PAGE.440「幕間 ~崩界の兆し、嘲笑う者。~ 」
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誕生してから二千年の時が経ち、新たな進化をつづけてきたクロヌス。
しかし、魔族の世界はどうであろうか。
黒い霧が立ち込め、黒の大地が広がる。見渡す限り毒となる魔力が立ち込める世界こそ、本当に地獄というに他ないのではなかろうか。
しかし、この環境であれ、生き物はいる。
この世界の真ん中にも……民は存在し、王はそこにいる。
魔王の城。
玉座の間に、その男はいる。
「……随分と悲惨なもんだよな」
玉座に腰掛ける男。魔王と呼ばれる者には礼儀というものはない。
姿勢も酷く粗末なモノ。両足を組み、片手は自身の髪の毛を執拗以上に捻っている。口元も人前という状況でありながら不満げに歪み、心もみっともないほどに煮えくり返っている。
「クリスモンヅは俺が蘇るよりも先に消えちまったし、アーケイドにサーストンも俺の言う事を聞かず自由勝手に遊び散らして死んだ……それだけじゃない、せっかく選んでやったというのに、クーガーの野郎も行方不明と来たもんだ」
生き残っていた地獄の門が選定した新たな氷の闘士は人間界にて敗北した。誰にやられたのかは知る者こそいないが、平和に浸りきった軟弱者達に敗北したことはこの上ない恥辱に他はない。
アーケイドも己の考えで侵略を試みたが敗北。彼が築きあげた一国もその数日で灰となって消え去った。戦士サーストンも一人だけ満足を覚えてこの世を去った。
クーガーは姿こそ消したが、まだ魔力を微かに感じ取っている。この世界のどこかにいることは明白であるがそれから彼の報告を受けることは一切なかった。
「いい加減にしろよ、お前ら。ここまで役立たずだと笑う事も出来ねぇ……お前は役に立ってるのかよ、マックス」
玉座の間で一人、王と対面するのは雷の闘士・マックス。
以前の魔族界戦争時代から、彼は魔王と共にこの世界を束ね続けてきた。彼の身辺の面倒や露払い、その全てを受けてきたのだ。
何より、魔王の復活の儀に一番力を入れたのは何を隠そうマックスだ。
しかし魔族界の劣勢を前に、魔族の王は私怨を包み隠すことなくマックスへと吐き出している。
「面白い事を言えなかったら、ここでテメェの首を刎ねる」
「……そうですな、順調とは言えません。この現状」
魔族の頂点に立つ王を前に、マックスは正直に事を告げる。
「しかし、王の為に身を捧げた者達の死は無駄にはなっておりません。人間世界への侵略の刻は……着実に我々に向かって動いております」
「ほーう」
マックスの回答に対し、特にそれといった反応も見せない。
ただ、つまらない。焦る気配は勿論、言い訳の一つも見せようとしない態度に苛立ちを見せているようにも見える。
「今、動いているのはウェザーだったよな。まぁ、アイツにはクーガー同様、期待はしているけどな……そいつは楽しませてくれるだろーよ」
魔族の王はそっと自身の頭に、人差し指をつける。
「目に見える者全てをグッチャグッチャに潰してくれてサ。人間界の住民達の悲鳴がココまでずっと聞こえてくるのさ。滅んでいく景色もクッキリとな……ははっ、本当、“愉快”だよな」
今も人間たちの悲鳴が頭に響く。
今も、世界の叫び声が魔王の頭の中へと届いている。
「くふっ……ハッハッハ! お前も笑えよ! こんだけ面白いのにもったいねぇぜ……くっひひひひひ」
それに対し、哀れみの態度一つ見せようとしない魔族の王は含み笑いを見せた。
愉快、という言葉は比喩の表現なんかではない。心の底からの本音。他人事。
「クズどもが、何も出来ずに怯えて消えて……ヒャハハハハッハッ!」
目の前で起こしている惨状。思い通りに動き始めている世界の景色に、よじれそうな腹に耐えながら本性を正直に漏らしているだけだ。
「……魔王様」
かつて見た、魔族の栄光。
人類から世界を略奪し、新たなる世界の誕生と侵略への兆しとする。
千年待ったのだ。
ついに、その計画は動こうとしているのだ。
「無礼を承知でお聞きします」
誰よりもその悲願を持っていた。
魔王に忠誠を誓った戦士が、彼に問う。
「クロヌスを、今後どうするおつもりで?」
「……ふはっ、面白い事聞くじゃねぇか。お前」
強く何度も。魔族の王は人差し指を脳へと突き入れる。
それは挑発のようにも思えた。彼等にとっては、質問する意図さえも存在しない当たり前の事をマックスは何の変哲もない言葉で彼に問うたのだ。
このジョークには当然、魔族の王は大笑いする。
多少であれ、不機嫌だった感情は払いきれたようだ。マックスのクソ真面目な質問を前、笑みのあまり涙を流しながらも、その問いに答えた。
「“滅ぼす”さ。当たり前だろ」
「……ええ、そうですね」
マックスは立ち上がり、玉座の間を去っていく。
「私もウェザーに加勢します。クロヌス制圧も近い……どうぞ、朗報をお待ちください」
「ああ、他の奴らのように間抜け晒す真似だけはするなよ」
簡単にやられるな。役に立つ手駒であれ。
傲慢かつ身勝手な物言いにも聞こえる返答に対しても、マックスは愚論の一つを吐くこともなく、ただ返事もなしに頭のみを下げ、魔王の玉座から立ち去って行った。
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魔王の城のバルコニーにて、マックスは廃り切った魔族界の風景を見渡す。
この地獄のような風景は、この魔族界にとっては当然の環境ではある。黒の瘴気は人間でいう酸素のような養分が大量に含まれ、地面が真っ黒なのも、魔族にとっては“今日も世界が平和である”という証なのだ。
しかし、その当たり前の風景を前にして。
“度が過ぎる世界の汚染”を前にし、マックスは歯を噛みしめる。
「やはり、王は……」
その感情は何を浮かべているのか。
怒りか哀しみか。それとも、王への愉悦と愉快か。
「……ワイドエイトに知らせておくか」
漆黒の空を見上げる。
「“魂はあれど、そこに意思はなし”と」
今日は一段と霧が強い。
目の前が見えなくなるほどの霧の嵐が訪れ、魔王の城はたちまち姿を消していった。
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