あるクリスマスの出来事

@kinka

第1話 

 冬休みを目前にした終業式の日。今年最後のHRホームルームを終えた教室には、佐藤と小林、二人の男子生徒しか残っていなかった。


 「俺、佐藤に告白しようと思うんだ」

 

 響いたのは、唐突な一言。


 「………………………」


 冷たい風が窓の外から流れ込む。

 溜め込んだ教科書を鞄の中に詰め込んでいた佐藤は、親友の発言に何も言うことが出来ずにいた。


 「突然のことで驚いたと思う。だけど俺、もう自分の心に嘘をつきたくないんだ」


 真剣な眼差しで佐藤を見つめる小林。

 それが虚言でないことは明らかで、だからこそ、佐藤は反応に困る。


 「────待てよ、優太。一旦落ち着こう」


 どうにか言葉を絞り出す佐藤。だが、小林は止まることなく話し続ける。


 「落ち着いてなんていられるか、中学の時からの付き合いのお前だからこそ、この気持ちを打ち明けたんだぞ」


 「それは良く分かる。だがな、わざわざ告白することをなんで俺に伝える必要がある」


 「それは───」


 小林は少し間を開けてから答えた。


 「───覚悟を決めたかったんだ」


 「覚悟?」


 「先にお前に言うことで、逃げ道を無くしたかった」


 「───もう、決めたことなのか?」


 「……………………」


 無言で頷く小林。それを見た佐藤は、もう何を言っても止まらないことを悟る。


 「分かった。俺にできることはあるか?」


 自分も何かしらの行動をとるべきだろうという思いからなのか、佐藤は告白に協力する素振りを見せる。


 「告白はクリスマスにするつもりだ。その日、お前は


 「それだけでいいのか?」


 「ああ。それだけでいい」


 「そうか。───頑張れよ」


 そう言って、佐藤は教室から出ていく。

 机の上に、持って帰ることを諦めた教科書達を残して。

 そんな彼の背中を見送りながら、小林は一人呟く。


 「おう。晴也はるや、俺はやるぜ。必ず思いを伝えてみせる。    



 ────お前の妹、佐藤 菜津に」



 □□□□□□



 「───という訳だ」


 佐藤は自分の部屋に集まってもらった友人達に小林のことを話していた。


 「そうか。小林の奴、とうとう───」


 「そろそろかもとは思っていたが───」


 「……………………………」


 納得する者、予想はしていたが驚きを隠せない者、動揺したためか一言も喋らない者。

 様々な反応をしている友人達に佐藤は聞いた。


 「で、どうするお前ら」


 「どうするって、決まってんだろ」


 「愚問だな」


 「…………フッ」


 彼らは笑みを浮かべ、三者同様の答えを出す。


 「「「アイツが振られるのを陰から見て笑う」」」


 「さすがだ」


 友人の青春の一ページを覗き見し、挙げ句に笑ってやろうという、およそ、友情を感じられない発言に対し、佐藤は感動すら覚える。


 「それにしても、夢見すぎだぜアイツ。だって告白する相手は、あの菜津ちゃんだろう?」


 「あんな可愛い子が、付き合ってくれる訳ないっつーの」


 「全くだな」


 「「「アッハッハッハッ」」」


 声を揃えて笑い声を上げる少年達。

 だが、そんな中で一人だけ佐藤は一切笑おうとしない。むしろ、極めて深刻な顔をしていた。


 「…………それがそうでもないんだ」


 「「「ハッハッハッ───はぁ?」」」


 「俺はこの告白、上手くいくんじゃないか、と思ってる」


 「おいおい佐藤、冗談キツイぜ」


 「あり得ねぇだろ」


 口々に佐藤の意見を否定する少年達。だが、次の発言を聞いて、その態度を大きく変化させた。


 「いや、菜津は、優太に対して悪い印象を持ってない。むしろ好意を持ってると思う」


 彼らの表情が険しいものになる。先程までの楽しげなムードは消え、場を重苦しい空気が支配する。


 「そいつは本当か?」


 「ああ。まず間違いない」


 「証拠は?」


 「基本的には俺の勘だが、怪しい点もいくつかある。例えば───」


 佐藤が一例を言おうとしたその時、


 「(トントントン)お兄ちゃん、入っていい?」


 話題に上がっている本人が部屋を訪れてきた。


 「あっ、おう。入っていいぞ」


 僅かに動揺するも、それを隠して普通の返事をする。


 「はーい、お邪魔します」


 お菓子を乗せたお盆を持って、部屋に入って来る菜津。

 その姿はもちろん私服であり、普段は制服か部活動着テニスウェアしか見れない少年達は、微かな喜びを感じる。


 「皆さん、ゆっくりしていってくださいね。すぐに飲み物も持って来ますから」


 「お、お構い無く」


 「そうそう。俺達、そんな長居するわけじゃないから」


 「必要になったら自分で取りに行く」


 「そうですか? じゃあ、お言葉に甘えますね」


 そう言って、部屋を出ようとする菜津。

 天使のような可愛いらしさを持つ少女を間近で見た少年達は、やはり佐藤の言うことは間違いだと考える。


 (───こんな子が小林に惚れてるなんてこと、あるはずないぜ)


 (───やっぱり、佐藤の勘なんて当てにならないな)


 だが、そんな彼らの思いはあっけなく打ち砕かれた。


 「そういえば、菜津。お前、クリスマスの日は空いてるか?」


 「へ? クリスマス?」


 何気ない質問に、菜津は思わず聞き返す。


 「ああ。実は軽いパーティーでもしようかって話してたんだが、良かったらお前もどうかと思ってな」


 もちろんこれは真っ赤な嘘である。

 彼らがこの部屋に集まってから、そんな話は一回も行われていないし、そもそもクリスマスに何が悲しくて野郎で集まる約束をしなければならないのか。

 少年達も、何故佐藤がそんなデタラメを言うのか理解出来ずにいた。

 だが、


 「えっと、その、その日は………」


 「「「───!」」」


 急に恥ずかしそうにする菜津。顔を赤くし、明後日の方を見る。

 それを見て少年達は佐藤の意図と菜津の気持ちに気付く。


 「なんだ、まさか、誰かとデートでもするのか?」


 「デデ、デ、デートなんかじゃないよ。───友達、そう、友達と一緒に遊びに行くの!」


 「そうか、急に聞いて悪かったな」


 「う、うん。じゃあね」


 今度こそ菜津は部屋を出る。その後には、無言のまま俯く男達の姿。


 「で、どうする?」


 先刻と全く同じことを聞く佐藤。


 「どうするって、決まってんだろ」


 「愚問だな」


 「…………フッ」


 それに対し、彼らも全く同じ反応で返す。

 だが、最後の言葉は全く違うものとなる。


 「「「あの野郎、絶対ぶっ潰す!!」」」


 胸に嫉妬の炎を灯した男達は誓う。

 決して友を幸せにさせまいと。

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