PAGE.441「溶け切ってしまった友情」


 黒の液体にまみれた少女は虚ろに来客たちを見つめていた。

 部屋一面には黒いスライムが芋虫のように這いまわっている。一斉に来客の存在を視認したのか、動きをピタリと止めていた。


「なっ……」

「おい……あれ、言葉通じるのかヨ……!」

 ラチェット、コーテナの二人は驚愕を隠すことは出来なかった。

 少女の見た目の割には体のつくりがあまりにも不安定。発達しすぎているところもあれば、赤ん坊も当然に未発達の部位もある。何処かアンバランス感が否めなかった少女。一度目にしたら焼き付いて離れない風貌の少女に固唾をのむ。

 変わらない。その風貌こそ変わらないが……あまりにも異様。あまりにも不気味。


「人形どころじゃねぇ……まるで植物じゃねぇえかッ!!」

 もはや、人としての生気すらも感じられなかった。

 フローラの正体は水の闘士ウェザーの核となる細胞が独立し実体化したものであり、復活の為に世界中の魔力を食い尽くし彷徨っていた人形。

手当たり次第に魔族や人間を食いつぶしてきた無意識の悪魔。そこには依然知り合った少女の面影は最早どこにもない。


「フローラ!!」

 ラチェットとコーテナを押しのけ、ルノアは少女フローラの元へ。

「私だよ! ルノアだよ!」

 虚ろな瞳の少女に思いの丈を叫ぶ。

「もうこんなことやめて! 皆、苦しんでる! フローラだってそうなんでしょ!? あなただって人を殺すのは怖いんでしょう!? だったら、もうこんなこと、」

『誰ダ、貴様、ハ?』

 フローラの口が開かれる。

 だが、それは少女の意思によって開かれているようにはみえなかった。

 彼女の体に巣を作っているウェザー。細胞の主である彼の手によって無理やりこじ開けられているようにも見える。


「我ハ、水ノ闘士、ウェザー。ニンゲン、全テ、コノ世界、クラウ、者ナリ。エサトナリシ、愚カ、ニンゲン共ニ、友ナド、オラヌ」

 フローラは立ち上がると、ぐらんと首が曲がり、瞳も痙攣をおこしながら、ルノアを睨みつけている。手足も操り人形が糸で引かれているような不規則の動きを続けている。実に不気味で、痛々しい風景だ。

「オマエ達ハ、エサ、ダ。全テ、食イ尽クス」

「フローラ……」

 そこにはかつての少女の面影はない。引っ込み思案で心優しい、とても他人思いな快き少女の姿は何処にもない。


「違う。アレはフローラの意思じゃねぇ……!」

「でも、ウェザーはフローラ。フローラはウェザーの一部。彼女の意思は、そんなッ……!」

「何をしているっ!」

 エドワードは魔導書を取り出すと、新たな魔術を展開する。

「こんな時にまで邪魔しやがってッ……!」

 黒いスライムはまたも四方八方からラチェット達に襲い掛かってきたのだ。

 最低限の結界を張りつつも、エドワードはその上から別の魔法を二重で発動させる。魔導書の天才と呼ばれたこの男だからこそ出来る器用かつ複雑な攻撃方法だ。


「対処を開始する」

 フェイトも聖剣を放ち、襲い掛かってくるスライムの対処を開始する。

 ウェザーを攻撃するにはまず、この黒いスライム達をどうにかしなければならない。本体と思われる少女の周りに張り付いている黒い液体も触手のように二人へ攻撃を仕掛け始めた。


「……ルノア」

 フェイトとエドワードが交戦を始めた中、ラチェットは口を開く。

「出来る限りのことはしたい。でも、」

「……わかってる」

 どのみち、言わなければいけない日は来る。いや、本当であるならば、世界を守る義務を持った彼に対して、この証明は早めにしておかないといけなかったのかもしれない。

 本当ならばラチェットとコーテナもフローラを殺したくはない。だがあまり長引かせ過ぎると更なる被害がクロヌス中に及ぶ。ラチェットは精霊の立場として、果たすべき使命がある。

 これ以上、迷わせる事をするべきではない。ルノアも分かっている。


「フローラの正体はウェザーの細胞。魔力供給装置……」

 ルノアは剣を握る。


「魔力を取り戻して、あの子は自分がウェザーであることを思い出した……でも、最初の頃はウェザーに戻ることを躊躇っていた。私を、私を攻撃することを躊躇っていた……あの子はウェザーではなく、フローラとして生きたいと願っていた」

 その勝手はエゴである。そうであってほしいと思った事を自分勝手に呟くだけだ。

「でもダメだった。これだけ時間が経ってしまえば、彼女はウェザーに戻る。もう、フローラはいないんだって思い知らされた」

 決意、なのか。それとも諦め、なのか。

「これ以上フローラが苦しんでいるのなら……私はあの子を助ける。もし、まだフローラが心の中で苦しんでいるのだとすれば……私があの子を止める。ウェザーとしての生をここで止める」

「ルノア! そんなことッ、」

「いいの!」

 コーテナが言おうとしたことは分かっている。

 だが、そのワガママを口にすれば……それは“彼女の代わりに世界は滅んでくれ”と言ったようなものとなる。

「……約束したから。困ってたら、私が助けてあげるって」

 そっと、ルノアは大剣を差し出す。

 このまま振り回したところで黒いスライムに攻撃は届かない。触れた瞬間に大剣は溶かされてしまい、そのまま持ち主ごと、飲み込んでしまうだろう。

 黒い炎が必要だ。コーテナの炎を分けてくれと無言で語り掛ける。


「ラチェット! どうにかならないの!?」

「……俺だってどうにかしたいサ。皆が俺達を信じて時間をくれたように。だけど……ッ!」

 ラチェットは辛く言い放つ。

「精霊皇の魂が宿ってカラ、俺は魔族の気配を若干であれ感じ取れるようになった……もう、今のアイツは、魔族そのものダ。体全体を魔族特有の魔力で支配されちまってる。しかもそこら辺の雑兵とは違う……ドス黒い魔力ガ」

 助ける方法は、ない。

「俺の光でも、コーテナの炎でも……アイツの闇は、ウェザーはもう取り除けないッ……!!」

 既に彼女はウェザーとなった。

 心臓としての役目を果たし、水の災厄として完全復活を果たしたのだ。

 止めるしかない。

 この手を持って、彼女を狩るしかないのだ。


「……何なんだよ」

 コーテナの耳が角に代わる。

 羽が生える。彼女の姿がウェザーと同様の魔族の姿へと変わっていく。

「何なんだよ……コレ……ッ!!」

 黒い炎が一面に迸る。

 飛び散るように散乱する炎がルノアのキャリバーヴォルフに触れ、魔族に対抗するための黒い剣へと姿を変えさせる。

「どうして、こうなっちゃったんだよぉおおおおおッ!!」

 フローラ、基いウェザーは牙を剥いた。

 かつて友人として慕っていた少女達に……黒の液体を鞭のように振るった。

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