走る阿呆
ABE
第1話 文化の意義
諸君、よく聞きたまえ、そして忘れるな。
文化祭は男女の仲を深く睦まじく、かつ親密なものにするための行事ではない。文化の祭りである。文化をしたまえ、文化を。文化が何かとは問うな。教えられることでなく自分で考えることをするのだ。
私は学校の代表として、生徒会の犬……もとい端くれとして、この学校の風紀を守るべく、それを乱す者に非人道的な制裁を加える。人間愛など知らぬ。くれぐれも怪我等には注意するように、当方は制裁行為における一切の責任を負いかねるので悪しからず。
私は、5階教室の窓から校庭に向かい叫んだ。高々と。校庭の何人かはこちらに一度目をやり、直ちに向き直った。その他多数はもう承知の事らしく、こちらを向くともしなかった。無反応は肯定及び承認とみなす。異論反論あろうが、私はそれを認めない。これより、私の信ずる正義をもってして百鬼夜行の右頬を殴り抜ける所存である。これは断罪行為だ。大人しく殴られなさい。尚、殴られた者は左の頬を差し出すことが好ましい。そうした者には三割増しの力で殴ろう。
私は左腕につけていた生徒会執行部の腕章を外し、風紀委員(有)の腕章をはめる。黒にピンクが示すは無常観、全ての愛は滅びゆくのだ。断じて、断じて羨ましくなどない。
×××
私は駆け出した。私の背中に生えた黒き翼はコウモリのごとき容貌であり、その翼は私が過ぎた後に強風を巻き起こし、乱れた展示物を直し、隅に溜まった埃を掻き出した。
階下4階にて手と手を取り合い、白昼堂々とお天道様が見ている前で「月が綺麗ですね」と言葉を交わしている男女を見つけた。風紀違反である。
私は言う「愛を確かめ合うな」と。
彼らは言う「俺たちの勝手だろ」と。
私は常日頃より、紳士たろうと心掛けているために言い返すことをせず、ただ、バナナの皮を投げつけた。彼らが激昂したのは言うまでもないが、しかし、私は気に掛けることをせず任務達成のために駆け出した。
一組の男女を引き連れて、私はさらに階下である3階へと降りた。傍から見るに、空気中を悠々と泳ぐ一匹の金魚とそれに付随する金魚の糞(二名)としか見えないだろうが、我々は確かに人間である。たとえ、糞にバナナの皮が紛れていたとしても、だ。
火気厳禁かつ、禁煙であるというのにタバコを咥え談笑している生徒には、メントス入りのコーラを渡し消火にあたり、それによって頭の方に火が付いた生徒にはピンクの絵の具水で出来た水風船を投げつけて鎮火した。
「シネ!」と背後から声がするも、私はそんなことを言われる筋合いはないと、耳をふさぎ、背後にもう一つ水風船を投げた。女子生徒の悲鳴も聞こえたが、それはどうでもよかった。
2階、少しばかし長くなった金魚の桃色糞が、少々群衆の注目を集めるようになった気がしなくもない、今この頃。階下へと下るにつれて人の数も多くなり、それにつれ、問題事も増えていくのは世の中の道理であった。なんたることか。
鼻をかんだティッシュペーパーをその場に捨てた男がいればそれを拾い上げ、広げ、後頭部にあてがい、小便を漏らしそうな男児がいれば、抱えてトイレまで連れていく。廊下の端で主人の帰りを待つ犬がいればリードを取って共に駆け出す。
現段階で私は五人と一匹という大所帯となっていた。後に聞いた話によると、私の姿はハーメルンの笛吹き男の様であったそうだ。では彼らは人ではなくネズミ同然ということか。まあ、いい。
校内警備へと出払っている職員室へと我が一行が入室すると、若年男教師と熟女教師が絶賛逢引き中であった。我々は一度、スマートフォンでシャッターを切ると、無言でしかし一応気まずそうに、そそくさと退出をした。正しくは、退出を余儀なくされた。年甲斐もなく女教師が甲高い叫び声をあげ、男教師の腕を取ってこちらに駆けてきたのだ。
こうして我々は、生徒(六名)成人男性(一名)熟年女性(一名)犬(一匹)となった。
我々が1階に降りると巡回チュノ校長先生と目が合い、一度皆で止まり会釈をし、また駆けだした。男教師と女教師は頭を深く下げたまま、その場に留まったままであった。私は彼らの背後へ近づき、小声で「SNSで拡散します」と一言告げる。すると今度は男教師が女教師と校長の手を掴み駆け出した。老体に鞭を打つとは恐ろしや、ゆとり。
×××
我々は走る。我々の走った後には悪は無く、私の独自ルールのもとに悪は粛清される。
腰パン男のベルトを固く締めあげ、腰痛持ちの少年にはコルセットを巻いてやった。行列に割り込んだ人は列外に締め出し、客さばきの悪い校内展示団体には手製マニュアルを置いていく。善行を重ね、一日一善の信条を一か月程度お暇を頂けるくらいには積み上げた。
私の思想に賛同したからなのか、はたまた面白半分なのかは知らないが、私の後ろには三十名ほどが列をなしていた。校長及び女教師はすでにグロッキーだ。
あらかたの校舎巡回が終わると我々は校門前に繰り出し、校門前に不当駐車されたバイクを小道具制作の際にあまりに余ったピンク色のペンキでバイクのボディを桃色に染め上げた。
×××
我々は諸角を妥当し、善を救うためにこれまで、多くの仲間を犠牲にしてきた。私の軍門に下った三十名の勇士のうち十五名は、バイクの所有者との血で血を洗う口喧嘩の末、相打ちに持ち込んだのだが、精神に多大なるダメージを受けリタイヤをした。残りの十五人のうち四人は体力不足で血に付している。志を同じくした同氏を失うことは長として、実に辛いことであった。しかし、まだ志半ばのこと、ここで我が野望をあきらめてしまうことは同氏諸君に申し訳が立たない。私はここに誓おう。
悪即斬だ。
×××
私は以前より速く走った。まずいと噂の出店では味を調え、ステージ発表でいまいち歓声の無い団体には温かい視線と拍手を送る。ごみ処理を嫌がる女がいたら、生ごみの袋の中にその女子の素手を入れてやり、店の手伝いを嫌がる男子がいれば、「働かなくていい」と言ってパイプ椅子にガムテープで四肢を縛った。
一度、店内視察の名目でティーブレイク途中にある情報が届いた。害悪の根源である体育館裏の告白イベント到来の事、我々は体育館裏が見渡せる茂みに隠れ、各自に二つの水風船を渡した。さあ、戦だ。
×××
体育館裏に手一組に男女有りけり。それを挟み込むように五対六の割合で部隊を展開した。はやる気持ちの隊員たちを抑え、黙って見守る。耳を澄ました。
「あ、あの……神山さん」と男。
「な、なあに。西岡君」と女。
全隊に射撃準備の合図を出し、各自水風船を右手に構える。
西岡という男が何やら葉が浮きそうなロマンチックな台詞を言っていたのだが、そのことに関しては大した意味も需要もない為省略することにした。誰の都合のためか……、可哀そうな西岡よ、南無三。
男がもじもじと照れるようにしていると。女の口から「よろしくお願いします」と聞こえた。
有罪。
私は「撃て」と叫んだ。前後から十一弾が一斉に男女に降りかかり、二人さまざまに色に染めた。一つ言えるのは、さまざまな色が混ざると黒になるということだけだ。特に意味は無い。
間、二、三秒の事。着弾を確認した私は「解散!」と大声で叫んだ。十一人の勇士たちはハイタッチを交わしながら、その場から走り去る。
「あれ?涼汰君?」
村上涼汰、私の名だ。呼んだ女子の名は谷崎芹奈。身長154センチメートル。体重44キログラム。十七歳。家族構成は父母弟。血液型はO型。好きなものは乗馬……。なんというべきか、端的に、取り繕うことをしなければ、そう、……私の想い人である。
「や、やあ、谷崎さん」
渡しを中心として半径十メートルの時が止まった。聞こえるのは私の五月蠅い心音のみ。周囲からの視線は私を突き刺す。断罪者の視線は私を逃がそうとはしなかった。漂う空気が凍てついた。
「涼汰君、暇かな?ちょっと付き合ってくれる?」
「……今でないとダメ?」
「うん」
私は右手を挙げた。そして、「総員、撃て」と叫んだ。直後、私に水風船が降り注ぐ。私はそれを甘んじて受け入れた。
×××
「騒がせたね」
私は谷崎さんに謝罪し、「行こう」と、促した直後、私の頭に何かが乗った。
とある男女が言う「愛を確かめ合うな」と。
私はバナナの皮を右手で握りしめ、紳士らしく無言を貫いた。
走る阿呆 ABE @abe-shunnosuke
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