた。

「父が……」

「沙織!誰と電話してんだテメー!!」

 電話越しから男性の怒号が聞こえた。

「やめ……て……キャッ」

 沙織の悲鳴と共に電話が切れた。

 雄樹は急いで病院を出ようとした時、詩穂の脈拍を測定する機械から警告音が鳴り響いた。

 駆け寄って詩穂の容態を確認する。

「何で突然!」

 すると雄樹は、あることに気が付いた。

「まさかあいつ!」

 雄樹は、急いで電話をかけた。

「お父さん……もうやめて」

 沙織は満身創痍な状態で言った。

「俺に指図しようてのか!?ああ!?」

 沙織の父親は、ひどく泥酔した状態で沙織の掴み、そして近くにあった棚に叩きつけた。

「ぐっ……」

「お前が、あいつに会わなければ理恵が死ぬことはなかった」

 沙織の父親は、一升瓶を持ち大きく振りかざした。すると、沙織の父親の動きが止まった。

「!?、体が」

「やめ……て」

 何処からか声が聞こえた。

「沙織ちゃんのお母さんのことは何度だって謝ります。だからもう沙織ちゃんを殴らないで!」

 その声は、紛れもなく詩穂の声だった。

「……詩穂?」

 沙織は呆然と呟いた。

「お前さへいなければ、理恵は死ななかった!お前さへいなければ!!」

 詩穂を振りほどこうと暴れだし、詩穂も必死に掴まる。しかし力が入らなくなり離してしまいそうになった、その時、誰かが沙織の父親の腕を強く握った。

「よく頑張ったな……」

「えっ!?」

 腕の主は雄樹だった。

 雄樹は、沙織の父親の腕をひねり取り押さえた。

 その後、駆けた警察に沙織の父親は連行され、沙織は救急車に搬送された。

「沙織ちゃん大丈夫かな?」

「命別状はないから心配はないだろう」

 雄樹は、なだめるように詩穂に言った。

「どうして此処がわかったの?」

「三年前にお前達が入院した病院に教えてもらったんだ、それにしても、お前随分と無茶をしたな」

「ごめんなさい……」

 詩穂は、申し訳なさそうに縮こまる。

「わかったら帰るぞ」

「先生……大好き」

「何だよいきな……り……」

 振り向くと詩穂の姿が見当たらなかった。

 辺りを見渡しても詩穂の姿が見つからず、急いで雄樹の病院へと向かった。

 へとへと状態で病院に入り詩穂のいる病室に入った、するとそこにはベッドから起き上がり退屈そうにしている詩穂の姿があった。

「先生お帰りー」

「お帰りって起きても平気なのか?」

「うん大丈夫!?」

「そうか、良かった」

 雄樹は、安堵の表情を浮かべた。

「お腹が減っただろ、リクエストはあるか?」

「それじゃあ、お粥がいい」

「わかった、すぐ作る」

 そう言って、雄樹は台所へと向かいお粥を作り、詩穂に持って言った。

 しかし、詩穂は再び眠りについていた。

「お前もかよ……」

 雄樹は、溜め息をついた。

 翌日、沙織に詩穂が目を覚ましたことを報告すると泣きながら喜んでいた。

 沙織が退院するとお祝いとして詩穂が主催のパーティーを雄樹の病院で開いた。

 用意されたテーブルの上には、ケーキにお菓子そして雄樹が作ったお粥があり、花咲病院で入院していたことを話ながら食べていた。

 ひとしきり話すと名残惜しそうにしながらも帰る支度をして出入口へと向かった。

「今までありがとうございました!!」

 二人は声を揃えて言った。

「またね!先生」

「失礼します」

「元気でな」

 詩穂と沙織を見送ると診察室へと戻った。

「騒がしい奴らだった」

 花咲病院に静けさが戻った。しかし、今の雄樹には少し寂しく感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

開業医の奇妙な夏 ハヤブサ @mikazuki8823

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ