第37話 ロカ③
「大変だ!大変だ!」
「どうした?」
「先生が……先生が死んでる!」
「何!?」
医者の死体が発見されたのは、人通りの少ない小道だった。
普段は、平和な村で起きた殺人事件。たくさんの憲兵が村に押し寄せる。村の住人達は話を聞くために、一か所に集められた。
「どうして?」
「嘘だろ?」
村唯一の医者の死に、村人達は涙を流す。一人の憲兵が前に出て村人に状況を説明した。
「医者の先生が殺されたのは、ちょうど宴が行われている時だった。医者の先生は、何か固い物で頭を二回殴られ殺された。つまり……撲殺だ」
「撲殺……」
憲兵の話を聞いた村人達はゴクリと唾を飲む。
「まず、聞きたい。この中で昨日、怪しい奴を見かけた人間は居るか?」
「いや、見てねぇ」
「俺もだ」
村人達は首を横に振る。
「では、死んだ医者の先生が誰かに恨まれていたとか、そういった話を聞いた事はあるか?」
憲兵の質問に、村人達は先程よりも強く否定する。
「そんな!ありえねぇ!」
「先生は村のためにずっと働いてくれたんだ!この村の人間で先生に感謝してる奴は居ても、恨んでる奴なんて居るわけがねぇ」
「そうだ!そうだ!」
「フム、なるほど」
憲兵は手帳にメモを取る。
「ならば、村以外の人間で、医者の先生に恨みを持っている奴は居るか?」
憲兵の「村以外の人間」という言葉に、この場に居る村人全員が反応した。
皆が同じ少女を頭の中に思い描く。
「ん、どうした?」
「いや……その……」
「何か知っているのなら教えて欲しい。事件解決のためだ」
村人達は互いに顔を見合わせる。すると、一人の村人が手を上げた。
「あの……実は、最近この村に、よその子が住んでいるんです」
「何?よその人間が?誰だ、それは?」
「あの子です」
村人が指差した先には、怯えた様子のロカが居た。
「うむ」
憲兵はズカズカとロカの前に来た。
「君かね?よその子というのは?」
「は、はい」
「名前は?」
「ロカ……です。でも、これは本当の名前ではありません」
「どういうことだね?」
ロカは少しの沈黙の後、口を開く。
「私、記憶喪失なんです」
「記憶喪失だと……?」
憲兵は訝しげな眼をロカに向ける。
「本当かね?」
「本当よ!」
ロカの代わりに言葉を発したのは別の少女だった。
「君は?」
「私は、サフィア。この村の長よ!」
「この村の長?君が?」
憲兵は眉根を上げる。こんなに若い人間が村の長をやることなどまずない。憲兵は他の村人に視線を向けた。
「ほ、本当だ!」
「サフィアは、この村の長だ!」
村人は次々と同意する。
「フム。確かに君は、この村の長のようだな。それで?君とこの子の関係は?」
「私と、ロカは今一緒に住んでるの!」
サフィアは、憲兵にロカが海岸で倒れていた事、目が覚めたら記憶を失っていた事、行き場のないロカがサフィアの家で暮らすようになった事を説明した。
「そういう時は、ちゃんと憲兵に言いなさい」
憲兵は「はぁ」と息を吐く。
「この子が記憶喪失だということは、死んだ医者の先生が診断したんだね?」
「そうよ」
「なるほど、どうやら記憶喪失というのは、本当のようだ。ただし……」
憲兵はロカをジロリと見る。
「記憶喪失だからと言って、殺人を犯していないということにはならないがな……」
「ロカが先生を殺したって言いたいの?」
サフィアは憲兵に詰め寄る。
「そんなこと絶対にない!ロカはとても優しい子なんだよ?」
「優しいと言われていた人間が事件を起すという事例を私は何度も見てきた」
憲兵も引かずにサフィアを見る。
「それとも、この子が事件に関わっていないという証拠でもあるのかい?」
「あるわ!」
サフィアは、大声で叫ぶ。
「貴方達は知らないでしょうけど、ロカは凄い魔法使いなの!魚だってロカの魔法でたくさんとれるようになったんだから!」
サフィアはさらに叫ぶ。
「もし、ロカが犯人なら先生をワザワザ石で殴って殺すなんて、そんなことするはずがないよ!凄い魔法が使えるんだから!」
サフィアの言葉に村人達の皆がハッとした。
「確かにサフィアの言う通りかもしれん」
「そうだなぁ。ロカちゃんが犯人なら魔法で先生を殺すはずだ」
「死体だって、そのままにはしないだろう。魔法で片づけるはずた」
「そもそも魔法で事故死に見せかけると思う。魔法が使えるんなら、事故死に見せかけるなんて簡単だろ!」
「だいたい、ロカちゃんが先生を殺すはずがない!」
「そうだ。そうだ。サフィアの言う通り、ロカちゃんは凄く良い子なんだ。そんな子が人殺しをするなんてありえねぇ!」
村人達もサフィアのように「ロカは犯人ではない」と口々に叫ぶ。
「君達の意見は、この子が『犯人ではない』という物理的な証拠にはならないが……そうだな」
憲兵はサフィアからロカに視線を移す。
「君が村の皆に信頼されているのは分かった」
ロカは、憲兵が自分を見る目が少しだけ和らいだように感じた。
「では、次は個別に話を聞きたい。名前を呼ばれた者は別室へ来てくれ!」
長い、長い取り調べの末、サフィアとロカは帰宅することが許された。
しかし、明日もまた取り調べを受けなければならない。ということだった。
「大丈夫だった?ロカ」
「うん、平気」
「憲兵に何か酷いことされなかった?」
「大丈夫だよ」
「もし、何かされたら直ぐに言うんだよ?私が絶対守ってあげるからね?」
「……うん」
ロカの声には元気がなかった。
「私、何もしてないよ」
ロカはポツリと話す。きっと、憲兵に酷いことを言われたのだろうと、サフィアは思った。
少しでも怪しい人間が居ると、憲兵は徹底的に尋問する。それで、やってもいない犯罪を自白することなんて、よくある話だ。
サフィアはロカの両肩を掴む。
「大丈夫だよ。ロカ、何も心配しないで。ロカが犯人じゃないなんて私がよく分かってる」
サフィアはロカに優しい言葉を掛け続けた。
「本当に、私は何もしてない」
「分かってる」
「本当に何もしてないんだよ?」
「うん、そうだね」
「私は何もしてない」
「うん、うん」
「だって……」
ロカはサフィアのことをじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「先生を殺したのは、サフィアだよね?」
***
「……私が、先生を殺した?」
サフィアはポカンとした表情でロカを見る。そして、プッと噴き出した。
「あはははははっ、何言ってるのロカ?私が先生を殺すなんて……そんなことあるわけ無いじゃない!」
笑うサフィアに、ロカは言った。
「ねぇ、サフィア。どうして、先生を殺した凶器が『石』だって分かったの?」
「……えっ?」
サフィアから表情が消えた。そして、明るかった顔がどんどん青くなっていく。
「憲兵の人は『医者の先生は、何か固い物で頭を二回殴られ殺された』としか言っていない。でもサフィアはこう言ったよね?」
『もし、ロカが犯人なら先生をワザワザ『石』で殴って殺すなんて、そんなことするはずがないよ!凄い魔法が使えるんだから!』
「どうして、先生を殺した凶器が『石』だって知ってるの?」
「あっ、えっと……それは……」
「答えて、サフィア」
「……た、たまたまだよ」
サフィアの額から大量の汗が流れる。口調は普段の彼女からは考えられない程、しどろもどろだった。
「固い物で頭を殴られたって聞いて、とっさに『石』だって思っちゃったんだよ。だ、だから……」
「サフィア」
ロカは鋭い視線をサフィアに向ける。
「憲兵の人が言ってたよね。先生は『二回』殴られたって」
「そ、それが何?」
「もし、一回目に犯人が先生を殴った時、先生の頭から出血していたんだとしたら、二回目に殴った時、その血が色んな所に飛び散るんだと思うんだよね。例えば……『犯人の服』とかに」
「―――ッ!」
「サフィア。実は私、見ちゃったんだ。昨日サフィアが来ていた服に小さな血が付いていたのを」
「……う、うそ。嘘よ!そんなの!」
「本当だよ」
ロカの言葉にサフィアは狼狽する。
「嘘、嘘よ。だって、だって私……服に血が付いてないかちゃんと確認―――」
「やっぱり、貴方が犯人だったんだね」
「……えっ?……………ああっっ!!!」
サフィアは慌てて自分の口を手で押さえた。だが、もう遅い。サフィアはたった今、自白してしまったのだ。
自分が医者を殺したことを。
「ちなみに、服に血が付いていたって話は、サフィアの言う通り嘘だよ。サフィアの反応を見るために、嘘を付いたんだ。ごめんね」
「……――――ッッッ!!」
サフィアの目が大きく見開かれる。まるで殴られたかのようにサフィアは、ヨロヨロと下がった。
「ねぇ、サフィア。どうして?どうして先生を殺したの?」
ロカは悲しい視線をサフィアに向ける。
「あはっ」
サフィアの口から洩れたのは……笑い声だった。
「あはっあはっあははははは!」
大声でサフィアは笑う。笑い終えると、サフィアは「あーあ」と息を吐いた。
「まさか、ロカにバレるとは思わなかったよ」
「サフィア……」
「えーと何だっけ?私がどうして先生を殺したか、だっけ?」
サフィアはいつも通りの活気のある声で言った。
「貴方のためだよ。ロカ」
「私の……ため?」
「そう、貴方のため」
サフィアはニコリと笑う。
「貴方のために、私は先生を殺したんだ」
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