PAGE.421「エゴイストたちの死合舞台(その2)」
ラチェットは剣を振り下ろす。
「……!」
(防がれたッ……!)
サーストンは姿勢を崩しこそしたが、敵の攻撃に反応すると同時に姿勢を元に戻しつつある。これ以上の追撃を試みるものなら、容赦ないカウンターが彼に襲い掛かる事だろう。
もう一度距離を取る。攻撃を突き入れるチャンスを作るために。
「小細工を仕掛けたな」
……サーストンの足場が抉れている。
何かが地面の底から突き破ったかのような跡だ。今も尚、サーストンの足元は草木一つないその大地で小さな火柱を上げている。
「正面から戦って勝てる相手じゃないのは分かってるんだ……多少ズルくらい許せヨ。お前からすれば今更だろ。こんな手の一つや二つ」
“地雷”だ。
戦闘を続ける最中、ラチェットは地雷をこっそり地面へ仕掛けたのだ。
「あぁ。戦に掟も卑怯もない」
「だったら文句を言うなよ」
「言った覚えはない」
サーストンにはあらゆる魔法が通用しない。ほとんどの魔法を反射する鋼の肉体は生半可な衝撃や爆発、打撃さえも攻撃を通すことは許さない無敵の鎧。ラチェットが取り出した地雷なんかでは大した打撃にもなりやしない。
(さて、あと何個。コイツに不意打ちが通るかナ……)
だが、隙を作るきっかけには幾らでもなる。
本人にダメージを与えることは出来なくとも、その大地に変動をもたらすことは出来る。彼の姿勢を崩すための手段の一つとして、幾らでも応用は利かせられる。
(ならッ……!」
数十発の砲台が虚空より姿を現わす。
戦場を火の海に変えようと、サーストンに向けて一斉放射を開始した。
「砲の雨、か」
幾百の砲弾が戦場へ放り込まれ、大地を破壊する。
サーストンそのものにダメージはない。彼の体は無限の炎に包まれ、足元は歪み続ける一方ではあるものの涼しい顔をしながらラチェットへと距離を近づける。
「それで止まるものか」
……正面から戦って勝てる相手ではない。
剣だけの一本勝負なら数分立たずに敗北は免れない。こうしてサーストンからの一撃をその身で受け止めて、まだ体が動いてくれているのが奇跡なくらいだ。
(そんなこと俺が一番分かってる……ッ!)
体は充分に休めた。ポーションによる魔力の補給も行った。
彼の使える魔法はサーストンに対して何一つ無意味というわけではない。ダメージは通らずとも、気を紛らわせる手法には使える。
可能な限りの魔力を駆使し、サーストンの隙を再び探り尽くす。
「これでッ」
炎と煙幕の中、ラチェットは再び距離を詰める。
「ふん」
しかし、サーストンは物怖じ一つ見せやしない。
今の攻撃は打撃を与えるためのモノではないことをサーストンは理解している。一度、その身の頑丈さを経験させているのだ。それに、あの少年も学習能力が一切ない馬鹿ではないことも予感している。
「さぁ。次はどうでる? 人間」
「……いけッ」
攻撃を入れる直前。ラチェットはピタリと動きを止める。
___二人の間に。
___黒いパイナップルが宙を浮いている。
「果、実……?」
サーストンはその果実を切り裂いた。
「ひか、り___」
死の大地は閃光に包まれる。
太陽の日光など比べ物にならない、ほんの一瞬の閃光。目の前の世界が眩しさに包まれる。
“フラッシュグレネード”。
文字通り、さっきの砲台は囮攻撃。本丸はこっちのほうだ。
「目を奪ったか」
目を見開いていたサーストンの視界が奪われていく。何が起きたのか理解が遅れ、防御行動に入る事もせず“隙”を晒してしまう。
「今度こそォオッ!!」
フラッシュグレネードが作動する寸前に目を閉じていたラチェット。目を見開き、紛れもない隙を作ったサーストンに対し……ラチェットはカルナの剣を首元へと振り下ろした。
響き渡る。
鋼が“剣を弾く”無様な音が。
(浅い……!? これだけ無防備にして、これだけ反動をつけてもかよッ!?)
「拍子抜けだ」
サーストンは視界が奪われたまま、ラチェットの腕を握る。
「策の一つ二つ、全てを駆使し放った一撃はその程度……見込み違いだ」
投げ飛ばす。
剣を取り上げこそしない。自身の剣でラチェットの腹を貫くこともしない。
___無粋であったからだ。
「かはっ……」
死の大地に叩きつけられるラチェット。
その威力ですら非情なものだった。叩きつけられた背中の骨にヒビが入ったのがわかる。手足も痙攣に近い震えをはじめ、心臓にも割れたガラスのような感覚がくだる。
「あっ……くぅ、はっ……がぁああ……!」
動けない。投げ飛ばされただけで体の自由を奪われた。
史実通り、亡霊がその地に蠢いているようだった。幻聴こそ聞こえないが、彼の体は地面から伸ばされているのかもしれない亡霊の手によって、縛り付けられたように動けない。
「まだ、まだっ……」
視界が歪む。
脳震盪による障害、燃え盛る炎による温度の蜃気楼。
「倒すっ、倒す……じゃなきゃ、おれ……たお、せ……」
相手は剣一つ使うことなくその状況を容易くひっくり返してしまった。
言葉通り修羅だ。あまりの強さに眩暈が襲いかかる。
「……くだらなかった」
サーストンは拳を鳴らし、ラチェットの元へ。
「大した強さも持てぬ。ただ鳴いてばかりの種族に価値はない。精霊皇の力をもってしてもその程度の力しか抱けない」
酷い言われようだ。だが、事実だ。
精霊皇の力。この世界において次元を超えた力を手にしても、こんな絶望一つ変えることも出来やしない。魔族の幹部一人にさえ、こんな天と地の差を見せつけられる。
「価値のない生き物が暮らす世界」
拳を空へ振り上げる。
「俺を楽しませる存在が現れるまで……破壊し尽くす方がよさそうだ」
近寄ってくる。
あの拳が顔に触れれば、きっと頭蓋も脳もまとめて粉々に消し飛ぶ。死の大地の肥料になることもなく無様に散らされる。
(価値、の、ない)
途切れようとする意識をラチェットは必死に堪えている。
(生き物、なんか……いな、い)
絶望一つひっくり返せない。
だが、そんな絶望に押し殺されようともラチェットは諦めない。
(この、世界、に、価値が、ない、なん、て)
脳裏に焼き付いた記憶。
クロやルノア、そして学友たちとの学園での出会い。
奇妙なのは出会いだけではなかったフリジオとの出会い。
気が付いたら仲間になってて、親しくなっていたオボロとの出会い。
名もなき洋館。アタリスとの珍妙な出会い。
最初こそ敵同士であったものの、いつしか友情が芽生えたスカルとの不可思議な出会い。
そして___
命を。自分の命の意味を。
誰かを想う心を与えくれた。
親友であり相棒……コーテナとの運命の出会い。
それだけじゃない。
沢山の出会いが彼の意識を引っ張っている。彼の心を繋ぎ止めている。
「皆、はッ……友達はァああッ!」
フレスキア平原へ訪れる前。
この剣を託したロードとナーヴァの姿も浮かび上がる。
『皆を頼む』
数百年越しの想いを託した……英雄の友の顔を。
「無価値なんかじゃ……ないッ!!」
その一瞬。
ラチェットは、体が痺れたような感覚がした。
その正体はよくわからない。
ただ一つ理解できるのは。
自分が殺されたわけではないという事。
サーストンの拳はまだ、ラチェットには届いていない……!!
「……!」
よくは分からない。
だけど、不思議な感覚だった。
“まるでロボットにでもなったような気分だった。”
動く。動かせている。
身動き一つとれなかったはずの体が言う事を聞く。
ラチェットの剣を握る手が……サーストンの一撃を抑え込んでいる。
ヒビが入る。
“カルナの剣に触れたサーストンの拳に、ヒビがはいる”。
「この力はっ……!?」
サーストンは距離を取り、立ち上がったラチェットへと目を向ける。
___立ち上がる。
亡霊たちの呪縛から解き放たれ、蘇るかの如く静かに揺らめき立ち上がる。
「……お前は」
剣を握る少年の姿。
そこには……“以前のような軟弱な戦士の面影”はなくなっていた。
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