慌て者の黒騎士のお話

慌て者の黒騎士のお話 1

 昔々あるところに、一人が騎士のおったとさ。

 背が高くてよい男。馬が得意で戦が上手。

 黒い髪の毛なびかせて、黒い瞳を光らせて、くろがねよろいを身につけて、黒天鵞絨ビロードのマント着て、青毛あおの名馬にまたがって、あちらの戦場、こちらの闘技場へと、忙しく走り回っておったとさ。


 戦場では敵陣に単騎で駆け込む勇ましさ。

 先鋒の槍なみをすり抜け、後陣の矢の雨をかいくぐり、敵将の幕屋を横に見て、殿の傷兵たちを飛び越えて、戦場の向こうの遙か先、国境をこえて駆け抜ける。


 闘技場では丸腰のまま名乗りを上げる勇ましさ。

 初太刀の下をくぐり、返す槍先をかわし、控えの溜まりを斜に見て、客席の塀を跳び越えて、城下の街の遙か先、城壁を越えて駆け抜ける。


 何時でも何処でも何度でも、そんな調子の方なので、みんながみんな口揃え、と呼んでおったとさ。



 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。



 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞いたとさ。

 小鳥がさえずり言うことにゃ、


「高い高い塔のてっぺんの、

 狭い狭い石の部屋に、

 お姫様が捕らわれて、

 石のベッドに石の枕、

 横たえられて眠ってる。

 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」


 慌て者の黒騎士は、早速さっそく直様すぐさま逸早いちはやく、朝一番にほこを持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬あおり、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた高い塔。

 はやる気持ちにせかされて、矛を振り振り馬腹を蹴って、

進めハイヨー進めハイヨー

 と青毛を煽る。  

 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩なみあし速歩はやあし駈歩かけあしと、勢い上げて突き進む。

 眼前迫る石の塔、

止まれドウ

 の一声言い忘れ、襲歩しゅうほの勢いそのままに、前へ前へと突き進む。


 慌て者の黒騎士は、矛を携え塔の壁、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。

 壁にはぴしぴしヒビが入り、小石がぽろぽろ落ちてきて、根元も先もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、ガラガラ崩れて落ちたとさ。

 高い高い塔のてっぺんの、狭い狭い石の部屋の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、柱と床と壁と天井が、崩れた下敷きになったとさ。




 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。




 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。

 小鳥がさえずり言うことにゃ、


「深い深い谷間の底の、

 狭い狭い洞穴に、

 お姫様が捕らわれて、

 石のベッドに石の枕、

 横たえられて眠ってる。

 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」


 慌て者の黒騎士は、早速さっそく直様すぐさま逸早いちはやく、午後一番に楯を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた深い洞。

 逸る気持ちにせかされて、楯を振り振り馬腹を蹴って、

進めハイヨー進めハイヨー

 と青毛を煽る。  

 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩なみあし速歩はやあし駈歩かけあしと、勢い上げて突き進む。

 眼前迫る岩の壁、

止まれドウ

 の一声言い忘れ、襲歩しゅうほの勢いそのままに、前へ前へと突き進む。


 慌て者の黒騎士は、楯を構えて岩肌に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。

 岩にはぴしぴしヒビが入り、小石がぽろぽろ落ちてきて、壁も天井もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、ガラガラ崩れて落たとさ。

 深い深い谷間の底の、狭い狭い洞穴の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、岩と小石と砂と土の、崩れた下敷きになったとさ。




 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。



 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。

 小鳥がさえずり言うことにゃ、


「暗い暗い森の奥の、

 深い深い龍の巣に、

 お姫様が捕らわれて、

 石のベッドに石の枕、

 横たえられて眠ってる。

 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」


 慌て者の黒騎士は、早速さっそく直様すぐさま逸早いちはやく、夕刻一番に剣を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた龍の谷。

 逸る気持ちにせかされて、剣を振り振り馬腹を蹴って、

進めハイヨー進めハイヨー

 と青毛を煽る。  

 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩なみあし速歩はやあし駈歩かけあしと、勢い上げて突き進む。

 眼前迫る龍の鱗、

止まれドウ

 の一声言い忘れ、襲歩しゅうほの勢いそのままに、前へ前へと突き進む。

 慌て者の黒騎士は、剣を構えて龍の尻に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。

 龍は驚きぎゃーぎゃー啼いて、足踏み腕降り首振って、地面も風もぐらぐらと、揺れて震えてそのうちに、しっぽで地面を打ったとさ。

 暗い暗い森の奥の、深い深い龍の巣の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、鱗と爪としっぽと足が、暴れた下敷きになったとさ。



 さて子供たち、よくお聞き。慌て者の黒騎士のお話を。



 ある日ある時ある場所で、慌て者の黒騎士は小鳥の歌を聞きいたとさ。

 小鳥がさえずり言うことにゃ、


「茂り茂った藪の奥の、

 寒い寒い古城に、

 お姫様が捕らわれて、

 石のベッドに石の枕、

 横たえられて眠ってる。

 ピーチクピヨピヨ、ルルルルル」


 慌て者の黒騎士は、早速さっそく直様すぐさま逸早いちはやく、夜一番に松明を持ち、颯爽と青毛に飛び乗って、早う早うと馬煽り、勢いよろしく走らせて、野を越え山越え谷越えて、駆けに駆けたるその末に、遙かに見えた藪の山。

 逸る気持ちにせかされて、剣を振り振り馬腹を蹴って、

進めハイヨー進めハイヨー

 と青毛を煽る。  

 叫ぶ黒騎士に急かされて、青毛は常歩なみあし速歩はやあし駈歩かけあしと、勢い上げて突き進む。

 眼前迫る藪茂み、

止まれドウ

 の一声言い忘れ、襲歩しゅうほの勢いそのままに、前へ前へと突き進む。


 慌て者の黒騎士は、松明掲げて彼藪に、ごつんとぶつかり、落ちたとさ。

 火の粉は散ってぱちぱちいって、枯葉に枯れ草枯れ枝と、そこもかしこもめらめらと、燃えて移ってそのうちに、お城は火の海の底に落ちたとさ。

 茂り茂った藪の奥の、寒い寒い古城の、石のベッドに石の枕、囚われていた姫様は、梁と煉瓦と焼けぼっくい、崩れた下敷きになったとさ。

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