PAGE.418「色褪せる現在と色褪せない過去」


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 カルナの剣……もとい、精霊皇の剣は王ロードの元へと一度返還された。

 彼の亡骸は微塵たりとも残らなかった。精霊皇の極光はこの世界の脅威となる魔族の存在を微塵も許さぬ浄化の光。フリジオが撒き散らした聖水により、その効果はより効力を増し、沈黙に成功した。


 王のロードはその剣を手にしたとき、無言だった。

 一度時間が欲しい。またすぐに招集するという約束を彼らに告げた。


 ……数百年越しの友との再会だ。

 カルナは最後まで友の為に戦っていた。最後までフォドラの保身を気遣っていた。これは数千年という長い歴史を戦った“人間の英雄”の魂である。


 約束を果たすことを信じ、ラチェット達は数時間ほど、玉座の間から立ち去った。




「……カルナ」

 王は剣を手に、天窓より見える“太陽”を見上げる。

「お前が私を希望であると言ったように、お前もまた、私にとって希望の光だった」

 気のせいであるかもしれないが、天から彼が覗き込んでいるような気がして。

 王・ロード。小皺の目立つようになった巨人は、数百年越しの笑顔を見せた。


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 数時間後。カルナが持っていた剣は一度、フォドラでも腕利きの鍛冶屋に預けられることになった。

 大きさ、形。そのままではラチェットが使うには無理がある。彼の高身長を活かした巨大な剣であるが故、ラチェットはそれを両手で振るうことになる。それで扱えるのならまだしも、とてもじゃないが細身である彼には無理な話。

 よって、ラチェットの体に適した剣に作り替える。材料は充分にある。元の形に二度と戻すことは出来ないが……カルナの剣をラチェット専用の剣として改造するための削彫を行う事となった。


『まさか、こんな形で彼の剣に触れることになるとはね』


 ここの鍛冶屋はカルナとナーヴァがよく利用していたのだという。

数百年という時が流れる為、鍛冶屋の主は当時彼等の武器を担当した本人ではなく、その先祖という事になる。カルナの名は、鍛冶屋の一族代々伝えられていたようだ。


 鍛冶屋は何処となく奇妙な運命を感じながら、剣の改造を引き受けた。

 期間は一日ほど。世界でたった一本の剣という事もあり、その作業はかなり時間をかけるものとする。鍛冶屋の男は剣を手に、地下室の奥へと引きこもった。


 その後、再び一同はそれぞれ自由行動をとることになった。

 艇もフォドラの騎士の見張りの元、入船が許される。次の目的地となるフレスキア平原への移動ルート。そして食料の確認等行うためにスカルとオボロはガルドへと戻る。

 何より疲労もある。久々にガルドの艇のベッドに横たわりたいという本音もあった。


「おい、やめろっ! なんで、俺ばっかり付きまとうんだよ!?」

 外を出歩けば、クロの元にオオカミの魔物の子供が大量に張り付いて来る。人間と共に暮らす小型犬の如く愛らしい表情を見せながら、クロの服にしがみつく者もいれば、顔面に張り付いて舐めまわす者も。

「あははっ! くすぐったいよ!」

 ルノアもまた、他の魔物達に擦り寄られ、困っているようだった。

 二人とも、見た目の雰囲気から害がないと認識されたのか、魔物の子供達の間では人気者であった。最早動物も同然の懐きっぷりを見せながら、遊びつくそうと張り付いている。

「そら、こっちだ。俺は、はやいぞ」

 ガ・ミューラもフォドラで暮らす人間・半魔族の子供達と共に追いかけっこで遊んでいる。外の客に対して不信感を見せると思っていたが、そこまでの敵意を見せる気配がなかった。

 まるで“人間”のようだ。

 壁なんて何もない。種族という隔たりも何もなく、人間と魔族達は暮らしている。


「……」 

 フリジオはその光景を複雑そうに眺めていた。

 彼は魔族狩りの一族の一人である。このような風景、一族からすれば悪夢のようなものだ。


 魔族は人間にとって邪魔な存在。人間は魔族にとって邪魔な存在。

 その方程式はどの時代であれ崩されることはなかった。戦争という概念に怯えることもなくなっていた数百年の間であろうとずっと。


 故に魔族は人間を殺し続けてきた。人間も世界の脅威である魔族を抹殺し、魔族の血を通わせる半魔族も処断……よくても奴隷として利用される。互いにとって、地獄のような戦いを続けてきた。


 だが、フォドラにはそのようなルールはない。

 喧嘩や言い争いはあれど、それは日常生活でよく見かけるような些細なもの。戦争に勃発するようなことは何もない。


「『種族は違えど、中身は同じく心を持った生き物』ですか……」


 フリジオはその言葉を耳にしたとき、嫌悪感を抱いた。


 彼は幼い頃より魔族の恐ろしさを頭に叩き込まれた。現に、魔族が世界にもたらした悲劇・悪夢をこの目でずっと見続けてきた。

精霊騎士団に属してから、その映像はより濃厚なものとなる。彼の頭の中で人間と魔族は絶対に分かり合えないという確証を植え付けるまでに至る。


「魔族を殺す事で英雄になれる。世界を救うことで英雄となる。だが、カルナは国を捨てた……魔族の味方をした。だが彼は変わらず、英雄として讃えられた」


 酷く、頭が混乱する。


 英雄とはなんだ?

 カルナはどうであれ、世界を裏切った。だけど、彼の行動は間違っていないと讃えられた。


「……分からない」

 王の言うことは本当なのか。

 だとしたら何故戦争は起こる。結局、人間と魔族は分かり合えていないからこそ戦争は起きている。現に魔族がクロヌスにもたらした災厄は、心も何も持たぬ残酷な事ばかりだ。


 心、とは何なのか。

 フリジオは訳も分からぬまま、ナーヴァの自宅へと消えていく。


 美しい世界。優しい世界。

 ここフォドラは、誰もが夢見る理想郷の一つなのだろうか。


「アタリス」

 幼い頃、地獄ような日々を送り続けた彼女。

「外の世界でも、こんな世界は作れないのかな?」

「……どうだろうな」

コーテナにとってフォドラは理想郷そのものだろう。

 人間も、魔族も。誰も苦しまないこの世界は。



「……誰もがこの街の人間や魔族、そしてお前達のようにはいかないからな」


 夢。誰もが夢見た風景。


「人間も魔族も……平等に優しく、平等に愚かであるのだから」


 “夢”という言葉を口に出すからこそ。

 ここにある世界は“本来ならば”幻想であることを、アタリスはそっと口にした。

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