第一章

第1話 ありふれた物語はありふれた謎の美少女から始まる



 ◇ ◇ ◇



 ……て! …アキ…!



 ……起き……アキ!



 ……起きて…カア…!



 ………起きてよ…タカアキ…!!



 ――うるさい。


 死んだのにうるさい。

 僕はもう死んだんだ…。

 光となってこの世界に溶け込み、自我は世界と一つになり、万世のあまねくものにふりそそぐ…。

 そう、世界を形作るきらめきの一つになることで、この世のすべてをを自分の手足のように使うことができるだろう。

 世界は自分であり、そして自分は世界となるのだ。


 嗚呼ああ、なんと素晴らしいことだろうか…それは現世うつしよにも幽世かくりよにも伸び…過去現在未来の…


「起きろ言うとるやろ、タカアキ!!! 『神の一撃GODクラッシュ』!」


 バッチーン!!


「いっ!! たああああ!!!」



 はっ――? 痛い?!

 ほっぺたが…痛い…??? なんで?

 僕死んだよな?

 なんで? なんで痛いの???

 死んでも痛みって感じるの?


 僕は混乱しながら痛みを感じる左頬を押さえ体を起こした。

 同時にばっちり開いた僕の目が捉えたのは、とても可愛らしい金髪碧眼ポニーテールの…少女。

 白いノースリーブに白のふわふわのスカート。薄くピンクがかっているようにも見えるそれは、光によってキラキラと色が変わっている。

 背中にはこれまたキラキラと半透明に輝く…羽根???

 ただサイズが…全体的に小さい。

 幼女とか少女とかそういうサイズ感じゃない。


 ……これフィギュアとかでよく見るサイズだ。20センチくらいだろうか。

 それが陽光を反射しながら浮いている。

 マジマジと妖精と思しき物を見ていると、鋭い罵倒がその小さな唇から飛んでくる。


「おい、タカアキ。いつまで寝とるんや、このダボ! いつもみたいに3回目の『起きてよ…』ですぐ起きんかい!! どうしたんや今日は? こっちも頑張って可愛い妖精さんが起こしちゃうゾ☆感出して毎朝起こしたっとるのに…。物心ついた時から朝はそういうルーティンでいくで! 言うて今日までちゃんとやってきたやん。あんたのそういうくそがつくほど真面目なところ、ウチ気に入ってるんやで?」

「なんっ、…フィギュアがしゃべって…??? …ん? なんだこのイケボ…? どこから…???」

「フィギュアってなんやねん……て……? え…? ええ……???」


 妖精さんがツッコんでくると同時に頭に『?』マークを飛ばしてくる。

 『?』を飛ばしたいのはこっちだ。

 僕はイケてるボイスの出所を探して振り向いたが、誰もいない。


「あー、あー???!!!」


 さっき頬を張られたときに叫んだ覚えがあるが、痛みで気づかなかったこの声…。

 そのイケているボイスは間違いなく自分の口から発せられているものだった。

 

 なっ…なにこれ…聴くだけで妊娠しそう。


 咄嗟にそう思ってしまった。


 自分が発する声が死ぬ前と違うのに驚き、妖精に驚き…。

 なんだこれ? 

 なんだこれ??? 

 僕の声? 

 こんなイケボじゃなかったよな?

 それになにこれ、目の前のこれ…このちっちゃいの…生きてるの?

 本当に妖精?


 そう考えながら腕を伸ばすと、妖精はすいっと僕の指先に触れる前に逃れる。

 何度触ろうとしても避けられるだけで、一向に触れない。


 ……。


 あっ? 

 もしかして34歳になっても童貞だったから僕にも妖精が見えるように?

 こんな中途半端な年齢で才能開花しちゃった?

 妖精が見えるようになる魔法が使えるようになったってことかな?


 そういえば確かにどうていとようせいって似てるよね!

 響きだけじゃなくて清らかなところとか、僕だけかもだけど割と想像の中で生きてるとこあるし。


(言うとくけど、あんたの頭の中はウチにだだ漏れやからな? 童貞と妖精が似てるって、冗談でも二度と言うな。しばくぞ)


「!?」


 妖精は口を動かすことなく喋った。顔は笑っていて、無邪気に飛び回っているように見えるかわいい妖精さんなのに…。

 ツッコミと同時に今にもさっきのビンタ? らしきものを繰り出しそうな気配を出している。


(あ、ちなみにこのテレパシー的なアレはあんたにしか聞こえへんから)


「????!!!???」


 妖精の言葉と思しきものが、頭の中に声が流れ込んでくる。


 一体これはなんなんだ?

 僕は死んだんじゃなかったのか?

 あ、違うか。もしかして魔法じゃなくて死んだから妖精が見えるようになったのか?

 いや、そもそも起きるとか起きないとか…死んでも寝たり起きたりしないといけないわけ?


 この目の前にいる妖精はなんで僕を起こしたんだ?


 ただ、とにかく目覚めてしまったからには周りの状況を把握しようと、妖精から目を離してあたりを伺う。


 …なんだこの部屋?


 木で造られたログハウスの一室のような殺風景な部屋だ。

 死後の世界にしては簡素過ぎる気がする。

 いや、死んだの初めてだし、実際死んでみたらそういうものなのかもしれないが。

 ともかく僕の部屋でないことは確かだ。


 窓もアルミではなく木枠、ベッドも頑張ってお金を貯めて買った低反発ベッドではなくなっている。固い。

 テレビもゲームももちろん、これまた頑張ってお金を貯めて組んだゲーミングPCもない。


 そしてなによりガラス窓に映る姿…。

 恐る恐る顔を触りながら、この顔が自分の顔ではないのに自分の顔であると気づくのに時間がかかる。


 年は16、7くらいだろうか?

 意思の強さを感じるさせるような上向きに上がった凛々しい眉毛、少し幼さの残る優しげな目元に長いまつげが揺れている。

 ガラス玉のように澄んだ色の瞳にはうっすらと灰色と青が混じったような不思議な色味が入っている。

 鼻のラインはシャープで、顔のセンターラインに主張しすぎずすっきりと収まっている。

 薄い唇は、柔らかなピンク色をしており、顎のラインには醜い脂肪など一切ついていない。

 その形状を崩さないサラリとした黒い髪は、あくまでも艶があって健康そのものだ。



 誰だこれ!!

 僕じゃない!



 そう僕は…悲しいけど死ぬ前の僕は、こんなにイケメンじゃなかった!!!!

 更に体をぺたぺたと触ると、これまた無駄のない引き締まった細マッチョボディがイケてる面を支えている。

 無駄だらけだった僕の体じゃない!!


 ……死ぬ前の僕の体と比較すると辛い。


 そして僕はやっとひらめく。


 ああ、そうか…僕は…イケてる面の持ち主としてとしてこの世界に転生したのか。

 イケてる面はイケてるボイスを発し、あくまでも女の子にモテる範囲の細マッチョのイケてるボディがくっついてくるものなのだなぁ…。


 神は…神はいたのだ。


 感動しながら他になにかないかと見回すと、ベッドにほど近い場所に丸椅子とサイドチェスト、それに立て掛けられた一振りのショートソードと小ぶりな丸い盾があった。

 どちらも年季が入っているように見えるが、鞘の装飾は美しく輝き、盾には細かい傷が目立つものの鞘に負けじと輝いている。

 鞘の中を見なくても分かる。

 きっと、鞘から出せばその刃は惹きこまれるほどに冷たく鋭く澄んでいるのだろう。

 しっかりと手入れをされた、美しい道具だ。


「綺麗な武器だなあ…」


 声に出た。


 それを聞いた妖精は少し寂しそうな、悲しそうな声で喋り出す。


「忘れている…? いや、違うのね。…やっぱり『彼』は…今日『あなた』に…」


 意味深にひとちる妖精。


 あれ、さっきまでそんな喋り方じゃなかったよね?


「…今日…まうのね…」

「いや、そういうのいいから。ちょっと説明してくれない?」


 となにか知ってる風な妖精に問いかけると、それはあからさまに無視される。


 本当は聞こえてるんだろ!! 

 無視すんな!!


「タカアキ、ベッドの上でそのまま人を一人、抱えられる程度に腕を広げて踏ん張って。落ちてきたものを絶対に下に落とさないようにね。もうあまり時間がないから」


 納得したような妖精とは対照的に、こちらの疑問は一つも消えないし、無視されるし…。

 でも時間がないと言われては仕方がない。

 とりあえずなにか落ちてくると言うことなので、妖精の言うとおりに腕を広げる。



「さて、いつも通りあと一分ほどで、幼馴染が階段を上がってくるよ。タカアキ」


 いや、いつも通りと言われても…。

 本当になにがなにやらわからない。

 説明しろよ!

 幼馴染(仮)の存在もさることながら(いや、まあ転生なら幼馴染がいきなりいてもおかしくないか?)その娘が上がってくるのと腕を広げるのとなにか関係が??? まさかすごいアグレッシブな幼馴染で、起こすためにこの腕に飛び込んでくるんだろうか。

 『お兄ちゃん! 起きてよ!』的な。

 それじゃあ幼馴染じゃなくて妹か…。


「…6、5、4、3…」


ドサッ!

「んっ!?」


 …なんだ? 

 カウントが終わる前に腕の中に柔らかくていい匂いの物が落ちて…???

 確かにこのサイズでこの重さの物が不用意に落ちてきたら、支えきれないところだった…。

 落とさずに済んでよかった。

 また頬っぺた妖精に殴られるのも嫌だし…。


「2、1…」


 落ちてきたものの正体を確認しようとした時、ドアが勢いよく開く。


「おはよう、タカアキ!」


 妖精の言うことが確かなら、幼馴染と思しき少女が朝の挨拶と共にドアを開ける。

 肩ほどまでの長さの明るい飴色の髪で、快活な印象を受ける少女は、見るものを明るくするような可憐な笑顔で僕に微笑みかけた。

 形の良いぱっちりとした大きな瞳は髪の色によく似た色をして、なにかを期待するように揺れている。

 が、その眼の光と笑顔は刹那で消え失せる。

 

 なぜって…それはそう、きっと…僕の腕の中に…半裸の少女が抱きかかえられているから。


「タカアキ様、助けて下さい…。あなたにしか、頼めないことなのですわ…」


 白がまぶしい清楚な下着の上にスケスケヒラヒラのハレンチな服装…これなに?


(ベビードールや)


 …ベビードールを着た、今にもはじけそうなたわわなお胸を持ったピンク髪の美しい少女が、涙目になりながらそう僕につぶやいた。

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