PAGE.420「エゴイストたちの死合舞台(その1)」
フレスキア平原。
史実によれば、そこは死の大地と呼ばれている。
魔族界戦争時代の話だ。
この地に足を踏み入れた人間、そして魔族は何者かによって斬り殺されていた。
敵味方問わず、人間魔族共にその存在を“死神”と例えていた。
戦士がこの大地を去った後も、殺された数万の命の亡霊が漂っているとされる。
誰一人としてその大地に手を付けようなどとは思わなかった。今も尚、破砕された要塞跡、草木一つ芽生える事もなくなったヒビ割れの大地が残るのみ。
今、この死の大地に。
再び、悪夢が蘇ろうとしている。
「……きたか」
昼刻だというのに、この大地はいつも雲がかかっている。生命の源である太陽の光は常に届くことはない。冷たい雨を叩きつけ、身も凍る冷たい夜風が大地に吹き荒れるだけ。
太陽一つ見えもしない暗黒の大地に、その戦士は一人佇んでいた。
精霊皇が選んだというたった一人の戦士。
“ラチェット”の到着を、待っていた。
「待たせたナ」
「約束通りだ」
鋼の闘士サーストンは少年を見る。
規定を破り、この世界を救う事を放棄するようなへっぴり腰と減らず口でさえなければ問題はないのだ。サーストンが求めるのは……全てをかけた者だ。
「……その手にあるものは」
サーストンはラチェットの右手に持つ剣へ目を向ける。
「懐かしいな。この身を貫いた剣の面影がある」
今、彼の手にあるものは正真正銘“次元の果ての剣”であり、今まで使っていたような玩具にも等しいレプリカとは違う事を悟る。
「俺の臓が殺意に溢れている」
その心臓を貫いた剣。
「ようやく、この時が来た」
かつての敗北と屈辱。しかし、それ以上に感じたのは自身を超える者が現れたという歓喜と幸福。フレスキア平原と同じように暗く乾ききった体に、熱を帯びさせてくれた唯一の存在が前にある。
ついに、数百年もの沈黙から解き放たれる。
殺意に対する欲望が抑えられない。いつにもまして、必要最低限の言葉ですら必要としないサーストンの口数が増えている。
「……始める」
剣を構え、ラチェットはサーストンと見合う。
「俺達の明日の為に……消えてもらウ」
「その明日。貴様と共に打倒してやろう」
死の大地が再び血に踊る。死を喜ぶ。
悶え苦しむ若者の命を求め、死の魔の手が互いへ絡みつく。
二人の戦士の剣が今、交じり合った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フレスキア平原より数キロ離れた地点。
飛行船ガルドは停船。ラチェットとサーストンの戦闘の様子を双眼鏡にて随時確認する。
……条件の一つ。水を差すことは許されない。
ラチェット以外の人間がそれ以上の距離へ近づくものなら規定に反したとみなされ、王都への攻撃を再開する。戦いの中、目障りとなるような第三者の殺意と存在をサーストンは許そうとはしなかった。
コーテナ達は近づけない。
この数キロ離れたこの大地で、彼の勝利を信じるだけだ。
「ラチェット……」
双眼鏡を手に、交戦を開始した戦士の名をコーテナは漏らす。
「勝てる、かな……ラチェット君」
ルノアもその悪寒に対し、思わず口を開く。
「ラチェット君はこの一年で剣術も勉強した。精霊騎士団の皆さんの指導もあって、王都の騎士軍であれば入隊は可能にまで成長したよ……でも、それはあくまで下の騎士団の話。精霊騎士団、エージェントと比べると、まだ未熟の域だってサイネリアさんも言っていた」
この数年で魔力を鍛える修行以外にも、自分の身を守るために剣術にもラチェットは手を伸ばしていた。この数年でのスパルタ指導にて騎士軍への所属が許されるレベルには上達するようにはなった。
「あの魔族。その腕でどうにかなるのかな……?」
だが、精霊騎士団と比べれば、まだまだヒヨッコだ。
鋼の闘士サーストンは現代の鋼の精霊騎士はおろか、先代ですらも手間取った最強の剣士である。一般兵の騎士隊に所属できる程度のレベルである彼が剣術だけで勝てるかどうか、それは絶望的ではある。
「……」
甲板の先端で一人、甲冑の騎士が佇む。
“ナーヴァ”だ。
彼は双眼鏡に目をつけずとも、大地の向こうで死合う戦士を見つめていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
___出発前。フォドラ城内。
「許す」
玉座の間、ロードは頭を下げる。
ラチェット達が船の出発の用意を終える寸前。ナーヴァは一人、カルナの友であった王・ロードの元へと訪れていた。
「……見ての通り私はもう、ここから動くことすら出来ない。ここで街の安寧を保つことだけで精いっぱいだ」
ここへ訪れた理由はただ一つ。
どうしても、聞いてほしいワガママがあったからだ。
「私の代わりに……見届けてきてくれ」
この街を、友を救い続けた英雄の魂。
その行く末を見守らせてほしい。その闘いを見届けさせてほしいという純粋な願いを。
「……感謝するぞ」
許可は下りた。
ナーヴァはカルナの魂の行く末をこの目で確かめるために……一度フォドラを離れ、ラチェット達と共にフレスキア平原へと向かう事となった。
「行ってくるぞロード、否___」
振り返り際、ナーヴァは感謝を告げた。
「“ベルバドラ”」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
少年の剣術はこの距離からでも見えている。
カルナと比べればハッキリ言って雲泥の差だ。動きに不慣れな部分と迂闊な一面が目立つ。
カルナの剣のおかげでその身を守れてこそいるが防戦一方。勝利を収めるには厳しい条件下が彼を縛り続けている。
「……確かに剣術だけでは勝てないでしょう。だが、魔法に頼ったところで」
「だが」
双眼鏡で一瞬、その剣捌きを目にしたフリジオですらも難色を見せている。
「“ダメージ”は通らないわけではない、だろう」
その中で___
不安の色一つみせず期待を寄せる少女……アタリスは微笑んだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
刃を交えて数分近くが経過した。
「……ッ!!」
史実に残るほどの最強の魔族。その実力は本物だ。
防戦一方にも程がある。攻撃を加える隙は一切なく、一回一回の振りも力が衰えるどころか、むしろパワーが上がっていく。
手首が痺れる。腰が折れそうになる。
体全体が、彼の攻撃を受ける度に致命的な悲鳴を上げる。
「生温すぎる……!」
サーストンは人間相手だろうと容赦はしない。
同族にすら強みを求めて襲い掛かった男だ。戦場に立った以上、情けも何一つかけない。全力で仕留めるだけである。
距離を離した彼を逃がすまいとサーストンは距離を詰める。
自身の剣を、ラチェットの心臓目掛けて突き立てた。
「……どうかな」
しかし___。
ラチェットは、その場から一歩も動こうとしない。
「……っ!?」
歪む。目の前の視界が歪む。
サーストンは姿勢を崩し、空を見る。
「今だッ!」
ラチェットはサーストンに対し……“空から”剣を振り下ろした。
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