PAGE.443「心臓少女(後編)」


 その苦しみは逃れようがない。

 だが、ラチェットやコーテナよりも……その苦しみに溺れそうになっているのはルノアの方だ。

 そのルノア本人が……覚悟を決めたように言葉を紡いだのだ。


「あれはもうフローラ、なんかじゃない」

 ワガママを言いたいのは彼女のほうだ。

 ルノアはフローラと生活を共にした身、まだ彼女を救う方法があるかもしれないと希望を抱いていた。まだ彼女の事を諦めきれないと想って、この地へとやってきた。

 今も、この逃れようのない現実を諦めていない。

 しかし、彼女はワガママを押し殺し、叫ぶ。

「だから撃って……世界が、世界が滅びてしまう前に! フローラもきっと、そんなこと望んでいない!」

「……クソがぁあアッ!!」

 ワガママを押し殺し、言いたくもない事を言い切ったルノアにラチェットは怒りを隠せなかった。あまりにも理不尽すぎる現実を前に、ラチェットは咆哮した。


 世界が滅ぶ。事実だ。

 ここで少女を殺さなければ……世界は終わる。


 それだけは間違えてはいけない。

 多少の迷いを犯しただけで、彼は今までの全てを否定することになる。約束を不意にすることとなる。この数年間が灰となってしまう。

 それだけは彼も理解していた。

 故に収束する。世界の呪いを照らす、精霊皇の極光を。


 異次元より顔を出した砲台から放たれる光がウェザーに向けて放たれる。射線上にいる黒いスライムなど極光を前にすれば藁も同然、電灯に集まる小さな蛾のように燃え尽き消えていく。

 スライムを焦がし、呪いを溶かし、ウェザーへと光が轟いていく。


「ッ!!」

 足掻く。当然、足掻くに決まっている。

 黒の液体が心臓であるフローラの周りに集い、光から身を守る。体全体に魔力を収束させ、何とか極光の裁きから免れようと耐え切ってみせていた。

「なにッ……!?」

 本来であれば、極光はあの程度の液体生物ならば仕留められている。

 火力が足りていない……この数年。あの液体は数千数万数多の命を喰らい吸い尽くしてきた。ウェザーは持てる魔力の全てを使い切り、この世全てを塵へと変える極光の熱を耐え切ってみせている。

 消滅を免れる。全力の極光を浴びたが故に、体のあちこちは燃え尽き始めている。黒い液体、スライム達も光を前に浄化され、塵となって消えてはいるが……本体であるフローラはまだ形を残している。

『ヒギャ、ガガア、ガガガガガ……!!』

 まだ、復活を果たそうと。

ウェザーの心臓としての任を終えようと、再び黒い液体の生成を密かに開始させようとしていた。


「くっ……!」

 ラチェットは眩暈によりその場で座り込む。

 限界だ。今の一発で魔力を使い切った。一撃でウェザーを吹き飛ばすつもりでいたというのに、あの生物は運よく耐えきってみせた。

 想定外にラチェットは頭痛に見舞われる。

「行くしかない、のかな……!!」

 このチャンスを逃してはいけない。

 覚悟を決め発砲したラチェットを愚弄してはならない。コーテナは開いた突破口を無駄にしないためにも黒い炎を纏い接近する。

 ウェザーは光の一撃を浴びて衰弱しきっている。トドメを刺すならば今しかない!

「やらないと……じゃないと、私も、全部も終わる……ワガママは許されない……!」

 もう、フローラはそこにいない。

 ルノアはキャリバーヴォルフの火力を最大限にまで放出させる。それに合わせ、黒い炎も熱を帯び始め、この上ない魔力を伝染させていく。

「エサ、ドモ、ガ」

 間一髪、生成した黒い液体を鞭のように少女二人へ振り落とす。

「ワレニ、クワ、レロォッ。レロッ、くわ、くわぁぁ、わあわあわあああっ!!」

「くっ!」

 コーテナがウェザーの最後の反撃を受け止める。

 その隙に。少女ルノアが大剣を手に、ウェザーの心臓にまで接近した。

「やぁああああッ!」

 刃が届く。

 少女の肉体。ウェザーの心臓となる少女の胸を縦に切り裂いた。

『ガガッ、でぃぃ、でなきき、ララッ……ぁああ』

 フローラの肉体から黒い液体が噴き出す。

 それはウェザーの血なのか、フローラの血なのか。迷いを断ち切ったルノアの一撃はついに、ウェザー本体となる心臓を破壊する。


「まだ、浅い」

 長い事戦闘を続けたことで、ルノアも手ごたえの感覚は掴めている。

 まだ終わっていない。致命傷を与えただけでは、再生のチャンスを与えるだけだ。あとはキャリバーヴォルフに纏われた黒い炎をウェザーの肉体に注ぎ込む。

「倒さないと……やぁああああッ!」

 ルノアは力の限り、残った魔力の全てをキャリバーヴォルフへと注ぎ込み、トドメの一撃として自身の剣を振り上げた。







「お、姉、ちゃん?」


 声が、聞こえる。


「るの、あ、お姉、ちゃん」


 それはウェザーの声ではなく。

 一つの生命として独立した、ウェザーの心臓の意思による声。


「!!!」

 ルノアの決死の一撃は、そこでピタリと止まった。


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