第99話 協力を仰ぐ者

「えーと。こっちか……」

 自由になったカールは、とある国に来ていた。


 この国にやって来た目的は一つ。安藤を助けるためだ。


「どうして、吸血鬼は突然俺を解放したのか?それはきっと、兄ちゃんが吸血鬼と何か取引したからに違いねぇ」


 安藤の態度から見ても、それは間違いない。では、安藤は一体吸血鬼とどんな取引をしたのか?

 去り際、カールは安藤に『俺が居なくなっても、兄ちゃんは死んだりしないよな?』と訊いた。それに対して安藤は『はい、大丈夫です。俺は死んだりしません』と答えた。


「あの言葉に嘘は感じられなかった。つまり、兄ちゃんが吸血鬼とした取引は、兄ちゃんの命に関わるもんじゃない。例えば『俺を自由にする代わりに、兄ちゃんの血を全部吸血鬼に捧げる』といった取引ではないはずだ」


 そもそも、そんな取引をしなくても、吸血鬼なら力ずくで血を吸えば良い。

 つまり、

 だとしたら考えられるのは……。


「兄ちゃんが吸血鬼とした取引はおそらく『俺を自由にする代わりに、兄ちゃんは吸血鬼のものになる』だろう」

 

 安藤には『自分を好きになる者を引き寄せる特殊能力』がある。

 カールが知るだけでも安藤は既に二人、『自分を好きになる者』を引き寄せていた。

 きっと、吸血鬼も『安藤を好きになる者』だったのだ。


「吸血鬼は、兄ちゃんに『カールと言う人間を自由にする代わりに自分のものになれ』と迫り、兄ちゃんはそれを受け入れた。そう考えれば辻褄が合う」


 カールは、大きく息を吐く。 

「俺を自由にするためなら、兄ちゃんは、何でもやる。兄ちゃんはそういう人間だ。だがな……俺一人だけ自由になっても、嬉しくもなんともねえぜ!」

 自由になった時、カールは誓った。必ず安藤を助けると。

 だが、魔法も使えないカール一人では、安藤を助ける事など出来ない。自分には安藤を助ける力は無い。ならどうすれば良いか?


 他の人間に協力を仰げば良い。


 ただし、誰でも良いわけでは無い。

 安藤を救い出そうとすれば、吸血鬼との衝突は避けられない。並みの人間では、吸血鬼に返り討ちにされてしまう。

 安藤を助け出すには、

 その人間にカールは心当たりがある。教えてくれたのは安藤本人だ。


 安藤を巡って殺し合ったという三人。

 イア国の『魔女』。ラシュバ国の『大魔法使い』。協会の『聖女』。


 この三人なら、吸血鬼と同等の力を持つだろうし、何より安藤が吸血鬼に捕まっていると知れば、必ず安藤を助けようと動くだろう。

 商人をやっていた時の人脈を使い、三人の中の一人がこの国に居る事を知ったカールは、安藤の事を伝えるために、その人物の元に向かっている。


 この人物と安藤を引き合わせても良いのか、カールには分からない。

 だが、人間を攫い無理やり働かせ、時には人間を喰う吸血鬼の元に居るよりは、マシなはずだ。


「待ってろよ兄ちゃん。必ず助け出してやるからな!」


 決意を胸に、カールは歩く速度を上げた。


***


 その頃、吸血鬼は住処である塔の中で『キキョウ』という部下と話していた。 


 キキョウは美しい女性型の魔物で、ほとんど人と変わらないような外見をしているが、一点だけ人と大きく違う部分がある。

 それは羽。キキョウには、背中から白く大きな二つの羽が生えていた。


「キキョウ。どうだい?私と彼の家は?」

「はい、予定通り完成しました。外観や内装などは全て、ご指示通りにしてあります」

「うん、ご苦労様。これで、やっと彼を迎えに行けるよ」

 今日の吸血鬼は、紅い目と髪の少年の姿をしている。少年の姿をした吸血鬼は、満足そうに笑った。

「それにしても、よろしかったのですか?」

「何がだい?」

「アンドウ・ユウト様と約束をしたとはいえ、あの人間を自由にしてしまって」

 吸血鬼の元に捕まっていた人間達は、ある程度の情報を持っている。逃がしてしまえば、外に居る人間達にそれが伝わる可能性は高い。

 いくら吸血鬼が強いとはいえ、敵に情報を与えるのはリスクを伴う。

「そうだね」

 少年の姿をした吸血鬼はコクリと頷く。そんな吸血鬼を見て、キキョウは目を大きくした。


「もしかして……あの人間を外に逃がしたのは、アンドウ・ユウト様との約束を果たす以外にも何か別の目的があったのですか?」


「アハハハハハハ!」

 吸血鬼は上機嫌に笑う。

「ねぇ、キキョウ。此処を出たあの人間―――カール・ユニグスは、これからどうすると思う?」

「此処から出た後……ですか」

 キキョウは顎に手を添え、考える。

「やはり、この国の人間に情報を渡すのではないでしょうか?」

「どうしてだい?」

「この国の人間は私達―――特に貴方様の情報を欲しがっています。貴方様の情報を国の人間に伝えれば、莫大な金が貰えるでしょうから」

「なるほど」

 吸血鬼は唇の端を上げる。

「普通の魔物だったら、『出来るだけ遠くに逃げる』と答えるだろうね。『大金を得ようとする』と考えるのは、人間を良く知る魔物の発想だ」

「……」

「だけど、カール・ユニグスはそうはしないだろうね。大金を得ようとするよりも、別の事をしようとするはずだ」

「別の事?何でしょう?」

 首を傾げるキキョウに吸血鬼は言った。


「カール・ユニグスは、ユウトを僕から奪おうとするはずさ」


「―――ッ!アンドウ・ユウト様を……ですか?」

「うん」

 吸血鬼は首を縦に振る。

「カール・ユニグスは、ユウトと仲が良かった。そして、僕がユウトとした約束の事も察した様だった。自分がユウトのおかげで自由になれたと知ったら、ユウトを助けなくては!と思うはずさ」

 吸血鬼は多くの人間の血を吸い、多くの人間と関わってきた。今では血を吸わなくとも、ある程度その人間がどう動くのかを予測する事が出来る。

 吸血鬼は断言した。 


「あの人間は間違えなく、ユウトを助けようとするはずだ」


「しかし、一体どうやってアンドウ・ユウト様を奪うのでしょうか?あの人間一人では到底無理です」

「キキョウ。もしも君がカール・ユニグスだとしたら、どうやってユウトを僕から奪う?」

「……そうですね」

 キキョウは少し考え、口を開く。


「―――誰かに協力を仰ぐ。でしょうか?」


「うん、そうだね。カール・ユニグスも同じ事を考えるだろうね」

 吸血鬼は笑顔で頷く。

「僕を倒してユウトを奪うにしても、ユウトだけ連れて逃げるにしても、カール・ユニグスだけでは絶対に不可能だ。だから、他の人間に協力を仰ぐだろうね。でも並みの人間に協力を求めれば、僕に返り討ちにされる」

 吸血鬼は人差し指をクルクルと回す。


「だから協力を仰ぐのは、僕と同程度の力を持ち、かつユウトを僕から奪う事に命を掛けられる人間を選ぶはずさ」


「そんな人間……居るでしょうか?」

「居るよ。僕が知っている限り、少なくとも三人」

 吸血鬼の姿が、少年から別の姿に変化する。


「私と」

 吸血鬼の姿がイア国の『魔女』、菱谷忍寄の姿に変わった。

「私と」

 吸血鬼の姿がラシュバ国の『大魔法使い』、三島由香里の姿に変わった。

「私ですね」

 吸血鬼の姿が協会の『聖女』、ホーリー・ニグセイヤの姿に変わった。


「カール・ユニグスはユウト様から私達の事を聞いています。彼は私達三人の誰かに協力を求めるでしょう」

 キキョウは「ハッ」とする。

「まさか、あの人間を逃がしたのは、?」

「そうです」

 ホーリー・ニグセイヤから、再び紅い目と髪をした少年の姿に変わった吸血鬼は「フッ」と微笑んだ。


「何のために?」

「血を吸うために」

「貴方を封印したのは、協会の『聖女』です。もし、あの人間が『聖女』を連れて来たら……」

「また、封印されるかもしれないね」

「……何か考えがあるのですね?」

「まぁね」

「もし、失敗したら?」

「再び封印されるか……最悪死ぬかもしれないね」

 吸血鬼は淡々と話す。

「どうするキキョウ。逃げるなら今だよ?」

「まさか」

 キキョウは片膝を付き、吸血鬼に首を垂れる。

「私の命はクロバラ様のためだけに存在します。例え地獄の業火に焼かれようとも私は貴方について行きます」

「うん、ありがとう」

 吸血鬼―――クロバラは、楽しそうに笑う。


「さて、三人の中で一番最初に僕の元にやって来るのは一体誰だろうね?」

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