例えば転生先がダンジョン
いある
死と転生と命の危機
俺がなんて呼ばれてるか知ってるか。アンラッキーボーイだ。不幸少年だ。そりゃそうだよな。両親は既に他界し、姉さんもこの前死んじまった。身寄りのない一人の高校一年生だ。どう考えても不幸だわ。そもそも全財産は二百ととんで五円。どうやって暮らせと。生活保護の申請が通るまでには死ぬほど時間がかかる。保護されてる頃にはとっくに死んでるわ文字通り。
学校に友人なんていない。まぁそうだろうよ。周りのやつがバタバタ死んでんだ。まともに関わろうとするやつの方が可笑しいっての。しにてぇのかってな。
「あー…くそつまんねぇ人生だったな。何が楽しくて生きてんだか」
空には暗雲が立ち込めている。ゴロゴロと不穏な音を漏らしながら街を大量の雫で濡らす。肌に張り付く洋服が気持ち悪かった。だが、泣き言も言っていられない。とうとう行く宛がなくなった俺はそのまま街を歩く。排気ガスと煙草の煙が空気を支配する。気分が悪くなる不快な空気が体を循環しているという事実が吐き気を催させる。
早く死にたい。そんな気分だった。早く姉さんに会いたい。姉さんはこんな俺にでも死ぬほどやさしくしてくれた。ほんとうに死んじまったから笑い事じゃねえんだけどな。いっつも美味しいお菓子を作ってくれた。元気が出るようにと毎日一緒に寝てくれた。少し気恥ずかしかったが姉さんなりの愛情を感じて俺は育った。シスコンだと呼ばれようが何だろうが、俺にとっては姉さんが全てだった。恋愛としての意味ではなく、親愛という意味で。
だからある意味、俺の願いは神様とやらに届いたのかもしれない。
目の前が真っ白になった。一瞬で視覚が消滅する。真っ白だった視界は瞬時に漆黒へと塗りつぶされ、次いで意識も闇に飲み込まれていく。
多分これが即死なんだろう、そう薄れゆく意識の中で冷静に考えた。人間の脳というのは機能を停止する直前にはその機能を百パーセント発揮できるのだとか。この思考能力も恐らくその残滓だろう。死んじまったら意味ないんだけどな。
…でもまぁ、お願い聞いてくれるならもっと早く聞いてほしかったな。適当だよなァ。神様ってのは。
「…ハッ!?」
気が付いた瞬間、俺は思わずそんな素っ頓狂な声を上げていた。周りは炭鉱を思わせる、黒く角ばった壁。うっすらと燐光を発しているのは壁に自生するコケだろうか。視力があまり良くないのか、意識がまだ呆然としているのか、細かい様子までは見て取れないが、恐らくそういった植物のようなものだろう。
地面は湿った砂と岩とが混ざりあったような歩きにくいものだったが、そんなことは意識の外側に投げ捨てて飛び起きる。夢オチかと思ったがそんなことはない。俺は今、暗い洞窟のような場所――横の幅は二車線の道路くらい、高さは歩道橋くらい――にいる。身に着けているのは見覚えのない革製のチェストプレートとズボン、ブーツ。腰には頼りにならなそうな短剣が一つ、鈍色の光を俄に湛えていた。
呼吸が荒い。酸素濃度が低いというわけでは無く、体が芯から怯えるような感覚。
…ズシン。
嫌な予感がした。心臓が早鐘を打ち鳴らしている。逃げろと本能が叫んでいる。腰が抜けそうになるのを必死にこらえながら音の出どころを必死で探った。
…ズシン。
一歩ずつ、何かがこちらを威嚇するかのように地面を踏みしめるたびに天井から土塊がぽろぽろと落ちてくる。頑丈そうに思えたが案外脆い性質なのだろうか。そんな風に悠長に感想と見解を述べている俺の前にソレは姿を現した。
俺の知っている動物に例えるのならばイノシシに近い。というかフォルムは概ねそれと同じだ。鋭く尖った牙に爛々とした血走った瞳は深手を負った肉食獣を彷彿とさせる。現実のものと差異があるとすれば…バカみたいなサイズ感。
大型トレーラーみたいな天井ギリギリのサイズをしている。小回りが利くタイプではなさそうだが、彼我の戦力差はもはや語るに及ぶまい。
冷や汗が背中を滴り落ちる。どうして自分はこんなにも死に怯えているのかが分からなかった。生きる目的などとうに失い、人生に諦めを付けたはずなのに。
「は、はは…うっそだろ、オイ」
乾いた笑いが口から漏れる。笑っている余裕があるわけでは無い。
笑うしかないのだ。
「Aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
世界を地盤から揺るがすような咆哮が響きわたる。一瞬意識を刈り取られそうになった。今は何とか堪えられているが意識を持っていかれるのも時間の問題だろう。今回のは単なる僥倖に過ぎない。
此処は世界有数のダンジョン、確認されている800層のうち、攻略が完了したのは100層。
そのダンジョンの名は『マグラ・ドグマ』。屍を数多積み上げた死と退廃が集う絶望の場所。
――彼がいるのは500層。
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