第21話 三島由香里②
元の世界から、この世界に来るためには必ず死ななければならない。
だが、死んだとしても必ずこの世界に来れるわけではない。
また、来ることができたとしても、必ずしも同じタイミングでこちらに来るとは限らない。
菱谷と安藤は、ほぼ同時に死んだが、菱谷の方がこちらの世界に早くやって来た。そして、菱谷に比べて安藤は約一年遅れでこちらの世界にやって来た。
三島がこの世界に来たのは、安藤が来る一年ほど前。
ちょうど、菱谷がこの世界に来たのと同じタイミングだった。
しかし、三島が死んだのは、安藤と菱谷が死んでから二週間後の事だった。
安藤と菱谷がトラックに跳ねられた現場。
そこで、全く同じ時間に三島はトラックに跳ねられた。
自らトラックの前に飛び出して。
***
「死んだ時の事は、よく覚えていない。気付けばこの世界に来てたからね」
「貴方は、先輩と私の後を追ってきたのですか?」
「うん、そうだよ。優斗がいない世界になんて、何の未練もないもの。生きていたって優斗に会えることは、絶対にない。でも、死ねば優斗に会えるかもしれない。だったら、やることは決まっているでしょ?」
三島の声には、悲壮感がない。自分のしたことを全く後悔していないからだ。
「そして、私はこの世界に来た。本当に嬉しかったよ。また、優斗に会えるかもしれないって思ったからね」
三島は笑顔で話す。
「この世界に来て、それからどうしたのですか?」
「まず、成り上がることから始めたよ」
三島は懐かしむように遠い目をする。
「たとえ、優斗がこの世界に来ていたとしても私の近くにいるとは限らないからね。もし優斗がこの国以外の別に国にいたとしたら、私一人の力で探すのは大変だ。優斗を探すには、それなりの資金と権力が必要になると思ったんだ」
それから、三島はこの世界の事を必死になって詳しく調べた。
すると、三島が召喚された国が王政であると知った。
「資金と権力を得るには、実績が必要だ」と三島は言った。
「この国に来た直後、私は魔法使いになって魔物を退治したり、反政府組織を壊滅するように言われた。私は、出来るだけ一人で強力な魔物や、この国最大の反乱勢力を鎮圧したりした。幸運な事に私には魔法の才能があったみたいでね。あまり苦労せずに実績を上げることができた。そうしていたら、私の事が王の耳に入った。王はえらく私の事を気に入って、貴族並みの地位を与てくれたんだ」
それは、異例中の異例だった。魔法使いで、しかも別の世界から来た人間が貴族の地位まで上り詰めたのだ。
三島がこの世界で歩んだ道は、奇しくも菱谷とよく似ていた。
そうして、三島は最大の後ろ盾を手に入れることができた。
「この国で『大魔法使い』呼ばれているのは、貴方ですね?」
「そうだよ。いつの間にかそう呼ばれていた。恥ずかしいからその名前ではあまり呼んでほしくないけどね」
三島は恥ずかしそうに、頬を掻く。
「そして、貴方は王の記憶を改竄した」と菱谷は言った。
菱谷の言葉に三島は短く「そうだよ」と答えた。
***
「優斗を探すための資金も地位も手に入れた。でも、この国で何かをしようとするなら王の許可がいる」
王政のこの国では、王の言うことは絶対だ。
王は完全な独裁者であり、誰も王の言うことには逆らうことができない。何かをしようとするなら、必ず王の許可を取らなくてはならない。
もし、王の許可を取らず勝手なことをしたら、極刑もありうる。
「貴族並みの地位は手に入れたけど、流石に王になることはできない。だったら、王を操ればいい」
三島は、ニコリと笑う。
「私達がいた世界でも、部下が王を操って政治の実権を裏で握ることなんてよくあることだからね。私もそうすることにした」
「貴方は、王の記憶を改竄して、自分に大恩があると思いこませた。そして、王を自分の意のままに動く奴隷にした」
「奴隷か……私としては、そんな意識はなかったけどね。まぁ、私の思う通り動いてもらったから、奴隷と言えなくもないかな?」
三島は軽く首を傾げる。
「それから、私は優斗を探すように、王に『頼んだ』。公にはされてないけど、実はこの国の諜報部隊は、とても優秀でね。どんな国にも潜り込むことができる」
ラシュバ国、王直属諜報部隊『鳥』。
彼らは、文字通り鳥のようにいたる国に飛んでゆき、その内部情報を調査する。
その調査能力は、各国の中でもトップレベルである。
「まぁ、その頃には、まだ優斗はこちらの世界には来ていなかったから当然見つけられなかったけどね。でも、引き続き優斗を探すように、私は王に『頼んだ』。それから、しばらくして優斗がこちらの世界にやって来たって情報が入ったんだ」
三島の顔がパァと輝く。
「長かったよ。もちろん直ぐに会いに行きたかった。でも……」
三島は菱谷の顔をチラリと見る。
「菱谷忍寄。君もこの世界に来ている事を知ったんだ」
そして、同時に優斗が君に囚われていることも知った。
「……」
「イア国の『魔女』の話は聞いたことがあったけど、まさかそれが君だとは思わなかったよ。まぁ、考えてみれば私や優斗がこの世界に来たのだから、君が来ていても何の不思議もないのだけど」
三島は軽く苦笑する。
「君は『魔女』と呼ばれるほど、強力な魔法を使うことも知った。私が直接、優斗に会いに行けば、優斗にも危害が及ぶかもしれない。そこで、君だけをおびきだすことにした」
三島は、再び王に『頼み』王直属の部隊を譲り受けた。
そして、彼らに安藤を取り戻すように命令をした。部隊の記憶から『カシム=ミヤリ』という名前の情報以外すべて消して……。
「『魔女』と呼ばれる君なら、記憶を『読む』魔法もきっと使うことができると思ったからね。予想通り、彼らの記憶を読んだ君は、『カシム=ミヤリ』という名前から、私までたどり着いた。予想より、大分早かったけどね」
三島は軽く肩をすくめる。
「今度は、こっちから聞いてもいいかな?私の予想では、君がこの国に来ることは、もっと遅くなると思っていた。どうして、私がこの国にいることが分かったの?この国の部隊であることは、彼らの記憶から消していたはずだけど?」
三島の質問に、菱谷は何でもないように答える。
「前に、何度かこの国の人間と会ったことがあります。私の屋敷を襲撃した者達は、話し方や発音の仕方が前に会ったこの国の人間と同じでした。さらに、動きや使っていた武器から、私の屋敷を襲撃した者達は、民兵や傭兵ではなく、国直属の部隊だと思いました」
「それで、この国の王に直接確認に来たのか」
「ええ、国直属の部隊となれば動かせるのは、王。もしくは、貴族しかいませんからね。そんな部隊に貴方が命令できるのだとしたら、貴方はかなり、高い地位にいることになる。王宮に来れば、きっと貴方がいると思いました」
「君は凄いね」
三島は感心したように頷く。
「三島さん」
「何?」
「貴方は、先輩を探すために、多くの人間を利用しました。王の記憶を改竄し、私の屋敷を襲った者達には、先輩を奪還する任務だと嘘の指令を出した。あいつらもまさか、自分達が私を此処におびき出すための、唯のメッセンジャーだとは思いもしなかったでしょう」
「……」
「三島さん。貴方はそのことに罪悪感を抱いたりはしないのですか?」
「多少は、悪いと考えているよ。私のせいで皆、死んじゃったからね」
でも、仕方ないんだ。と、三島は続ける。
「優斗を取り戻すためだからね」
三島は笑顔で話す。
「君の屋敷に行かせた彼らには、純粋に優斗を取り戻そうとしてくれた。彼らが優斗を取り返してくれたら、それはそれで、良かった。でも、彼らじゃ君の元から優斗を奪い返してくれることは、万が一にもできないと考えていた。だったら、失敗した時のために、彼らには私がこの世界に来ていることを君だけに知らせる役割をになってもらったんだ」
「……」
「王に対してもそうさ。王にはどうしても私の『頼み』を聞いてもらう必要があっ
た」
「それも、これも優斗を取り戻すためさ」三島は静かに、だがはっきりとその言葉を口にした。
「先輩を取り返すためには、どんな犠牲も仕方ないと?」
「そうだよ。当然でしょ?」
三島はニコリと笑う。
「優斗を取り戻すためだったら、私は何でもするよ?」
「そうですか……」
菱谷は一瞬顔を伏せる。
「ですが、残念でしたね。その願いは叶いません」
次に菱谷が顔を上げた時、菱谷の表情は一変していた。
「先輩は、もう私の物です」
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