教えて、理央先生! もはや役目を終えた『消失』の世界は、今どうなっているのですか?
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七限目、JS魔法少女、マジカル☆エムちゃん登場⁉
「……
市内最大の規模を誇る某総合病院の、だだっ広い集中治療室を分厚いガラス越しに見下ろしながら、僕は
異様に物々しい医療用のベッドの上に横たわっている、痩せ細った身体中に繋がれている、無数の管。
すっかり生気を失い蒼白く染まったその顔には、かつての快活な様は微塵もうかがえないものの、間違いなくその少女は僕にとって、誰よりもかけがえのない、一つだけ年上の恋人であったのだ。
できればこんな離れた通路なんかではなく、今すぐにでも彼女のすぐ側に駆けつけて、その手を取ってささやきかけたかった。
しかし現在の彼女の明日をも知れぬ容態では、それも叶わず、たとえそうでなくても、彼女の母親が僕と愛娘との面会なぞ、けして赦しはしないだろう。
なぜなら、すべては、僕のせいなのだから。
「僕があんなにも優柔不断じゃなかったら、麻衣さんはけして、こんなことには……っ」
そう。結局僕は、最後まで決められなかったのだ。
──麻衣さんを選ぶか、
そしてその報いとして、二人とも失うことになってしまったんだ!
……クリスマスの夜に後先考えずに、麻衣さんとの約束を破って、翔子さんとの待ち合わせの場所なんかに行ったりして、交通事故に巻き込まれることになって。
しかも何と、こっそり後をつけてきた麻衣さんが、僕を助けるために自分のほうが犠牲になって、車と衝突して、──そして、意識不明の重体になってしまうなんて!
「……もう一度、あの日を──過去を、やり直せたら」
思わず口をついて出る、我ながらあきれるほど、未練がましい言葉。
そんなこと、けしてできやしないのに。
自分の愚かな罪を、消すことなぞ、断じて不可能なのに。
そのように僕が、慚愧の念によって、今にも心が潰されそうになっていた、
その刹那であった。
「──だったら、その願い、私が叶えてあげましょうか?」
唐突に薄暗い通路に響き渡る、やけに甲高い声。
振り向けば、ほんのすぐ側にいつの間にか、見るからに異様な格好をした人物がたたずんでいた。
年の頃は、六、七歳くらいか。
小柄で華奢過ぎる幼い肢体にまとっているのは、トンガリ帽子に漆黒のワンピースドレスという、いかにも『魔女』を意匠したものであったが、単に不気味さやまがまがしさだけではなく、スカート部分の丈がやけに短かったり至る所にフリルやレースが施されていたりといった、どこかゴスロリドレスに通じるところも見受けられた。
しかもむき出しになった腕や脚も年齢相応の小ささであるものの、その白磁の肌のきめ細かさと
ただし残念ながら、肝心の
そんなあまりに場違いな幼い魔女っ子の登場に戦慄しつつも、僕はその場で膝をつき、相手の目線に合わせて口を開いた。
「……ええと、『その願い、私が叶えてあげましょう』なんて、言われてもねえ。君のような子供に叶えてもらったりしたら、お兄ちゃん、捕まってしまうじゃないか?」
「──初対面の幼女に対して、いったいどんな願いを抱いているのよ⁉」
いかん、完全に警戒されてしまった。下手すると、防犯ブザーでも押されかねないぞ。
「つまり君って、ただ者じゃないわけだろ? こんなところに何の気配もなく、突然現れるし、人のことを見透かしたようなことを、いきなり言ってくるし」
「……相変わらず、察しがいいのか悪いのか、わからない人ね」
何だか気になる言い回しをされたが、一応ここは
「それで、僕の願いを叶えてくれるってのは、どういう意味なんだ?」
訝しげな表情を隠そうともせずそう問いかけるや、唯一確認できる感情を表す
「決まっているじゃない、あなたの望み通りに、過去をやり直させてあげようって、言っているのよ」
──なっ⁉
思わぬ言葉にまじまじと見つめ直すが、その幼い少女は口元に不敵な笑みを浮かべるばかりであった。
「……過去をやり直させるって、おまえは、一体」
「あら、お兄さんは、こういうことって、別に初めてではないでしょう?」
──っ。まさか⁉
「そう。私こそは、思春期の様々な悩みに苦しみ苛まれている、少年少女たちの救世主にして、あらゆる不思議を現実のものとできる、『思春期症候群』の
☀ ◑ ☀ ◑ ☀ ◑
「──それで、次の新ヒロインは、ゴスロリ魔女っ子JSというわけか? さすがはブタ野郎だな。もはや、JS・JC・JK・JD、見境なしか?」
総合病院での思わぬ人物との遭遇から、およそ十日後。
毎度お馴染みの、放課後の
「おいっ、いくら何でも小学生にまで、手を出したりするかよ⁉」
「さあて、どうだか」
あくまでも疑惑のまなざしを向けてくる、こちらはJKの魔女。
「冗談はもういいから、もっと真面目に俺の話を聞いてくれよ。こういったことを、おまえに言うのはお門違いかも知れないけど、──頼む! どうにかして
そう言い放つとともに、勢いよく頭を下げれば、ここで初めて真摯な表情となる、白衣の少女。
「そうか、これ以上意識不明のままだと、『脳死』判定を食らいかねないのか」
そしていかにも沈痛そうに、顔をうつむける。
「ああ、違う違う。もちろんそのことも心配だけど、別に白衣を着ているからって医者でもない双葉に、そういった意味で目覚めさせてくれって言っているんじゃないよ」
「そういった意味じゃなかったら、どういった意味なんだよ?」
「ズバリ言うと、過去の改変の方法を、教えてもらいたいんだ」
「はあ?……………おいおい! いきなり何てことを、言い出すんだよ⁉」
「いや、それと言うのもな──」
そうして僕は、麻衣さんの入院している病院で出会った、魔女の格好をした妖しい幼女に、『過去の改変』というとんでもない願いを叶えてもらうことになり、彼女の自称『思春期症候群』の
「……ふうん、『
「ああ、その看板に嘘偽りは無かったようで、彼女と出会ったその夜から毎晩のようにして、例の事故の数日前に舞い戻る夢を見るようになって、半ば夢とは知りながらもその世界の中で、麻衣さんを始め、現在持病の心臓病が悪化している
そのように必死にまくし立てれれば、いかにも痛ましいものを見るかのような瞳を向けてくる、本来ドSなはずの眼鏡少女。
「……それは、その『
………………………………は?
「な、何だよその、騙されているとか復讐されているとかって⁉」
僕は断じて、ゴスロリ魔女っ子なんかに、恨みを買った覚えなんて無いぞ?
「確かに、『過去の夢を見せる』というやり方こそ、この現実世界における君のような何の異能も持たない人間に対する、『過去へのタイムトラベル』や『過去の改変』を為し得る唯一の方法だろう。例えば君がそのまま目覚めること無く、夢の世界のほうを己にとっての唯一絶対の現実世界として生き続けるとしたら、改変された過去こそが本物の世界となるのだからね」
「だ、だったら何で、そんなに有効な『夢の中での過去の改変』が、この現実世界にはまったく反映されないんだよ?」
「そりゃあそうだろう、過去の改変なんて、たとえこの世界を生み出した神様であろうとも、絶対に不可能なんだからね」
……………へ?
「いやいやいや、何てこと言い出すんだよ⁉ 過去改変が絶対に不可能だなんて、おまえこの瞬間、ほとんどすべてのSFやラノベ関係者を敵に回したようなものだぞ⁉ 第一さっきおまえ自身も、そのままずっと夢の中に存在し続けるのなら、改変は本物になるって言ったじゃないか?」
「それは改変が成功したんじゃなくて、最初から改変されていた世界だっただけの話だよ」
「は? 最初から改変されていた世界って……」
「前に言ったろう、『世界というものは、どのような世界であろうとも、最初から存在している』って。つまりある単独の世界が改変されたりすることは絶対にあり得ず、ただ単に『改変前の世界』と『改変後の世界』がそれぞれ独立して最初から存在しているだけで、SF小説やラノベにおいては、この二つの世界を無自覚にすり替えることによって、世界そのものや過去の改変を成し遂げているように見せかけているだけなのさ。──そしてこのことは、『逆』からも言い得るわけなんだよ」
「逆から、って?」
「すなわち、すでに世界の改変に成功してストーリーの進行上もはや不要になったからって、『改変前の世界』のほうも『改変後の世界』同様に、最後まで永久に存在し続けるのであって、都合良く消失したり上書きされたりはしないんだよ。例えば『青ブタ』作品世界全体としては結果的に、
「……ちょっと待て。そうすると、現在僕たちが存在している、この世界って、まさか──」
「ああ。おそらくはこれから先、桜島先輩が死んでしまう世界だろうね」
……何……だっ……てえ……。
「だからこそ、いくら夢の中で何度過去を改変しようが、この現実サイドにはまったく反映されなかったわけなんだよ。こちらのほうが間違いなく唯一絶対の現実世界だとしたら、夢の中の過去の世界なんて、ただ単に集合的無意識を介して与えられた、『別の可能性の世界の記憶』に過ぎないのであって、現実世界に物理的な影響を及ぼすことなんて、断じてあり得ないからね」
「そんな! だったらあの『
もはや我慢の限界を迎え、我を忘れて悲痛に叫んだ、
その刹那であった。
「──もちろん、復讐に決まっているでしょう? 主人公のくせに己の
唐突に、背後の出入り口のほうから聞こえてきた、どこか聞き覚えのある甲高い声。
思わず振り向けばそこにいたのは、まさしくたった今話題に上っていた、自称『思春期症候群』の
──そして、まさにその時。
彼女自身の手によって、おもむろにトンガリ帽子が脱ぎ去られて、初めてあらわになる幼い
「……麻衣、さん?」
そう。そこに現れたのは、かなり年齢的な差異があるものの間違いなく、僕にとっての最愛の人────の、いかにもこちらを見下した、冷徹なる双眸であったのだ。
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